七十九話――愚者への断罪


 たしか、多分? とまあ、シオンのある意味優秀な脳味噌さんの記憶が曖昧チックに女の子の情報を整理しているとニークウィニーサ教頭がまたあの謎深く恐ろしい笑み。


「志望動機を口頭で説明願えますか?」


「は、あ、い、う……」


 レモニアの顔色が先ほど体育館でのザラ以上に悪くなっていく。混ぜ損ないというか、中途半端で混ぜ終わってしまった知育菓子のあの不気味さ。レモニアは四つほど音を零して以降黙ってしまう。口をぎゅっと結んで吐かないようにしているようにも見える。


 すると、視界の端でホウルモーロとかいうのが噴きだしそうになっているのを堪える仕草をお義理で隠しながら隠し切れていない。愚かしい。ニークウィニーサの目がレモニアに向いて、彼女だけ見ていると思っているのはバカだ。女教頭はしっかり見ている。


 ホウルモーロの態度を見て目に嘲りを浮かべたのを見てシオンはそちらの方にゾッとしてしまった。怖い、とかいう問題じゃない。マジで背筋に怖気が走る心地だ。


 気づいていない阿呆の末路がなんとなく察することでき、シオンはこちらも一応お義理で黙祷しておく。憐れむ義理がないので当然に。会議室内にカン、カンとペンを机に叩きつける音が聞こえてくる。クェド教員だ。わざと、圧をかけると理解してやっている。


 そうこうされるうちにレモニアはわっと、泣きだしてしまった。隣で、それも女の子に泣かれてシオンは参るが、慰めを吐くこともならない。自身も面談中、というのもあるがニークウィニーサがいくらも早くトドメを刺したからだ。女教頭は静かな声。


「もう、結構ですよ」


「す、すみま、せ」


「いいえ。こういったのが苦手な者は多い確率で現れるものです。先々に活かしませ」


 先々、つまり、チャンスの神様の前髪を掴み損ねた、ということだ。まあ、先で活かせばいい、と言われているだけましな方だろう。まだ若い。今回は掴み損ねたが次がある。その時に今回のことを活用できればそれでレモニアの将来には希望ができる。


 問題は、こっち。このさっきから忍び笑いしまくりの青年。彼に輝かしい未来などなければいいが、と思ってしまう。それが自身の意地の悪さか、はたまた普通の反応か一瞬迷ったが、ホウルモーロの向こうで気づいたイジャベラが不快そうにしている。


 なので、普通のこと、らしい。まあ、でもシオンが指摘するまでもない。トレジが次の書類をニークウィニーサに渡し、受け取ったニークウィニーサ教頭の目に獲物の喉笛を喰い千切る肉食獣の笑みが浮かんだ。あ、これはもしかしたらのもしかするな。


「ホウルモーロ・イエさん」


「はい」


「でていってください」


「は……え?」


 自分の順番、と声かけと共に知ったホウルモーロだが、告げられた簡潔な言葉に愕然としてしまっている。先の高慢ちきな返事がどこかに吹っ飛び、疑問符を浮かべた。


 なのに、相手に衝撃を与えて硬直させたニークウィニーサは容赦の欠片もなかった。


「先ほどからの態度も併せ、あなたを面談する無意味さに思考がいたりました。ここは学校です。互いに切磋琢磨する場であり、困っている者に手を伸ばす場所でもある」


「な、わた」


「なのに、あなたときたら自分よりも意図せず目立ったというくだらなさでツキミヤさんに呪詛的視線を送り、ポーチさんには侮辱的嘲りをあらわにした。私はね、生徒のことなど一部を除き、思いあがりの激しい猿程度にしか思っていませんが、慈悲はあります」


「さ、る……?」


「猿です。キーキーとうるさく、しかし知識欲を評価して言っているつもりですが?」


 いや、それ評価と違う。なんてシオンは思ったが、口にだす気はない。共感する部分があるだけに。こども、というのはうるさいものだ。それも高学年にあがっても公共の場で騒いではならないこともわからない、という点はたしかに猿っぽい。でも、ひどい。


 けれどもそう、知識に飢え、常に新しい試みをする、という点は新たな発明や発見を引き起こし、人類に発展をもたらせてきた。誰かが違うことを試すことで伸びてきた種族。間違ってもそれは困窮する者を嘲るようなクズではない。偉人とは苦労と共にある。


 だから、頑張っている者を応援する。自分の苦境を重ねてしまって。そういう種類の人間はシオンも好ける。間違ってもホウルモーロのようなゴミを好ける要素などない。


 そこはニークウィニーサに同意だ。機会があれば彼女と答弁やお喋りをしてみたいものだな、と思えるくらいには思考に近しきを感じる。手を重ねて顎の下に置いているニークウィニーサはやはり薄く微笑んだまま。多分ホウルモーロの自主退場を待っている。


 が、ホウルモーロはまだショックで感電しているようで動く素振りがない。なので、ニークウィニーサはトレジに目配せ。承ったトレジが席を立ち、ホウルモーロの二の腕を掴んで立たせ、さっさと会議室の扉に引き摺っていき、扉を開けて外に放り捨てた。


 帰ってきたトレジはまるで何事もなかったかのよう、次の書類を眺めている。今度のはある程度関心を抱く内容なのか、少し長めに時間を使っているように思える。トレジが書類を読んでいる間にニークウィニーサは残った女の子たちににっこり笑う。


 ……この時、シオンに特別優しい笑みを見せたような気がするも、笑みはすぐ溶けて消えていったので、確かめられない。はい、シオンはいつも通り呑気です。向こうのイジャベラなど途中で強制退場があったのを目の当たりにし、胃がキリキリしているのに。


 だが、そのシオン、平常心以上の平常心でいるシオンを見て唾を飲み、覚悟を決めた臭い。椅子に座り直し、次はどちらだろう、とそわそわしそうになるのを必死で堪える。


 そうするうちにトレジが書類を読み終わってニークウィニーサに渡したのが見えた。


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