19話 生きてみる
クリア・ノキシュ:主人公。案内人を辞めて、商人になった。エウェルと結婚した。
エウェル・ノキシュ:クリアと結婚した。行商人は前の夫の夢。
エーシャ・ノキシュ:エウェルの娘。クリアの実の娘では無いが、クリアを慕っている。
俺たちの幸せな生活の詳細を、俺は語る気はない
俺だけの、俺たちだけのものだ。
俺たちに子供は出来なかった。
だがエーシャがいた。
エーシャは結婚し、子供が二人できた。
エーシャが結婚したのは、俺が育てた商人だった。
俺は仕事を全て彼に引き継いだ。
俺の体は年老い、体力が無くなった。
抗うように俺は体を鍛え続けた。
山に登る為だ。
二年に一度北の山に登って薬を作る。
その役は誰にも譲らなかった。
そして彼女は老衰で逝った。
俺は彼女の最後を看取る事が出来た。
幸せな最期だった。
俺はまだ死ねなかった。
俺の見る景色は、色褪せていた。
もう、この世界に未練は無かった。
だが、まだ死ねない。
最後にすることがあった。
白い花を摘みに行く。
もう一度。
俺はもう戻って来られないだろう。
摘んだ花を彼女の墓に供えるのは、彼、零維世にやって貰う。
そうなる筈だ。
俺は山を登った。
やはり神獣はいた。
そして、女がいた。
長身で、赤く長い髪、そして赤い瞳。
「私が立ち会うわ」
彼女はそう言った。
俺は初めて神獣に話しかけた。
「待たせたな」
『俺はお前を待っていた訳では無い』
見え透いた嘘だった。
俺は構わず話を続けた。
「どうすればいい?」
『お前はどうなりたい?』
質問に質問で返すなよ。
「まだ続きがあるんだろう?」
また質問で返してやった。
女は無言だ。
何を立ち会うつもりか。
『お前にはまだ選択肢がある』
『お前は、俺の主人らしい』
『不本意だがな』
『俺と契約しろ』
『そして、人の道から外れろ』
「それで零維世に代われるんだな?」
『違う』
『お前たちは一つになる』
『準備は済んでいる』
『後はお前たちの魂だけだ』
『耐えるには、契約が必要だ』
「それで零維世が納得すると思うか?」
『帰る手段はそれしか無い』
『最初からな』
「人の道を外れるとは?」
『契約者は俺と、神獣と呼ばれる存在と、同じ時を生きる』
『寿命は無い』
「…………」
「わかった契約する」
「選択肢は無い」
「それしか無いんだろ?」
『戯けた奴だな』
『本当に俺の主人か?』
「俺は最後に零維世と交代する」
「死ぬつもりで来た」
「覚悟が無いと?」
『問うておるのは生きる覚悟だ、馬鹿者』
『もう一人は選ばれて来た』
『後は、お前の生きる意志が必要だ』
『生きるか? (Do you live?)』
その質問、どこかで聞いた気がする。
デジャブだ。
エウェルのいないその後を生きる気など無かった。
だが、零維世の為に、待ってくれた零維世の為に、生きてみても良いかもしれない。
たとえもう死ねなかったとしても。
幸せに生きられたのは零維世のお陰だ。
そう思った。
「ああ、生きてみる」
『わかった』
『契約だ』
何の変化も無い。
だが、次第に俺は若返っていった。
『お前の魂の有りようによって、年齢が変わる』
『お前はまだ若い、心がな』
「零維世とはどうやって一つになる?」
『もう始まっている』
気付くと俺は涙を流していた。
俺の為に生きると言った、クリアの為に。
この涙も長くは続かないだろう。
涙は自分の為に流すものじゃない。
俺たちは一つになった。
「済んだ様ね」
「私はプロミネンスと名乗っている者よ」
「黒竜と契約する者が現れたと聞いて、確認しに来たの」
「良い物が見られたわ」
「貴方がこの世界に来たのはいつかしら?」
「二千十九年四月一日の午後二時四十分だ」
「マスターが時計を指さしていたのではっきり覚えている」
「わかったわ」
「また会いましょう」
「必ずよ」
「絶対に逃がさないから」
「覚悟して」
そう言うと、彼女は彼女の神獣フェニックスにつかまり飛んで行った。
「黒竜、お前に名前は無いのか?」
『我が真名はレムリアスだ』
『覚えておけ』
「じゃ、レムリアスこれから、どこに行けばいい?」
『町に行け』
『どこの町でも良い』
俺は白い花を摘んだ、自分の手で。
エーシャに別れを言わないと。
王都に戻った俺は、エーシャに会った。
若返った俺を見て彼女はひどく驚いていた。
当然だろう。
俺は事情を説明した。
彼女には零維世の事を話してあった。
俺は、異世界に戻ると彼女に告げた。
きっと、もう彼女と会えない事も。
俺は、彼女に別れを告げた。
俺はその日、彼女と彼女の夫、二人の孫と食事をし、一晩を過ごした。
孫たちには、俺は遠い親戚と伝えておいた。
次の日、庭にあったエウェルの墓に花をそっと手向けた。
自分の手で手向けた。
エーシャはそれを見ていた。
彼女は泣いていた、笑っていた。
俺は孫の頭を撫で、彼女の夫に家族を頼んだ。
そして、俺は、去った。
俺はサバスに向かった。
サバスを選んだのは、なんとなくだ。
最初の町、サバス。
レムリアスの背にまたがっての移動はすさまじかった。
まさに風になったように速かった。
あっという間にサバスに着いた。
そして、酒場の隣にあの店を見つけた。
あの奇妙な店は、そのままこっちの世界にもあった。
たぶんもうすぐ帰れるだろう。
予感があった。
契約した神獣は、霊体化して姿を消せるようだ。
町に入ってからレムリアスは姿を消している。
だがレムリアスの気配はすぐ傍にある。
俺はあの店の扉に手を掛けた。
一瞬、違和感の様な物を感じたが、そのまま扉を開け、中に入った。
高い天井に、小さい照明があり、薄暗いが、何とか中は見通せた。
細長い通路になっており、その先に、下に降りる階段がある。
階段を下りる。
降りる階段はかなり深くまで伸びており、折れ曲がりもせず、どんどん下に進む。
どのくらい降りたのだろうか、踊り場に出た。
踊り場の先に扉があり、看板が立てかけてある。
相変わらず、文字が掠れていて何と読むのかはわからない。
何かの店という事しかわからない。
看板の横に掲示板のようなものがある。
ギルド プロミネンス(仮)
リーダーがまだ見つかっていない為
プロミネンスが仮リーダーとして活動
現在所属はプロミネンスの一人だけ。
進度の近い仲間募集。
向こうには支援する仲間が多数所属。
希望者は要相談。
時代も交渉に応じます。
クラン 光の旋律
リーダー レイ
所属八人
初心者歓迎。
少人数のクランです。
新規二から三名募集
希望者はレイまで
時代は合わせて頂きます、要相談。
クラン クレイモア
リーダー クレタ
所属十四人
若干名募集中
近接武器専門クランです。
連絡は、クレタ、アニーまで
クラン 悠久の旅人
リーダー ギレイ
所属三十二人
新規募集中
中規模冒険者クランです。
プロミネンスの名があった。
その他、多数の張り紙があった。
英語で書かれている物も、その他の言語で書かれている物もある。
何の張り紙かはやはりわからなかった。
まあいい、中に入ろう。
扉を開けると、バーのカウンターがあった。
その他のスペースには、本棚とテーブル席が並んでいる。
バーと本屋、カフェが一つになったような店だ。
奥にはテラス席もある。
地下のテラス席。
店の中には数人の客がいた。
客には生き物としての気配が感じられなかった。
ダズ以上の気配消しだった。
ただ、強者の持つ雰囲気が漂っていた。
カウンターにいる客に声を掛けられた。
「新入りか?」
俺は戸惑っていた。
俺は自分より強い人間に久しぶりに会った。
彼からも強者の持つ雰囲気が漂っている。
俺は戸惑いながらも返事を返した。
「たぶん、そうだろう」
「お前名前は?」
俺は今何と答えるべきか。
俺は、
「レイセだ」
そう返した。
言ってみると、それがしっくり来た。
「無事に帰還したレイセに乾杯」
彼は自分の酒を飲み干した。
やはりここがゴールらしい。
「マスター、帰り方を教えてやってくれ」
マスターは見るからに怪しい。
銀髪でサングラスを掛けて、エプロンをしている。
年は若そうだ。
二十代前半ぐらいか。
サングラスからわずかに見える目は、若干眠そうだ。
マスターは一冊の革の分厚い本を持ってきた。
「この本は、貴方の物です」
「覚えていますか?」
「いや、もう記憶に無い」
「まあ、そうでしょうね」
「この本の上に手を置いて下さい」
俺は言われるがまま手を置いた。
このマスターは信用できないが、たぶんこれより方法が無い。
「これで記録出来ました」
「よくぞ無事に戻られましたレイセ様」
「そちらの個人スペースで本を開いて下さい」
やはり、言われるがまま本を開いた。
俺の視界を強い光が遮った。
気が付くと、店に客は一人もいなくなっていた。
俺の姿は黒戸零維世に戻っていた。
あの時のままだった。
マスターが傍に立っていた。
「これで初来店の説明は終わりです」
「時間は取らせなかったでしょう?」
マスターは時計を指さした。
俺はこの光景を覚えていた。
時刻は二時四十分を指していた。
時刻は進んでいない。
よく見ると、秒針が十二秒で止まったままだ。
「どうでしたか?」
「良い旅でしたか?」
このタイミングで感想を聞くのか。
笑える。
「ああ、良い人生だった」
俺はそう答えた。
「マスター、この店の名前は?」
「『ロストエンド』で、ございます」
へー。
ふーん。
あっそう。
なるほどね。
もう少し
あの日、女の子は扉に手を掛けてそのまま帰った。
様に見えた。
あれは扉を開かなかった訳じゃ無い。
開いたが、見えなかったのだ。
表の扉が少しでも開いたら時間が停止する。
女の子が扉を開いた時に時間が静止し、中に入り、帰る時に店の外に出て、扉を閉めて時間が動き出す。
俺には女の子が手を掛けただけに見えていた。
女の子は契約者だ。
俺は予定通り買いたかったCDを買った。
急がなくても良い、時間は掛からない。
今から家に向かう。
美月がいるはずだ。
美月に会える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます