3話 目標

 また同じ夢を見た。


 白黒の絵を無言で描いている、自分。


 時折、何か飲み物を飲んでいる。


 飲み物は、嗅いだことの無い良い匂いをさせている。


 わかる。


 これはコーヒーという飲み物だ。





 目が覚めた。


 また同じ夢を見ていた。


 だんだんと夢が鮮明になっている気がする。




 山にいる時は時々、気分が落ち込んで何もできない日があったが、最近は起きていない。


 環境の変化から良い影響を受けているのだろう。




 一階層なら一人で入っても良い事になった。


 これからは実践で鍛える事が出来る。



 泥のゴーレムの動きは単純だ。


 腕を左右に振って殴りかかってくる。


 動きはこれだけだ。


 指が無いため、掴みかかってくる事も無い。


 動きが読めるようになったので、動作が遅い事もわかる。


 最近は態と囲まれてから捌くようにして鍛えている。


 次々に湧いてくるゴーレムを、湧いてきた順番に倒していく。


 足元には魔石がゴロゴロと転がっている。


 邪魔になるほどだ。


 体力がなくなってきたらゴーレムを全部倒して魔石を拾う。


 丸一日そんなことをやる生活が約一か月続いた。




 魔石が溜まってきたので、売りに行こうと思う。


 低階層の小さな魔石だが、大きなリュック三つ分になる。


 そこそこの金額にはなるだろう。




 魔道具を作っている工房に魔石を持ってきた。


 ここで魔石の買取りをやっている。


 買取り場にリュック三つを置く。



 査定によると、宿で一か月泊まれるくらいの金額になったらしい。


 これで案内人を追い出されても宿に泊まって生活ができるだろう。


 やらないけど。




 お金が溜まってきたので、記念に何か買おうと思う。


 ダズに食費などを借りたままなので、ささやかな物で良い。



 魔道具の文字盤にした。


 この世界には、夢の世界の様に紙が出回っていない。


 あるにはあるが貴重だ。


 魔道具の文字盤は文字を表面に記録できる。


 文字盤は夢の世界のノート一冊分くらいの大きさだ。


 表面に文字が表示され、大量の文字を記憶させることが出来る。


 夢の世界のタブレット端末に似ている。


 本当は絵を描く道具が欲しいが、そんなものは存在しないらしい。


 これで我慢することにした。


 町中の人が一人一つは持っている。


 便利だが、そんなに高価じゃない。


 日記を付けていこうと思う。




 ダズに付いてきてもらって二階層に入ることになった。


 二階層はそれなりの広さの部屋を通路で繋いだ様な構造になっている。


 出てくる魔物は一階層の泥ゴーレムを一回り大きくした感じだ。


 動きはあまり速くない。


 音に反応して足元から出現してくるのも同じだ。


 この一か月だいぶ鍛えたので、一階層の泥ゴーレムと同じように倒せた。


 しばらく二階層で泥ゴーレムを相手にした。


 ダズが三階層に進むと言い出した。


 二階層は攻略できていると判断してくれたみたいだ。




 三階層も二階層と同じ構造だった。


 広い部屋を通路で繋いだ構造。

 

 出てくるのは二階層の泥ゴーレムが石の棍棒を持った奴だ。


 武器を持った分攻撃範囲が広まっていて戦いにくい。


 二階層までは攻撃を全て躱して対応していたが、そうも行かなくなってきた。


 槍の柄の部分で攻撃を受け止めてみる。


 なかなかの威力で、柄で受けると体が沈み込む様な錯覚を起こした。


 柄で受けるのはあまり良い使い方ではない気がする。


 武器の長さが勝っているので、長さを生かした戦い方をしないと宝の持ち腐れだろう。


 距離を取りながら、突きの攻撃を加えていく。


 ゴーレムが武器を振るった後の隙に合わせて距離を縮め、槍を突き入れる。


 だんだんと槍の使い方がわかってきた気がする。


 長さが有り、方向転換が難しい槍では特に囲まれてはダメだとわかった。


 どんな武器でもそうかもしれないが、位置取りが大事だ。


 敵を同時に相手出来るのは三体までだろう。


 気配読みに頼り過ぎず、できるだけ相手が前方に来るように位置取りをする。



 何とか捌き切れた。


 しばらく戦っていたが、問題なく対処できた。




 ダズが言うには、三階層も合格らしい。


 四階層に進んでもいいが、時間が来たとの事。


 三階層までは自由に入って良いそうだ。




 ダンジョンから出ると日が沈んでいた。


 ダズと案内人の拠点に向かう。


 昼ご飯を食べずにぶっ続けだったので腹が減った。



 食堂には先客がいた。


 スワルズとティトレの二人組だ。


 スワルズはハンマー使いで、すごくシンプルな性格をしている。


 ティトレは結界師でとにかく良くしゃべる。


 二人とも案内人だ。



 この二人を見かけるのは、この二か月余りで数少ない。


 結界師の育成が佳境で忙しいみたいだ。


 春になるまでに何人か卒業させるらしい。



 二人とも今日は酒を飲んでいる。


 案内人はあまり酒を飲まない。


 次の日の仕事に影響することがあるからだ。


 酒を飲んだティトレ。


 絡まれそうな予感がする。


 絶対話しかけられる。


「やあ、新入り」


 ほら来た。


「君には一度言っておかないといけない事があったんだ」

「丁度良かった」

「君は自分の置かれている立場が本当にわかっているのか?」

「ただ流されてここに来ただけなんじゃないかい?」

「いいかい?」

「案内人の立場は重要なんだ」

「兵士や結界師を一度に何人面倒見ているか答えられるかい?」

「答えられないだろ」

「それがまず信じられない」


「六町の外から来たんだ、そういう事は口で言ってもわからんさ」

「わかってくるのを待つしかないんだ」

「お前は口を出すなよ」


「いや、ダズ、言わせてくれ」

「経験が必要なら、これも経験だろ」

「考えるきっかけを与えることも必要なんじゃないかい?」


 俺は何も答えられない。


 自分の事に精一杯で責任なんて考えていないからだ。


「まあ、食え」


 スワルズ空気読んで。


「今、何層まで攻略できているんだい?」

「君にはダズがかなりの時間を消費している」

「それもわかっているのかい?」

「ダズの斥候能力は効率よく深い階層に進むのに必要なんだ」

「訓練生の仕上げにはダズがいなければ時間がいくつあっても足りないんだ」

「そのダズがつきっきりになっているんだよ」

「君は僕たちと同じく才能があると認められたかもしれないが、僕たちはそれだけじゃない」

「結果を出してきて今がある」

「気を緩めないようにね」

「ダズに免じて僕からはこれくらいにしておくよ」


「まあ、食え」


 あれだけあった食欲が減っていた。


「ティトレの言いたいことは、いずれ伝えるつもりだったんだ」

「予定していたのと順番が違ってくるが、一度、兵士と結界師の寄宿舎に顔を出してみると良い」

「ピンと来ないかもしれないが刺激にはなるだろう」

「またしばらくは時間が取れない、三階層までを復習しておけよ」




 うすうすわかってはいたんだ。


 気楽に楽しんでが長くは続かないって。




 次の日、早速、兵士と結界師の寄宿舎に来た。


 朝のご飯時。


 食堂の中に入る。


 人の出入りが激しいからか、注目はされない。


 六町分だからかなりの人数だ。


 仕事中に死ぬ人もいるのだろう。


 補充要員を考えると、むしろ少ないかもしれない。


 逃げた人もいるかもしれないが、全員が案内人に選ばれなかった人たちだ。


 それが幸せかそうでないか、どっちが上か下か、わからないが、言えることが一つある。


 俺たちは平等には出来ていない。


 ごちゃごちゃ考えるのは性に合っていないな。


 今日感じたことを忘れず、ただ進んでいくだけだ。



 深層攻略が目標じゃない。


 深層攻略できる人材の育成が目標だ。


 今はそれだけわかっていれば良い。


 今日も一日頑張るか。

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