第149話 アイラの受験勉強①

 朝六時。アイラは自室のベッドで目を覚まし起き上がる。


 真新しい部屋、真新しいベッド、真新しい学習机、真新しいクローゼット、真新しいレースのカーテン。


 真新しい家具に囲まれた未だ馴染めぬ生活空間。ウィリアムがアイラのために用意した個室である。女の子が好きそうな白が基調の壁紙に白い床材。床暖房完備と言っていたが出番はもう少し先になるだろう。寝癖で乱れた髪のまま寝ぼけ眼で部屋を見渡しながら左右に揺れている。気を抜くと今にもベッドに倒れ込み二度寝の夢路へ旅立たん勢いだったが、すぐにアイラの揺れは止まる。


「……おしっこ」


 誰に言うわけでもなく口を突いて出た独り言。尿意が睡魔を跳ね除けたところでベッドから降りたアイラはうさぎさんの可愛いスリッパを履いてトイレへと向かう為に部屋を出た。


 キッチンでは既にデュランが朝食の支度をしており、テーブルに食器や飲み物のセッティングをウィリアムが行なっていた。目を擦りながらまだ眠そうな様子のアイラに気づいたウィリアムが爽やかな笑顔を向ける。


「おはよう、アイラ。昨晩はよく眠れた?」


「うん。ベッドすごくふかふかだった」


「それはよかった。スウェーデンの高級ブランド製のベッドだからね。もうすぐ朝ごはんだから顔洗って髪を梳かしておいで。今日から勉強が始まるから頑張るんだよ。夜は僕が復習と予習を見てあげるからさ」


 こくりと頷き、アイラはトイレと洗面所へ向かっていく。そう、今日から試験までの二週間。アイラにはお受験対策としてジェイルタウンに住む極悪人たちの中でも学問や勉学に役立つ専門知識に精通したスペシャリスト達から講義を受けることになっている。


 午前中はジェイルタウン屈指の高学歴でありアイラが受験するエルネスト学園のOBである空き巣王サマンサが語学や数学という基本的な部分を。科学を専攻し、既に剥奪されているが危険物取扱主任者のライセンスを持っていた爆弾魔のケリーからは理科を。そして基本朝は寝ているイルミナは午後から歴史や地理を教える予定となっている。お昼ごはんの時間を除いた朝から夕方までみっちり勉強の予定が入っている。地頭は良いアイラだが、いきなり色々と詰め込み過ぎて勉強が嫌いにならないよう三名の特別講師たちには念を押していた。


(イルミナさんはともかく、サマンサとケリーはちょっと心配だなぁ。特にケリーはいきなり爆薬や電流を使用した危険な実験なんかしないだろうか……)


 新調した高級ダイニングテーブルに頬杖を突いて溜息を吐くウィリアムに対し、メシを掻き込んでいたデュランが文句を吐く。


「おい、ウィリアム。メシ時に辛気臭ぇ溜息吐いてんじゃねーよ」


「あぁ、ごめんごめん。ただ、ちょっと心配でね。今日からアイラの受験勉強が始まるじゃない? 講師の人選、やっぱり失敗したかなぁ……ってさ」


「始まってもねーことウダウダ考えても仕方ねーだろうが。学の無い俺が言うのもアレだが、こいつはなかなかに賢いぞ。年頃の連中と比べると大人し過ぎるが、地頭の良さで受験なんざ一発合格だろ。なぁ、アイラ」


 デュランの問いかけに対し、口をもぐもぐしながらコクリと頷くアイラ。勉強嫌いになる心配は今のところ無さそうではある。


 しかし、ウィリアムが杞憂している点は今まさにデュランが口にしたワードの中にあった。


(年頃の子たちと比べると確かに大人し過ぎるんだよねぇ。受験の課題は筆記試験だけじゃなく保護者同伴の面談でその子の性格や教養、人柄も加味されるから、そこが響かなきゃいいんだけど……)


 そんなウィリアムの心配を他所に朝からごはんを三杯おかわりしたアイラは勉強道具を入れた鞄を持ってサマンサとケリーの住処があるジェイルタウン三番地へと一人で出掛けていった。

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