4話 慣れた

 程よく引き締まった気持ちのまま、ダンジョンに入った。


 一階層、二階層と順調に進み、三階層。


 これからはこの層に入り浸る事になる。




 ゴーレムの攻撃を後ろに躱し、ゴーレムの流れた体勢の隙を前進して突く。



 この繰り返しだ。


 この繰り返しが気持ちいい。


 この繰り返しに持っていけるよう位置取りに注意し、姿勢を安定させる。



 ひたすらに、何度も何度も繰り返す。




 四時間は続けていた。


 集中力が途切れたのを感じた。


 同時に空腹を自覚する。


 昼ご飯は、ちょっとした休憩の合間で、手早く満腹感が得られる物にしている。


 サンドイッチやハンバーガーだ。


 食堂のおばちゃんが用意してくれる。


 いや、ごめん、おねーさんだった。


 とにかく、しっかりと食べている。



 ちなみに、この世界の食パンで具を挟んで食べる食べ物は、サンドイッチと呼ばれている。


 確か、夢の世界では人名由来で呼び名が決まった食べ物の筈だ。


 何故、同じ呼び名なんだ?




 食べたらまたあの繰り返しだ。



 ゴーレムに生き物特有の気配は無い。


 淡々と汗をかく時間が続いていく。





 何時間経ったのだろう?


 たぶんもう夜だ。


 一日繰り返したが、時々攻撃を食らいそうになったり、柄で受けたりしている。


 そう易々と慣れることは出来ないようだ。





 二週間繰り返した。


 思ったより早く慣れた。


 ここは大胆に宣言する。


 慣れた。


 慣れてしまった。


 慣れたという言葉には、油断が多く含まれているのもわかっている。


 それをわかっての、慣れた宣言だ。


 油断しても自然と同じ繰り返しに移れる自信がある。


 三階層は元々ダズに合格を貰っていたし、もう不安は無い。


 次の階層に進みたくなってきた。




 ダズが忙しい。


 ダズ待ちが発生している。


 気持ち的に待っているだけで、ダンジョンには同じように潜っている。


 自然と体が動くので、考え事が出来てしまう。



 この余った時間をどう使うか?


 考えろ、俺。



 そうだ。


 今、自分に他にできることは?


 お金を貯めて、装備を整える事だ。


 今着ている服はダズにお金を借りて、適当に買った物だ。


 全然戦闘用じゃない。


 サバスへの移動で着ていた服は、魔物の皮でできた丈夫な物だった。


 でも戦闘用じゃない。


 この町に来てから、たぶん体が少し大きくなっている。


 今の体に合った戦闘服を作ってもらう必要がある。


 ダズにばかり頼る事になるが、良い店を紹介してもらおう。


 槍も借り物だ。


 自分に合った物が欲しい。


 その前に、ダズにお金を返していない。




 やる事が決まった。


 お金だ。


 まず、お金が必要だ。




 気持ち的なダズ待ちは早くも終了した。


 魔石だ。


 魔石を集めるのだ。




 三階層に引きこもって更に二週間が過ぎた。


 魔石は順調に溜まってきている。


 置き場が無くなってきたので、一回換金に行かないとな。




 夜、食堂に行くとティトレがいた。


 今日は一人らしい。


 酒はやってないみたいだ。


 若干気まずい。


「この前は悪かったね」

「今日は絡むつもりはないから安心してくれて良いよ」

「今はどんな調子だい?」


「三階層まで進んだ」

「四階層に行くのにダズを待ってるんだ」

「三階層にもだいぶ慣れてきて、魔石を稼ぐのに集中してる所」


「…………」

「今日は本当に絡むつもりはないんだ」

「ただ、君、懇談会の時の話、聞いてなかっただろ」

「案内人の中では、『慣れた』は禁句になっているんだ」

「ダズは今だいぶ深い所に潜ってるから、まだ戻らない」

「しばらく僕と一緒に行動するかい?」

「僕なら危なくなったら結界を張ってやれる」

「いや、ダメだ」

「君はダズの担当だ」

「余計なことはしないでおこう」

「『慣れた』と感じてしまったらもう遅いかもしれないが、前にも言った通り、くれぐれも気を付けるように」

「低階層の泥ゴーレムは急所しか、頭しか狙ってこない単純な動きだけど、油断すると致命傷になる」

「頭だけは絶対に殴らせるんじゃないよ」

「跳ね鹿亭は知っているかい?」

「あの店の向いの建物はわかり辛いけど診療所になっているんだ」

「怪我をしたらあそこで見てもらうと良い」

「ちゃんと自分で立ってみて貰いに行くように」

「僕だって恨まれたくはないんだよ」

「くれぐれも用心してくれよ」

「じゃあ僕はもう済んだから、ゆっくり食べると良い」

「君はまだ若い」

「人の忠告を素直に聞けない事もあるだろうさ」


「聞いてる」

「耳が痛いよ」

「ごめん」


「そうじゃ無い」

「懇談会での話さ」

「今日の話が身に染みたのはわかってるよ」

「いいかい?」

「くれぐれも気を付けてね」

「ちょっとしつこいかもだけど、君にはその方が良さそうだ」


「ティトレさん、ありがとう、気を付けるよ」


 ティトレは苦笑しながら去って行った。



 ティトレが悪い奴じゃないってわかっている。


 ただ黙っている事が出来ないだけだ。


 確かに、油断しても立て直せる自信がある。


 とは、慢心かもしれない。


 実際は立て直す前に終わっている可能性が高い。


 これからは人の話を素直に聞いて、十分注意しようと思う。




 相変わらず、三階層に入り浸っている。


 最近考えるのは油断した時の事だ。


 一瞬の油断で頭に致命傷を食らう。


 一瞬の油断で頭に致命傷を食らいそうになり、右手で庇って右手が砕ける。


 一瞬の油断で頭に致命傷を食らいそうになり、頭をそらして胸が砕ける。


 ありそうな想像が次々と頭に浮かんでくる。


 頭にもろに食らったら終わりだろう。


 頭を避けても別の場所にもろに食らっていたら、逃げて帰れないかもしれない。


 よしんば、診療所にたどり着いても、しばらくは怪我でダンジョン探索は無理だろう。



 また戦闘中に余計な事を考えてしまった。


 戦闘の事だけ考えて、余裕をもって行動するのだ。


 わざわざ別の事も考えて隙を作る必要はない。


 全力で当たろう。





 食堂でティトレに忠告を受けてから一か月。


 ダズの時間が取れた。


 一階層、二階層、三階層と油断をしないよう気を付けて奥に入っていく。


 四階層も三階層と同じ、通路で部屋がつながった構造だ。


 出てくる魔物はやはり泥ゴーレムだ。


 ただし使う武器のバリエーションが増えている。


 武器の材質も金属になっているようだ。


 武器の種類は、剣、メイス、槍、弓、盾、大剣、なんかがいる。


 間合いの広い槍や、遠距離から攻撃してくる弓、威力の大きい大剣には特に注意が必要だろう。



 戦ってみると、盾が脅威だ。


 盾と剣、盾とメイスの組み合わせは本当に良くできている。


 攻め入る隙が少ない。


 武器の相性が悪いのかもしれないな。


 反対に弓はそれほど脅威じゃない。


 死角からの攻撃もかわせる特技があるおかげだ。



 しばらく戦っていたが、やれる。


 忙しくなったが、まだ余裕がある。


 三体以上溜めないで捌いていけた。




 五階層に進むことになった。


 五階層には四階層に出てきた武器持ちに加えて、魔法を使う泥ゴーレムが出るらしい。


 そしてこの階層で泥ゴーレムはお終いだ。


 泥ゴーレムばかり出てくるので他には出てこないか聞いてみたのだ。


 次からは、影の様な人型のモンスターが出てくるらしい。


 今までの泥ゴーレムは機械的に急所を狙ってくる動きしかしてこなかった。


 六階層からの影モンスターは生き物としての避ける動きや、とりあえず当てて弱らせにかかる動きなど、多彩な動きをしてくるらしい。




 五階層の魔法を使う泥ゴーレムは、火の玉を飛ばしてくる。


 そして、広範囲に炎を撒く魔法も使ってくるらしい。


 広範囲の魔法は使われたら避けられないので、前もってダズに教えて貰っていた。


 広範囲の魔法を使うには、溜めがいるらしく、隙を与えてはいけない。




 五階層も問題なく捌けた。


 今日はこれ以上奥に進むのは止めになった。


 次の階層からは泊まりの用意が必要との事だ。



 これからしばらく五階層に入り浸る事になるだろう。

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