第152話 アイラの受験勉強③

 ランチを済ませたアイラは再びジェイルタウンの奥へと一人で向かう。先程までサマンサとケリーの二人に授業を受けていた枯渇した噴水広場を通り過ぎて更に奥。再度薄暗い廃墟群へと入っていく。


 目的地は見えている。先程デュランが指し示してくれたこの街で最も背の高い建物。ジェイルタウンに来た時から気にはなっていたが、まさか廃図書館で尚且つイルミナの住処とは。学問を含め、まだまだ知らないないことばかりだと思いつつアイラは目的地を目指して真っ直ぐ進んでいく。


 香龍飯店を出てアイラの足で二十分。

 建物を目の前にしてその異様さが鮮明になった。


 確かに古びた建物だ。しかし、古さのジャンルがそもそも違う。杜撰な手抜き工事の途中で建設がストップしたビルや経年劣化と落書きで美観を損なっている廃墟に囲まれたそこは、まるで別空間から切り取られたかのように趣きのある古さ。所謂、風情がある。


 マヌエル様式の建物は至る所に劣化や風化の跡が見られるが、それらも含めて世界遺産のような美しさすら感じた。思わず息を呑み建物を見上げていたアイラは意を決して大きな木造の扉を数回ノックし、ゆっくりと押し開ける。


 隙間から空調が効いているかのように涼しい風が吹き抜ける。中は薄暗く、カーテンを閉め切っているようだった。


 おそるおそる中へと入り扉を閉めたアイラ。暗闇にようやく慣れてきた時、目の前にはこれまでの人生で見たことがないような光景が広がっていた。


 一階から最上階まで前後左右を大量の本で埋められた棚で囲まれており、内壁が全て本棚となっていた。加えて、各階層には至る所にスライド可動式の梯子が設置されており、三メートル以上ある本棚の一番上の蔵書にまで手が伸ばせるようになっている。


 アイラから見れば、まるで御伽話に出てくる魔法使いの為の図書館。現存する建物でここと近しい場所を強いてあげるとすれば、ポルトガル王室図書館が類似しているだろうか。いずれにせよ、このような掃き溜めには随分似つかわしくない文化的で知的な建物である。


「やぁやぁ、ようこそプリンセス。この街唯一の叡智の館へ。ここを訪ねてくる者なんて滅多にいないから、ボクは心から嬉しいよ。さぁ、こっちにおいで。楽しいお勉強を始めようじゃないか」


 暗闇の奥からヌッと姿を現したこの館の女主人、イルミナが心底嬉しそうに微笑みながら客人であるアイラを出迎える。いつもならまだ寝ている場合もある時分だと聞かされていた手前、彼女を引っ叩かなくて済んでアイラは少しばかり安堵した。


「あぁ、済まない。ちょっと暗かったね。今電気を点けるから少し待ってておくれ。えーと、確かこの辺りの壁にスイッチが……これだったかな?」


 パチッというスイッチを押した音と同時に館内のシャンデリア型の照明全てに明かりが灯った。やはり窓は全てカーテンを閉めきっているらしい。暗がりから急に館内が眩い光に照らされて眩しそうに目を細めるアイラ。それ以上に長く暗がりにいたであろうイルミナは黒い外套を纏った身体をぐねぐねとくねらせてやや悶絶していた。


「ちょっ、ちょっとだけ待っていておくれ。大丈夫、すぐ慣れると思うから。暗がりから明るい場所に出るといつもこうなんだ。気にしないでくれたまえ。ぬぐぉぉぉ……」

 

 彼女が女吸血鬼ドラキュリーナと呼ばれる由縁はまさにコレである。


「いやぁ、すまない。驚かせてしまったね。ここは古くて価値のある本が大量にあるから日光が大敵でね。たまに虫干しをしてやるくらいで一年の大半は暗くしてあるのさ。ボク自身も昼夜逆転の生活をしている手前、眩しいのは特に苦手でね。いやはや、面目ない」


 照れ笑いを浮かべるイルミナはいつものミステリアスな雰囲気とは少し違い、今日は妙に親しみやすかった。というより、言動を含めて若干可愛らしかった。

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