SILENT DEVIL Ⅱ ~大陸編~

神無(シンム)

零章 夢と幻

零話――大嫌いな神様……


 ああ……。


 う、ぁ……、ああ。


 あぁ、嗚呼、ああ……眩しい。眩し、い。


 空が、遠い。


 雲が……綺麗だ。


 陽が、月が、星が……近い。


 私を焼き尽くす光が、近、い……。


 や、めて。いやだ。や、め……っ。


 来ないで。……来るな、私の闇を取り去って私を世にさらすな。……お願い。


 闇の中でしか在れない私から、大切なその闇を奪わないでください。間違っていると言われても私からしたら間違いはない。私は悪魔。闇の中で息づく邪悪。


 だから、底の、淵の闇の中で、只中でしか在れない。そこにしか居場所がないの。


 なのに、どうして? どうして私は光に近い、こんな場所ところにいる、の?


 誰か、教えて。私にはわからない。だから教えて。誰か、誰か、だれ、か……。


「……――」


 あ、あ、あぁ……。あなた、は。あなたは……ねえ、恨んでいる? 憎んでいる?


 私に関わり、私などを助けようとしてくれたあなた。はもう、そうでなかったかもしれないけれど、でも、ねえ? あなたは私を恨めしく憎々しく思っている?


 結果的に巻き込み、辛い目に遭わせてしまったことを。私などの血をかぶらせてしまったこと、恨んでいる? ……いいよ。恨んで、憎んで、殺意さえも受け入れます。


 そうされて当然。私はそれだけのことをしたの。だからそう、例えあなたが憐れみから断罪しなくともまわりは違う。きちんと私の罪を裁いてくれる、筈……。


 ああ、それなのに、どうして私は今、後悔しているの? 私が悪なのに。なのに、どうしてそんな汚らわしい身でありながらの隣を望んだりしているの?


 私を光溢れる場に連れだしてくれたひと。私に優しさを傾けてくれるひと。私などを家族として、扱ってくれたひと。こんな穢れた悪魔を……。ねえ、それはどうして?


「――」


 聞こえているのに聞こえない。あなたの声だとかろうじてわかるものの、以上がわからない。今、あなたはなにを思い、感じている? あなたのくれる特別、のようなものが理解できない無知な自身が恥ずかしく、憎たらしい。この気持ちは、なんだろう?


 あなたが私を呼んでくれる度に、あなたがそばにいてくれるだけで私はとても幸福だった。幸せで、どうしようもなく苦しくて、なのにもっとそばにいたくていきたくて。


 もしも、一緒に生きていられたとしたならばどれほど幸せなのだろう? そう、何度も思って何度もその思考を、願いを、贅沢な高望みを搔き消してきた。


 そう、死んだ今も。なのに、こんなふう、惨めに縋りたがる私が私は嫌い。大嫌い。こんな気持ち、私などに相応しくない。彼の隣に在ってはならない汚い血まみれの私。


 どうあっても叶わない願い。知っている。なのに、心の底が叫ぶ。相応しからぬそれを叫んで私の心臓を内から叩いてくる。「望みたい。彼と共にいたい」……と。


 仕方のない、しょうがないこと。


 天罰だったの。


 ずっと、命を喰って生きてきた私への最適罰がだったというだけ。だから悲しくない。辛くない。苦しくない。なのに、それ、なのに……。そう思えば思うほど湧きあがるこの気持ちはなに? 相応しくないと自分で切りながらも、どうしてそれを心から望む?


 卑しい。醜い。愚かで汚らわしい。


 ずっと、エネゼウルに渡ってからも募らせ、自覚なく、募らせてきた気持ちは爆発寸前でここで息をしている。なんてバカバカしい。愚の骨頂もここまでくるか、と思うほどに自己嫌悪でどうしようもなくなる。自分自身のことなのに、制御もなにもできない。


 この気持ちはなんだろう?


 わかるのは、ルィルシエに抱くのとは違う好意だということ。でも、それが明確になにかは知れない。わからない。思考を放棄するのは簡単だ。こんなイミフを考えること自体愚かしく無駄なのは知っている。でも、手放せない。それすらできない。……イミフ。


 理解できないことを理解するには相応の努力が必要になってくる。私が努めなかったのか、と訊かれると答に窮する。理解したかった。でも、どうしてもわからなくてでも誰にも訊けなくて……。あの日のこともそう。私はなぜしたのかわからない。


 でも、守らなければ、と思ったのは事実。そして気づけばしていた。先にあるものを知っていてそうした。凄惨な死を受け入れて動いた。だから、あなたに責はない。


 私から死にに動いた。だから、あなたに罪も責も、咎もない。大丈夫。断言するわ。だから自分を責めたりしないで。こればかりは願わせて。死んでも願いたい。


 あのね、神様。


 世界に息づく神様。


 どうか、これだけ聞き入れて叶えて。


 信じていない。好きでもない。


 嫌いな、大嫌いな、世界で最も嫌いな、憎らしく、呪いたいほど嫌いな神様……。


 これだけは、どうか叶えて。他にはなにも望まないから。願ったりしないから。


 なにも、要らない。欲しがらない。


 だから……。


 ――どうか、神様、ココリエを幸せに、世界で一番、幸福にしてあげてください。


 大切を祈って、私は光であり闇の狭間で濁ってとろけて、そして、消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る