18話 白い花
西に向かって四か月。
食料が尽きた。
四か月。
気楽な旅では無かった。
王都と呼ばれる街まであとどのくらい距離があるのだろう。
かなり進んだはずだが。
相変わらず、涙が止まらない。
零維世、焦るな。
今できる事をやるしかないんだ。
王都は、王都と呼ばれているだけだ。
実際に、国が建って、王が成立している訳じゃ無い。
後にそうなりたいという、そういう願望が町全体に広がった結果だ。
あだ名みたいなもんだ。
でも規模はサバスと比較に成らない位大きいらしい。
ついに食料が尽きた。
食料に成る様な物はその辺に無い。
魔物位だ。
俺は魔物を食う事にした。
仕方ない。
周辺の気配から、ちょうど良さそうな魔物を探す。
いた。
大分離れている。
何かを襲っているのか?
人間がいるのか!
そんな筈は無いと思い込んでいた。
急いで駆けつける。
かなり時間が掛ってしまった。
駆けつけると、荷車を守っていたであろう兵士二人が、魔物に食われている最中だった。
荷車の横で女性が震えていた。
一人は助けられた。
俺は魔物三体を始末した。
「大丈夫ですか?」
「怪我はありませんか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「怪我はありません」
「助けて頂いてありがとうございます」
「これで顔を拭いて下さい」
「ありがとうございます」
「…………」
「なぜこんな所にいたんです?」
「私は商人です」
「王都の商品を周辺の町へ売りに行く所でした」
「…………」
「今までどのくらいの経験があるんです?」
「……今回が初めてです」
やっぱりだ。
「そんな仕事はもうやめて下さい!!」
俺は何故か無性に腹が立っていた。
自分でもどうかしていると思った。
弱った女性に大声を出してしまった。
はー、と深呼吸する。
落ち着いた。
「こんな幸運はもう続きませんよ?」
「……私は止めるつもりありません」
「…………」
「僕はクリア」
「僕は……」
俺は案内人と名乗ろうとしてしまった。
案内人は止めたんだった。
俺は今、無職だ。
何と名乗ろう?
そうだベルが言っていた。
「僕は冒険者のクリアです」
「貴方が王都に引き返すなら、僕は警護していきます」
「私はエウェルと言います」
「わかりました」
「今回はそれで我慢します」
全く、何故俺がわがままを言っている感じになるんだ。
訳が分からない。
王都へは二週間かかった。
彼女は食料を十分に持っていたが、俺は彼女からの施しを受けず、魔物を食べて移動した。
意地になっていた。
王都はやはり大きな街だった。
サバスの三倍はある。
俺はしばらくここで暮らすことになる。
差し当って、先立つものが必要だった。
図書館に入れるようにもならないといけなかった。
おそらくここでも紙は高価なはずだ。
図書館に入るにはそれなりの資格が必要だろう。
サバスの金は使えなかった。
持っていた魔石を幾つか売って金にした。
仕事を探さないと。
遠くの方でこっちに向かって手を振る女性が見えた。
だが俺は無視している。
エウェルだ。
彼女は大きな商家の一人娘で、病死した旦那の夢だった行商人を引き継ごうとしていた。
未亡人だ。
彼女には娘が一人いる。
名前はエーシャ。
非常にかわいらしい子だった。
何故娘がかわいらしいか知っているかって?
会わされた。
エウェルは行商人を諦めていない。
俺に手伝わせようとしている。
可愛い娘を悲しませたくないだろうと脅してきた。
泣き落としだ。
彼女は、手段を選ぶつもりは無いらしい。
だから俺は無視している。
怒る気も失せていた。
無視しているが、同時に彼女に気に入られてうれしく思う気持ちにも自覚があった。
死んだ旦那の夢というのが気に入らない。
初めて会った時から俺は彼女が好きだった。
彼女がどういうつもりだろうと俺は引き受けてしまうだろう。
抗えそうにない。
こればっかりは魔槍のクリア様もお手上げだ。
全く笑えない。
結局、俺は彼女の誘いを引き受けた。
俺が断り続ければ、彼女は他に話を持っていくだろう。
自慢じゃないが俺は腕が立つ。
俺以上の護衛が付かないと、不安でたまらない。
俺が手伝うしかなかった。
俺が引き受けるといった時の彼女の嬉しそうな顔。
あの顔をもっと見たい。
俺の気持ちは複雑だったが、どうしようもない。
やはり抗えない。
最近俺は涙を流さなくなっていた。
零維世もわかっているのだろう。
俺はもう彼女を選んでいる。
俺は、俺の人生を生きたい。
彼女は今、次に行商に行く算段をたてている。
俺はその間、宿屋で一つの物語を書いていた。
俺には稼ぐアイデアがあった。
商人の彼女はきっと喜んでくれるだろう。
またあの嬉しそうな顔を見せてくれるだろうか?
物語のタイトルは『最初の冒険者』だ。
俺の外での経験と、ダンジョン攻略の経験を使って、想像で書いた物語。
物語には日本のライトノベルによくある冒険者ギルドのアイデアも混ぜた。
そして、物語の間に切り絵の様な絵を差し込んでいる。
魔道具の文字盤は本来絵を載せられない。
だが、白と黒の切り絵なら、少し魔道具を弄れば問題は解決する。
絵の特技は零維世の物だが、同時に俺の物でもあるはずだ。
良い絵が描けた。
きっとみんな壁の外に出たいはずだ。
これを読めば、ダンジョン攻略をしてでも外に出たくなる。
俺は旅をしたおかげで彼女と出会えた。
その喜びも混ぜている。
これを読んで、彼女は俺の気持ちに気づいてくれるだろうか?
きっとそうなる。
そう信じている。
物語を売る前に、この街のダンジョンを一度攻略しておかないとな。
それと、この街の案内人の様な存在に承諾を得ないといけない。
受け入れられるだろうか?
人材が不足しているのはこの街も同じはずだ。
きっと大丈夫。
全て旨く行く。
一年経った。
俺たちは結婚した。
あの後すぐにダンジョン攻略をし、この街のダンジョンとサバスのダンジョンがよく似ている事を確かめた。
無事に攻略出来た。
この街の案内人の様な存在は騎士と呼ばれていた。
騎士団長に面会を頼み込み、物語を出す承諾を貰った。
最初は鼻で笑われていたが、俺は騎士団長に一騎打ちを申し込んだ。
騎士団長は強かったが、やはり俺の方が勝っていた。
俺はこの街でも通用するらしい。
逆に気に入られて勧誘されてしまった。
準備が整った俺は、彼女に物語をプレゼントした。
そして、プロポーズした。
その時彼女は喜んでくれたが、物語を読んだ後は俺を拒んだ。
俺にはもっと他にやるべき事があるのではないか?
そう言って、一年間は結婚してくれなかった。
俺は自分の人生だった案内人を辞め、美月を探す事を選んだ。
だが、その決心も彼女の前では無力だった。
俺の優先順位は明らかだった。
俺には彼女が必要だ。
俺は彼女の行商を手伝いながら、アプローチし続けた。
行商の仕事は旨く行った。
何しろ他に競業する者がいない。
始めは周辺の町に王都の金が流通していなかった。
物々交換で商売を行っていた。
だから、換金も行った。
程なくして、周辺の町も金で払ってくれるようになった。
全て、俺たちが開拓した。
仕事をすればするほど儲かった。
そして、物語も良く売れた。
物語の情報をコピーできない様に細工をし、彼女の商会からだけ物語が売られた。
娯楽の少ない街に、外の世界へのあこがれを詰めた物語だ。
売れないわけがなかった。
一年間、彼女にアプローチし続けた結果、彼女は折れた。
今俺は、物語を読んで外の世界にあこがれを持った人材を集めている。
行商人を増やす為だ。
案内人の経験はここでも役に立った。
俺は全てこの時の為、天の配材だと思う事にした。
娘のエーシャは俺を父とは呼んでくれなかった。
だが仲は良くなった。
俺は受け入れられていた。
充実した、幸せな生活はその後も続いて行った。
それは俺が四十の大台に乗るまで続いた。
その頃から、エウェルは体調を崩し始めた。
始めは風邪に似た症状だった。
働き過ぎて弱っているだけだと彼女は言っていた。
俺は必死になって治す方法を探した。
嫌な予感がしていた。
俺の嫌な予感はよく当たる。
北の山の頂に白い花が咲くという。
その白い花が咲いたころ、その花の根を煎じて飲むとどんな病もたちどころに良くなるという。
ただの言い伝えだ。
だが、俺は
北の山を登った。
山は険しかったが、俺はまだ衰えていなかった。
この時は難なく登れた。
花は咲いていた。
白い、小さい花だった。
花を守るように、黒い塊が横たわっていた。
神獣だ。
もう俺は奴を探してはいない。
だが奴はどうだろうか?
俺を待っているのか?
奴と目があった。
奴からは敵意を感じない。
俺は無視して花を掘り起こし、山を降りた。
花は効いた。
奴が守っているのだ、効かないはずが無かった。
花の効力が続くのは二年ほどだった、二年経つと彼女はまた体調を崩した。
彼女が体調を崩すたびに花を摘みに出かけた。
行くたびに奴が花の隣に横たわっていた。
俺は一度も話しかけなかった。
話しかければ、俺の幸せな生活が終わる。
俺には解っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます