第151話 アイラの受験勉強〜お昼休み〜
午前の授業を終え、アイラは一旦ランチを摂りに香龍飯店へと帰る。
店は新しくなってからも以前と相変わらず大賑わい。ウィリアムが大勢の客のオーダーを取り、店内にそれを伝えに戻り、腕に乗るだけの皿を乗せて各テーブルへ届けていく姿が見えた。ただでさえ慌ただしい中の合間合間でレジ打ち作業も全て一人でこなしている。流れるような華麗なステップ。額に汗を滲ませてはいるが、その表情は実に落ち着き払っていた。
アイラ自身もあの場に混ざって手伝いをしていた時は周囲を注意深く観察している余裕は無かったが、こうして書き入れ時にじっくりウィリアムの仕事ぶりを見ていると彼がその場の状況に合わせた動きを瞬時に選択し行なっているかが分かる。無駄を極限まで削ぎ落とした合理的かつ模範的な一挙一動に目を奪われていると、空いたテーブル上の皿を回収しているウィリアムと目が合った。
「やぁアイラ、おかえり。ちょうどここ空いたから座って座って! 今デュランにお昼ごはん作ってもらうから!」
少年のようなくったくない笑顔をアイラに向けると、ウィリアムは大量の皿を積み上げて店内に戻っていく。アイラは言われた通りに空いたテーブルへと着いて辺りを見渡す。見慣れた顔ぶれだ。ここに来ている客全てが極悪人と呼ばれてはいるが、今のアイラにとっては気の良い顔馴染み。赤の他人よりよっぽど信頼に足る大人たちである。
「おらよ、頭使ったから腹減ったろ。たくさん食って午後からも頑張れよ」
その最たる人物が今、出来たての料理をアイラの元へと自ら運んできた。
熱々の湯気が立ち昇る炒飯、ごく少量のニンニクと、辛味は付けず香りだけ移した油でチンゲンサイのみを炒めた
皿の上には真っ赤なトマトソースを纏った肉団子がいくつも盛られており、上に散らしてある香草はイタリアンパセリ。漂う湯気からはチーズの王様と名高いパルミジャーノレッジャーノ、オリーブオイルの香りがアイラの鼻孔をくすぐる。この一品だけ中華料理ではない。アイラの故郷、イタリアの風を感じた。
「ポルペッティーニってイタリアの料理らしいな。初めて作ったから上手く出来てるかわかんねーけど、是非食ってみてくれ」
ミケーネと接触した後もデュランは日々の仕事の合間にイタリア料理も学んでいた。アイラの舌に馴染む故郷の味を忘れないように。しかし、当のアイラにとって故郷でまともな料理を食べた記憶はそう多くはない。亡き母の手料理よりカビの生えたパンを齧っていた時期の方が長いくらいだ。
アイラはフォークを手にし、肉団子を一つ口に入れる。
「どうよ、本場のイタリア料理に近いか?」
咀嚼していた肉団子を飲み込むとアイラは無言でフォークを一旦置いてレンゲを手にし、炒飯に手を伸ばして掻き込んでいく。
「……炒飯の方が美味しい」
「うおーマジかぁ。イタリア料理の腕はまだまだってかぁ。次はもっとマシなもん作るから、また懲りずに食ってくれよ」
子供のように悔しがったかと思えば、子供のように屈託ない笑顔でアイラの頭を撫でるデュラン。しかし彼は気づいていない。ポルペッティーニの出来は決して悪くはなかったし、寧ろアイラの味覚にはこの上なく合っていた。にも拘らず炒飯の方が美味しいと言ったのは、この料理こそアイラが初めて口にしたデュランの手料理だからだ。
それを言葉にはせず、アイラは黙々と皿に盛られた料理を見事な食べっぷりで空にしていく。
「ごちそうさまでした」
「相変わらずイイ食べっぷりだな。その調子で午後からも頑張って学んでこいよ。次はイルミナのとこだったか、少し歩くが腹ごなしにゃ丁度いいだろう。あそこに見える一際背の高い建物がヤツの寝ぐらで元は図書館だったらしい。もしまだ寝てやがったら引っ叩いて起こしていいからな。俺が許す」
デュランの言葉にこくりと頷いたアイラは「いってきます」と告げ、デュランの指差した建物へ向かって歩いて行った。
その小さな背中を見送るデュランを、腹を空かせた客が呼ぶ。
「旦那ぁー、俺たちの頼んだもんがまだ来てねーんですがー!」
「んだとコラ! テメーらよりアイラのメシの方が優先に決まってんだろうが! どうしても待てねーなら一発オゴってやるからそこを動くなよクソ野郎共!」
「ちょっとやめてよデュラン! 面倒事を増やさないでお願いだから!」
拳を握り固め鬼の形相で客へ向かっていくデュラン。それを身を挺して止めるのもウィリアムの仕事の一つである。
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