5話 洗礼
あれから一か月間、五階層で鍛えた。
今日はダズと一緒に六階層に入る。
六階層以降は時間が掛るので泊まる用意をしてきた。
荷物が多くて動きにくい。
六階層からの魔物は人型の影だ。
この影は考えて行動してくる。
影は体力に限りが無いらしい。
そのため、まず持久戦になるように立ち回ってくる。
そして、他の影が寄ってくるのを待とうとする。
こちらが相手の隙を作る為に、影の体勢を崩そうと威力の大きい攻撃をしようとも、それを察して最小限の動きで姿勢を保とうとしてくる。
こちらの意図を察してくるのはかなり厄介だ。
幸い、音に反応して大量に湧いて出てくることは無い。
一体処理するのに倍以上時間が掛るので、そんなに湧いて出たらきっと持たない。
影が使う武器には種類がある。
五階層の泥ゴーレムと同じだ。
剣、槍、弓、盾、メイス、大剣、火の魔法。
魔法使いタイプが来ると途端にピンチになる。
隙を与えてはダメだからだ。
同時に捌くのは二体が限界だ。
夜は、できるだけ気配を消し、部屋の隅で二時間ほど仮眠する。
ダズは寝ていても気配を消せるらしい。
ダズの気配消しは完璧だ。
俺がすぐそばで戦っていても魔物が寄って来ないからな。
この日は一日六階層で過ごし、次の日の昼に拠点に戻った。
これからは一人で六階層に来て良い事になった。
ダンジョンに二日潜り、一日休むというリズムで探索を行う。
一人で六階層に来るのはかなり不安だ。
いつまでも捌き切れる自信が無い。
影は予想外の動きを取ってくる。
しかし、ダズによれば、もうそろそろ一人で奥に進めるようにならないといけないらしい。
進捗はダズの予定通りといったところで、早くも遅くもないらしい。
二日潜って、一日休むという探索を続けていく。
ギリギリ生きて帰れる日が続いていく。
そろそろ大分お金が貯まった。
この前ダズに会った時に店を紹介してもらっていたので、行ってみる。
にぎやかな表通りから少し外れた場所に店はあった。
扉の横のショーケースにチェーンメイルを着せたマネキンが並んでいる。
外から店の中の様子はわからないが、一目見ただけで防具を売っているとわかる。
扉を開けると、扉についていた金属の鈴がチリンチリンと鳴った。
店の中の棚には丈夫そうな洋服が折りたたまれて並べられている。
革で出来た洋服もあるようだ。
昼間だが、魔道具で出来た明かりが店内を照らし、中は明るい。
装備をオーダーメイドしてくれる店らしい。
フォーマルな服装をした女性が相手をしてくれる。
「誰かのご紹介でしょうか?」
「案内人のダズに紹介されて来た」
「見習いのクリアだ」
「私は当店の店長、クラミです」
「ダズさんの紹介ならサービスしないといけませんね」
「店長とは言っても、私一人でやっている店なので形だけですけど」
戦闘職の為の店はそう多くない。
この人は俺の事を知っているのかもな。
優しそうな笑顔だ。
応対に余裕がある。
腕も良いのだろう。
「どういったご注文でしょうか?」
「全身装備を三セット」
「足は膝下まで隠れる革のブーツにして欲しい」
「服は丈夫な布」
「胸には金属の胸当て」
「背中まで隠れなく良い」
「あとは任せる」
「やってくれるか?」
「ええ、承ります」
「このくらいの金額になりますが?」
計算機の魔道具を見せられた。
「代金は先に払っておく」
「信用した」
払えない額じゃなかったので先に払うことにした。
「二週間でご用意できます」
仕上がりが楽しみだ。
採寸をして店を出た。
次は武器だな。
またお金を貯めないと。
六階層は本当に辛い。
潜っている時はひやひやし、帰りにはへとへとになっている。
夜はすやすやだ。
余裕のない日々も川の流れの様に確実に流れていく。
そろそろ春になる。
まだ寒い日が続いているが、時折暖かい空気を感じることがある。
ダズが帰ってきた。
だが、ダンジョンには一緒に潜らないらしい。
一人で九階層まで慣れろとのことだ。
『慣れる』という言葉を使ってきた。
そのくらいの気を持てという事だと思っておく。
七階層に潜ってみた。
影が使う武器や魔法は前と同じだ、ただ影の大きさが一回り大きい。
何とか今までと同じように対処する。
とにかく今日は様子見と思って更に進んで八階層。
部屋が一室しかなかった。
だだっ広い部屋の端に階段が見える。
影も見える。
見えている全部じゃないが数匹寄ってきた。
この階層はかなりヤバい。
逃げ場がないにも程がある。
囲まれる可能性が大有りだ。
進めそうなのはこの階層までだ。
しばらくは八階層に慣れよう。
その日は突然来た。
前触れは、その前日に早めに切り上げた事だ。
いつもは時間いっぱいまで粘るのに、その日は違っていた。
一時間だ、一時間ほど早く切り上げて帰った。
それがいけなかったのだろう。
気力が無くなった。
あの、何もやりたくなくなるあれだ。
動けない。
動く気分じゃない。
何も考えられない。
トイレは部屋の外にある。
我慢できるか?
トイレには行っている。
何とかプライドを守れた。
だが、食事も取らず、二日部屋に閉じこもっていた。
三日目、やっと顔を洗った。
徐々に動けるようになってきた。
四日目にやっと普通の生活に戻れた。
今回の事ではっきりした。
あの夢を見るようになって、たびたび起こっていた無気力症状。
少しでも手を抜くと電池が切れたように無気力になるようだ。
思い当たる節がある。
部屋にいる時起こったのは幸運だった。
ダンジョンで発症していたらと思うとぞっとする。
四日無駄にした。
食堂のおねーさんも心配してくれていたらしい。
八階層に慣れないといけない。
絶対に手を抜けない理由が増えた。
装備の調子は良い。
体が少々成長してもサイズ調整が効くように作ってくれたらしい。
気が利くなー。
念のため三セット用意したが、消耗品だと思って雑に扱わない様にしないとな。
あとは、槍だな。
もちろんダズにお金は返している。
八階層にもだいぶ慣れてきた。
『慣れて』来ただ。
二か月はやった。
季節は完全に春になっている。
九階層に潜ってみた。
影は一回り大きく、速くなっていた。
賢さは同じくらいか。
時間が掛りそうだ。
更に二か月九階層に入り浸った。
最近では三日潜って一日休むリズムになっている。
九階層の納得がいった。
十階層に進むためダズを呼ばないといけない。
ダズ待ちの間に武器を買いに来た。
何度も言うが気持ち的ダズ待ちだ。
実際にはダンジョンにしっかりと潜っている。
手を抜くと無気力症状が発症する。
休みの日に、疲れた体に鞭打って買いに行くのだ。
ダズに聞いていた武器屋に行く。
大きな店だった。
一見、武器屋というか鍛冶屋だ。
武器以外もやっている。
店の外に金属で出来た製品が所狭しと並んでいた。
武器もある。
武器は金属製の物だけじゃない。
大きな動物の骨も店の外に置いてある。
町の外から運んで来たのか?
魔物の皮や骨も買い取っていそうだ。
店の中に炉もあるようだ。
店内からの熱気が外に洩れている。
店の前に来ただけで熱い気がする。
大きな煙突から灰色の気体が空に向かって登っていく。
中には汗を掻いた職人が何人もいるんだろう。
店の前に出てきた店員は若かった。
丁度世代交代が終わったところらしい。
煤が頬を汚していた。
彼も職人だ。
二十代半ばの店員に話しかける。
「どうもっス」
「何をお探しでしょう?」
「武器を頼めるか?」
「槍なんだけど」
「槍っスね」
「どんなのが好みっスか?」
「長さは普通で、出来るだけ軽いのが良い」
「石突も尖らせて欲しい」
「刃は突きと払い両方できる形で頼む」
「了解っス」
「材質は何にします?」
「ちょっと見当が付かないな」
「予算に合わせて良いのを任せられないか?」
置いてあった計算機の魔道具に金額を打ち込んで見せた。
「あー、このくらいだと丁度良いのが出来そうっスけど」
見せた金額より若干高い額が提示された。
ギリギリ何とかなりそうだ。
「じゃ、それで頼む」
「三週間後に来て下さいっス」
中々商売上手な気がする。
ダズに紹介された店だ、品質は問題ないのだろう。
三週間後が楽しみだ。
武器を受け取る前にダズに時間が出来た。
十階層には敵が一体しか出ないらしい。
一階層から十階層を統べる階層主らしい。
強敵だ。
しかもダズはついて来てくれない。
十一階層の入り口で待っているそうだ。
九階層まで無事に到着した。
ダズと十階層に降りる。
十階層に降りるとすぐに扉がある。
入り口の扉から進むと、扉がすぐに閉まり、階層主を倒さないと出口の扉が開かない様になっているらしい。
ダズが中に入ると入り口の扉が閉まった。
しばらくすると、十階層の入り口の扉が開いた。
中にダズが見当たらない。
出口から次の階層への階段に進んだんだ。
中に入る。
現れたのは、影で出来た、いわゆるケンタウロスだ。
馬の下半身に、人間の上半身。
腕は四本あって、それぞれに片手剣を持っている。
体も大きい。
これは大変そうだ。
連続攻撃が厳しい。
ケンタウロスの払い、突き、払いの攻撃を、後退しながらも回り込むように位置取りする。
直線的に下がると壁際に追い込まれるし、四刀あるのでカウンターも狙えない。
死角に入るよう周り込んで動くしかない。
四本脚は伊達じゃない。
こちらがどんな攻撃をしようと体勢が崩れない。
武器の長さの差を一瞬で詰める突進力がある。
長期戦になりそうだ。
わずかな隙を突いて、前足、腕に攻撃を仕掛ける。
決定打を与えられないが、かすり傷は与えている。
付け入る隙はある。
自分の持久力を信じて焦らずに耐える。
どれだけ粘っていたかわからない。
勝負は一瞬で決した。
ケンタウロスの左手に攻撃が命中した。
奴はたまらず剣を一本落とす。
こちらの攻撃を受け流すリズムが崩れ、一瞬の隙が生まれる。
槍の刃先がケンタウロスの首に吸い込まれた。
無我夢中でやった。
考えるより先に体が反応していた。
いくら影で出来ていようと、首に深々と槍が突き刺さっては致命傷のようだ。
致命傷を食らってケンタウロスが消滅する。
魔石がごろりと落ちた。
「やったな」
突然声を掛けられた。
気配読みは緩めていない。
それでも気づかなかった。
ダズだ。
十一階層には行かず、十階層で観察していたらしい。
「洗礼を受けずに、ソロで十階層を攻略したな」
「俺はお前みたいなやつを待っていた」
「よくやったクリア」
「今日は俺も飲む、お前も飲め」
この年で飲んで良いのか?
遠慮しないぞ。
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