エルネスト学園 編
第148話 アイラの今後
去り行く氷室の背中を収めていたビデオカメラを一旦デュランの方へと向けたその時、突如グラスの割れる音が聞こえた。見ると、デュランの背中へ抱き付くように首の後ろから手を回している女が一人。
「うおっ、イルミナ!? お前いつから後ろに居やがった。全く気づかなかったぜ。つーか離れろよ。背中に胸が当たってんぞ!」
「フフフッ、君ほどの男が背後を取られても気づかないなんて少し呑み過ぎじゃないかな? それとも、女帝の美貌に見惚れてボクの事なんて眼中になかったんじゃないのかい? 全く、つれない男だねェ」
どうやら、背後から急にイルミナに声をかけられ、驚いたデュランがグラスを落としたらしい。イルミナの白い頬も薄ら紅潮している様子からアルコールを摂取しているようだ。でなければ、知的で冷静なイルミナがあれほど大胆な行動に出るはずがない。非常に羨ましい——否、珍しい絵面も記念と思い、ウィリアムはデュランにカメラを回しつつ近寄っていく。
何より珍しいのは、イルミナとメイファンの組み合わせ。ウィリアムが知る限り、この二人が顔を合わせているのは初めて見た。何より、美女二人に挟まれてやや取り乱し気味のデュランを見る事自体が既にレアな光景。この映像を残しておかない手はない。あくまで撮影役として会話の邪魔をしないように三人の視界に入らない距離から様子を伺う事にした。
「あら、久しぶりね。情報屋さん。突然現れて何なんだけど、少し席を外してくれない? 彼も困ってるみたいだし」
「おや? そうなのかい、デュラン。女帝ほどじゃないにしろ、一応Dカップ以上はあるんだけどなぁ。ほら、ボク着痩せするタイプだし」
「知るか! とにかく離れろ! 暑いんだよ!」
「ほら、彼もこう言ってるんだからいい加減離れなさいな」
「……失礼だけど、貴女とデュランってどんな関係? 二人が恋仲なのであれば勿論離れるとも。でももし恋仲では無いのであれば、フリーのこの男に対してボクがどんな破廉恥な行動を取ろうが貴女に指図を受ける謂れはないと思うんだけど、その辺りはどうお考えかな?」
嗚呼、まずいまずい。
これはアレだ。女同士の面倒な〝いざこざ〟だ。ウィリアム自身もこれまで当事者としての経験が多過ぎて若干の拒絶反応が出始めている。
しかも相手はマフィアの女ボスと謎多き裏社会随一の情報通。それだけでも一筋縄ではいかない女傑たち。その間に挟まれている男は色恋に疎い朴念仁ときた。史上最悪のサンドイッチである。
早急に何とかしないと大惨事になる。
そう判断したウィリアムは慌てて三人の元へ割って入った。本当ならもう少し先に発表しようと思っていたが、こうなっては仕方がない。
「デュラン! ちょっとこっちへ!」
ウィリアムは咄嗟にデュランの手を掴み、イルミナから引き剥がして宴席の中央へと向かう。テーブルの下から拡声器を取り出し、周囲に向けてアナウンスを始めた。
「えー、宴もたけなわですがここで重大発表がございます! アイラ、こっちへおいで」
氷室の後にガルーダマスクと合気道の手解きを受けていたアイラはキョトンとした顔のまま、稽古を中断して言われた通りウィリアムたちのいる会場の中心へ向かっていく。
「皆さん既にご存知かと思いますが、僕とデュランはひょんなことからこのアイラと出会い、今では当店の看板娘として。そして家族同然に暮らしております。そんな彼女を近々学校へ通わせてあげたいと考えております」
湧き上がる周囲の歓声とは裏腹に、そんなこと全く聞かされていなかったアイラは相変わらず他人事のように無表情のまま。何のことかわからず、ポカンとしていた。
「その為、今後は学業に専念してもらうため店の手伝いは休校日のみになりますことを、何卒ご理解のほどお願い申し上げます」
巻き上がる周囲の拍手を受け、ウィリアムは続けた。
「場所はエレバンにある進学校、エルネスト学園。既に編入手続きの願書は提出済み。新学期には他の子たちと同じ様に学生生活をスタートさせたいと考えています」
そんなウィリアムの言葉に一つの疑問が観衆の中から飛んできた。
「ちょっと待てよ。エルネスト学園ってことは、学力試験や保護者面談もあるんじゃなかったっけ?」
「はい、そこのモヒカンが今いいことを言いました。その通り、エルネスト学園へ通うには試験と面談、その両方をクリアしなければなりません」
ウィリアムの言葉に対し、またしても別の方向より質問が投げかけられる。
「その試験と面談っていつなんスか?」
「はい、またまた良い質問が出ましたね。試験と面談は今から二週間後。両方とも同日に行われる予定です。ですので、ここにお集まりの皆様にどうかお力を……いいえ、お知恵を拝借したいのです。今から二週間、どうか各々の得意教科でアイラの講師になって勉強を教えてあげて頂きたいのです」
ウィリアムの言葉を受け、一堂に戦慄が走る。ここに集いし者の大半は社会からはみ出したならず者ばかり。まともな教養と学があれば、こんな人道を外れた生き方など選択しているはずはない。いくら小学校低学年レベルとは言えど、人様にまともな学問や知識を教えることなど出来るはずがない。しかし、周囲の不安とは他所に疎だが悪党連中の中から手が上がった。
「世界史や考古学ならボクが教えようじゃないか」
先程までメイファンと女の争いをおっ始めようとしていたイルミナがほろ酔い状態で名乗りを上げる。ここらでは情報屋として有名な彼女だが、そもそも年代史家が本職と自称している為、その辺りは間違いなくこの中の誰よりも適任だろう。早速特別講師の一人が決まった。
「じゃあ、俺は科学を教えよう。火薬以外にも電力系統は得意だ。わりと力になれると思うぞ」
イルミナに続いて名乗りを上げたのは爆弾魔のケリー。彼を皮切りに次々と手が挙がっていく。更に意外な人物からも手が上がった。
「エルネスト学園なら、俺の母校だぜ」
そう公言したのは、なんと先程まで酔い潰れていた空き巣王サマンサ。しかも、彼の意外な事実はそれだけに留まらなかった。
「言ってなかったけど、俺エルネスト学園卒業後はイギリスに渡ってケンブリッジ大学出てるんだよ」
人は見かけに寄らないと言うが、まさかこの街でこれほど高学歴の人物が身近にいたとは。しかも、それだけの経歴を持ちながら何故空き巣という道へとダイナミックに人生を踏み外したのか聞きたいことは山程あったが、兎にも角にもアイラの学力向上の為のエキスパートたちは揃った。
「じゃあ、明日の朝から夕方まで各々回り持ちでアイラにそれぞれの得意科目を教えてあげて欲しい。夜は自宅で僕が他の教科全般と一般教養、面談の対策を行なうということで。どうかアイラが楽しい学校生活を送れるよう、是非みんなの力を貸してください。最後にデュランも一言頼むよ」
ウィリアムから拡声器を受け取ったデュランは溜息一つ吐き、一言だけ呟いた。
「つーわけだからオメーら。ひとつよろしく頼む。俺からは以上だ」
新装開店祝いを兼ねたアイラの今後についての方針が定まったジェイルタウンでの宴会は、結局夜まで続いたのだった。
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