第146話 余興、腕相撲大会

 熾烈を極めた呑み比べ大会の決着をビデオカメラに収めたウィリアムの耳に、また別の方角から子供たちの大きな声援が聞こえた。


「頑張れー! ガルーダマスクー!」


 声の方へカメラを回すと、大勢に囲まれたガルーダマスクがジェイルタウンの力自慢たちと腕相撲をしているのが見える。ガルーダマスクが丸太のような腕を倒す度に身体ごと一回転し宙を舞う悪党ども。いつから始まったのかは分からないが、どうやら連戦連勝を決めている様子。遂にはこの街でもトップスリーに入る怪力の持ち主であるハンスまでもねじ伏せてしまった。


「なんなんだよアイツ! ガトリングビーストまで倒しちまったぞ!」


「しかも休みなしでもう九戦全勝だぞ。誰かコイツを止めれるヤツはいねーのかよ!?」


 ジェイルタウンのメンツに懸けて躍起になる住民たち。そこへ参戦の名乗りを上げたのがバングブラザーズの兄、ライガンであった。


「地下闘技場で会って以来だな、マスク野郎。あん時は対戦こそ無かったが力での勝負なら俺様にも分があるってもんだ。受けて立つぜ」


 ガルーダマスクにも引けを取らない太さの腕を差し出して、不敵に笑うライガンに対しガルーダマスクは驚くべき台詞を吐いた。


「君だけでは心許ない。先程倒した男と二人でかかってきたまえ」


 流石のウィリアムも耳を疑った。ジェイルタウンでも屈指の巨漢であり怪力の持ち主であるハンスとライガン、その二人同時に相手すると言うのだ。驚愕を通り越して傲慢とさえ思える発言にライガンを始め、観戦している他の住民たちの間にもピリついた空気が漂う。無理もない。明らかにナメられているのだから。


「おいおい、ふざけるのは格好だけにしとけよ? いくら旦那の客人だからってちぃとばかし図に乗りすぎだぜ。こっから先は余興じゃすまねーぞ?」


 ギロリと睨みつけてくるライガンに対し、ガルーダマスクは平然と答えた。


「気を悪くされたのなら謝ろう。だが事実だ。君たちと私との間にはそれほどの力の差がある。テーブルの幅で二人が限度だから制限しているが、正直先程倒した全員と君を合わせた十人を同時に相手したとしても絶対に負けないだろう。何故なら、私の背には子供たちの視線と声援があるのだから」


 マスク越しに爛々と輝く闘志に満ちた眼光にやや気圧されたライガン。すると、ガルーダマスクの手を握ぎるライガンの手と同じくらい大きな手がライガンの手の甲へ添えられた。


「吐いた唾は飲み込めねェぞ、バードマン。これ以上余所者にデカい顔はさせられねぇぜライガンさんよ。卑怯だろうがなんだろうが向こうからの提案だ。有り難く厚意を受け取ってヤツの覆面に恥を塗りたくってやろうや」

 

 ハンスの提案にライガンがニヤリと悪い笑みを浮かべる。


「こっからは全力でいくぞマスク野郎! ジェイルタウンの怪力タッグ、倒せるもんなら倒してみやがれ!」


 ライガンとハンスが全体重と腕力を集中させガルーダマスクの腕をテーブルへ押し付けようと挑む。テーブルはミシミシと不吉な音をさせており、今にも壊れんばかりだ。必死の形相の巨漢二名の腕を右手一本で受けているガルーダマスクだが、顔は俯いたまま。肝心の右腕はまるで聳え立つ鉄塔のように微動だにしていない。


 木材の折れる乾いた音が響いたその時、テーブルの中心に亀裂が走る。真っ二つになるまであと僅かといった矢先、ライガンとハンスは二人揃って視界が逆さまに見える不思議な体験をした。直後に訪れたのは背中に走る僅かな衝撃。一瞬何が起こったか分からなかったが、子供たちの歓声と顔馴染みどもの嘆息で今し方自分たちが負けたのだと知った。


 しかも腕だけではなく体ごと投げられ、あまつさえ地面への強打を避けるように寸前で腕を引き上げられるという気遣いのオマケ付き。完敗以外の言葉が見つからないほど見事な決着。


 ガルーダマスクは体勢を崩している二人をそのまま片手で引き起こすと喜び讃えてくれている子供たちの元へ勝利の凱旋よろしくファンサービスに向かっていった。


 奇しくもウィリアムはエデンの勢力図を塗り替えん力を持つ強者の勇姿を目の当たりにするばかりか、記録媒体に残してしまったのだった。

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