第147話 余興、試し斬り
呑み比べ、腕相撲と二種の競技で余所者に大敗を喫し、悔しがっている悪党共から次にウィリアムがカメラを向けたのは、廃墟の壁にもたれ掛かりながらメイファンと並んで立ち呑みに興じているデュラン。しかし、ウィリアムはすぐにカメラを逸らして別の場所へと向かった。デュラン一人だったなら話しかけようかと思ったが、あの雰囲気に割って入るほど厚顔無恥ではない。馬に蹴られて死ぬようなマヌケな死に様は御免蒙る。
そう考え気を利かせたウィリアムが次にカメラを向けたのはアイラの方。先程まで子供たちと腕相撲大会でガルーダマスクの応援をしていたが、今は氷室と何やら喋っている。アイラの腰には彼から貰ったという刃引きの小太刀。どうやら久方ぶりに師範直々の稽古をつけてもらっているようだ。
アイラの姿勢や構え。肩や腕の力みを矯正し、身振り手振りで懇切丁寧に教えている氷室。咥え煙草姿をよく目にするが、アイラの側では控えているようだ。意外な一面をカメラに収めていると、酔っ払ったジェイルタウンの住民たちが氷室に声を掛け始めた。シラフなら絶対に有り得ない行為。いくら無礼講の場であろうとも氷室の怒りを買えば即座に無礼討ちにされるからだ。ヤツらなりにアイラの前では流血沙汰は起こさないと考えたのかも知れない。だがもしそうならやはり酔って正常な判断が出来ていないと言わざるを得ない。何故なら相手が〝あの〟氷室だと言うことを失念しているのだから。
「うぇ〜い、氷室さんよ〜。せっかくの無礼講なんだからアンタも何か余興やってくれよ〜」
「そうだそうだ〜! 一人だけクールぶってつまんないッスよ〜。滅多に来ないんだから隠し芸とか見せてくれよ〜」
酔っ払い共に絡まれ、明らかに不機嫌な表情をしている氷室。流石にヤバいと思ったウィリアムがせめてアイラだけでも氷室の側から離そうと駆け寄らんとした時、氷室は再び凶星に声を飛ばした。
「おい毒女! 適当な酒のボトルを四本こっちに寄越せ!」
注文を受けた凶星はラベルを見ずに手近な場所にあったワインボトル四本を手に取ると、指示通り離れた場所にいる氷室へと向かって投げていく。
ロマネ・コンティやシャトー・マルゴー等の名だたる酒が乱雑に扱われ宙を舞う。動画投稿サイトでもなかなかお目に掛からない映像をカメラに収めるウィリアム。氷室はといえば、飛んできた酒瓶を全て割らずにキャッチしてみせた。それだけでも既に一芸に値するが、ボトルを二本ずつ両手の指に挟むと絡んできた酔っ払い共の背後から膝の裏を蹴り、両膝立ちの姿勢へと変えていく。ポカンとしている酔っ払い共の頭の上に先程受け取った酒瓶を一人一本ずつ頭の上へと置いて行き、アイラから刃引きの小太刀を受け取り、四人の前へと立った。
「リクエストに応えて面白い芸当を見せてやるよクズども。こいつは刃引き刀と言って、観賞用や映画の撮影用。または剣の修練用に敢えて刃を引き潰して斬れないようにしたもんだ。そんで、ココ。柄頭には紐で結んだ鈴が付いている。今からこの刀でテメーらの頭上の酒瓶を鈴を鳴らさずに斬ってやる」
氷室の氷のような冷たい視線に射竦められた悪党共はすっかり酔いが醒めたようで、自分たちが如何に馬鹿なことをしでかしたかを知った。しかし、知ったところでもう遅い。氷室は既に腰に差した刃引き刀に手をかけて構えている。小刻みに震える四名の怯えに連動して頭上のボトルも同じく小刻みに震えていた。それを見た氷室はただ一言だけ呟く。
「くれぐれも動くなよ。動いたら……死ぬぞ」
その言葉の直後にボトルの真ん中を横一線に走った閃光。次に刀の鍔が鯉口を叩くカチンという金属音のみが響いた。納刀した氷室は小太刀をアイラへ返すと「その調子で精進しな」とだけ告げ、来た道を戻っていく。
去り際に足を止め、振り向いた氷室は未だに両膝立ちで固まっている悪党四名に向かってこう言い放った。
「せっかくの酔いを醒させて悪かったな。上等な酒らしいからゆっくり呑ってるといい」
再び踵を返して去っていく氷室の後ろ姿から先程の悪党四名にカメラを戻したウィリアムは仰天した。なんと、彼らの頭上にあるワインボトルの真ん中から中身が徐々に漏れ出しているではないか。
あの刃引きされた刀で。しかも斬ったボトルの上半分は下半分に乗ったまま。隠し芸を超越した神業を体験した四人の悪党たちは依然と呆けたまま。地面を濡らしている液体が頭上から滴っている高級酒か、失禁によるものか。はたまたその両方かは当事者以外知る由もなかった。
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