第135話 虎城訪問①
セントライミ教会を出発したデュランが運転するバイクを先導とし、一台の二トン小型トラックが後続してエデンの中心部を目指す。
なるべく後ろを置いていかないように。
まだ慣れない様子で背中にしがみついているアイラが怖がらないように。
普段より半分以下のスピードでデュランはハーレーを走らせる。サイドミラーにチラリと目をやると、トラックの運転席に座っているニワトリヘッドのマッチョなドライバーと目が合う。いや、そもそも被り物をしている彼がこちらと目が合っているかは謎ではあるのだが。
そんなガルーダマスクの運転する業務用トラックの荷台には一組の男女。女性の方は物珍しそうに街並みを指差しながら何やら楽しげに荷台から身を乗り出さんとしており、青年の方が必死にそれを止めようとしている。
完全に田舎から出てきたおのぼりさん丸出しのこの女が、とある宗教団体を統べる女教皇だと知るものが果たしてこの街に何人いるだろうか。
立場上、滅多に俗世へ足を運ぶことはない身分であり、普段は格式高い教皇専用外套を目深く被って素顔をなるべく晒さないようにしている事も相俟って、一般のアスガルド聖教徒でもミリアの素顔を知るものは只でさえ少ない。
そんな格式高い外套は今や荷台の上で敷物同然の扱いを受けており、ミリアは汚れないようにその上に座っている。この外套をピクニックのブルーシートのようにぞんざいな扱いをしたのは彼女くらいのものだろう。なにせ女教皇に就任してすぐこの外套を託された際、トイレに行き洗ったばかりでまだ若干濡れていた手をこの外套で拭いたのは今でも語り草となっているほどだ。
その価値を充分に知っているパトリックは何とかミリアを諌めようとするも、彼女の方は全く彼の話を聞いていない。ミラー越しからでも護衛——もとい、お守り役の苦労が窺えた。
溜息を吐きながら先頭を走るデュランのバイクは巨大な建物の前で停車した。周りには足場が掛けられており、先日爆破された箇所の修繕工事が行われているようだった。
その後に続いてガルーダマスクの運転するトラックもハザードランプを点滅させ路肩に停車。荷台からミリアとパトリックが降りるのを確認したデュランは運転席のガルーダマスクへ声をかける。
「悪かったな、おっさん。面倒に巻き込んじまって」
「なんのこれしき。困っている人を見過ごせない性格なものでね。それより、合気道を教えてあげたいと言っていたのはあの金髪の少女かね?」
ガルーダマスクはそう言うと、バイクの側に立ってこちらを見ているアイラに視線を向ける。
「あぁ、まさしくその通りだ。合気道の礼と今回の礼と言っちゃあなんだが、今度うちの中華料理屋で新装開店祝いをやるから是非来てくれよ。タダで飲み食いさせてやるからよ」
「ほう、それは楽しみだ。では、私も上質の鶏肉と卵を持って行くとしよう。その際は私自ら彼女に合気道の手解きをしてあげよう。名刺を渡しておく。電話番号も記載してあるから何かあればいつでも連絡して来るといい」
「おう、日取りが決まったら連絡させてもらうぜ。そんじゃ、気ィ付けてな」
ガルーダマスクから受け取った名刺をズボンのポケットにしまったデュランは去り行くトラックに手を振る。
「さて、と。早速メイファンのとこに行くとするか。つっても、ヤツがいつも居た最上階が爆発で吹き飛んだから本人が今日ここにいるかまでは知らねーけどな」
そう呟いたデュランは先頭を歩き、虎皇会東欧支部のビルへと入って行った。その後ろを追ってアイラ、ミリア、パトリックの順に続けて中へと入って行く。
エントランスの自動ドアが開くと、ガタイの良い黒スーツの男が二人。ガードマンらはこちらを知っているようでデュランの姿を視認した瞬間、すぐに頭を下げて挨拶をしてきた。
「これはデュランさん。今日は一体どのようなご用件で?」
虎皇会の関係者であればデュランの存在を知らぬ者はいない。しかし、肝心のデュランの方はと言えば二人のことなど全く記憶にない。だからこそデュランは「よー、お疲れ」と当たり障りない返事をしてガードマン二人に本題を告げた。
「オメーらに聞きてぇんだがよ、メイファンのやつ今日はこっちに来てんのか?」
「は、はい。一応いらっしゃっております。先程若頭の入院している病院から戻られたところで、今は四階の会議室におります」
「そいつはちょうど良かった。この前ここを襲撃した女がいただろ? そいつの上司がお前らのボスに直接ワビを入れたいらしくて連れてきたんだよ。悪ィがメイファンのヤツに降りて来るよう伝えてくれや」
騒然とする二人のガードマン。その内の一人が慌ててスマートフォンを取り出すと、今エントランスで起きている事実をどこかへと伝えた。
すると、エレベーターが四階へ向かって行き、ゆっくり一階へ向かって降りて来るのが階層ランプで確認出来た。
「…………」
エレベーターから降りて来たのは二人の女。
ここのボスであるメイファンと、その部下である凶星。普段はニコニコ笑っているような細い目が鋭く見開かれているのを見るに、相当怒っている様子。普段は天井裏などに隠れて潜んでいる凶星も、今日は普段のジェイクのようにメイファンの側に控えていた。
双方、並々ならぬ殺気を放っている。少なくとも、こちらの訪問が歓迎されていない事だけは誰の目から見ても明らかだった。
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