第134話 いざ、エデンへ
「うっ……ここは……?」
薄目から覗く見知らぬ天井。纏まらない思考のままゆっくりとベッドから身体を起こそうとするパトリック。
「痛っ……!?」
頭にズキンと痛みが走る。
痛んだ箇所に手をやると、後頭部はやや腫れており、その上から包帯が巻かれていた。そこでようやく自身の身に何が起こったのか思い出す。
「ようやくお目覚めかい? パト坊」
ベッドの正面の椅子に腰掛けていたのは女教皇ミリア。護衛の任で同行したにも拘らず面倒を掛けてしまったことで表情に反省の色が滲んだのは最初だけ。すぐに全てを思い出したパトリックはミリアに問うた。
「はっ!? そうだ! あのニワトリ頭の化物は!? いや、それよりもデュランとの決闘は!?」
「化物とは失礼ですな。いや、しかし事情も聞かずに決闘に割って入ってしまった私にも非がある。申し訳ないことをした。ここに謝罪させて頂こう」
ミリアの隣にいた白地に目玉焼きのイラストが描かれた、筋肉でピッチピチにはち切れんばかりのTシャツを着たニワトリ男が頭を下げる。
「よーパイセン。決闘はテメーの勝ちでいいわ。だからもう絡んでくんなよ。面倒くせーから」
医務室の壁にもたれかかったまま煙草に火を点けようしているデュラン。
「施設内は全面禁煙だって言ってんだろロクデナシ!」
それを阻止する為にデュランの顔面に見事なパンチを喰らわせるウェンディ。
「……まさかレオンクロス第二席のこの私が負けるとはな。しかも一般人なんかに」
デュランどころか素性も知れぬ怪しげなマッチョマンにさえ不覚を取ったと知ったパトリックは肩を落として震えていた。その姿を見たデュランはウェンディに殴られた鼻を摩りながらパトリックに声をかける。
「悲観するこたぁねーよ。このおっさん、こんなふざけたナリしてるがメチャクチャ強えーんだよ。認めたかねーが、実力は俺とタメか俺より強えーかも知れねぇぞ。そういや鳥のおっさん、アンタなんでこんなとこに居んだよ?」
ガルーダマスクが答えるより先に隣にいたウェンディが代わりに答える。
「うちの子供たちの為にボランティアで新鮮な鶏肉や卵を週一で届けてくれてる養鶏業者さんなんだよ。子供たちの遊び相手にもなってくれたり重い荷物を運んだりしてもらっているからとっても助かってるのさ。アンタも見習ってちったぁ人様に貢献しなよ。いい歳こいてチンピラみたいに生きてて恥ずかしくないのかい?」
「恥ずかしくないのかだと? こちとらキチンと料理人して社会に貢献してんだよ。それにあんな鶏の被りモンしてる方がよっぽど恥ずかしいだろうが。
あ、そういやおっさんよ。あの日、決勝戦でジェイクと闘り合ったんだろ? 勝ったのか?」
ふと何気ないやり取りの最中にデュランは先日の地下闘技場での試合結果をガルーダマスクに聞いた。結局あの後、マルグリットの凶行やジェイク本人がそれに巻き込まれて大怪我を負って以来、あの試合の結果を知らず終いだったのだ。
「あぁ、結局あの試合は私の負けでジェイク殿が見事にチャンピオンを防衛しましたよ。会場は大盛り上がりだったので、私としては結果はどうあれ大満足です」
「マジかよ。ジェイクの野郎、おっさんに勝ったのか。おい、パトリック、ババア。お前らが会いたがっているマフィアの若頭はこのおっさんに勝ったらしいから行くなら覚悟しといた方がいいぞ」
軽く脅しが入ったデュランの言葉にややパトリックの顔が曇る。布団を握る手に力が入っているのが見てとれた。無言を貫くパトリックの代わりにミリアが口を開く。
「関係ないね。私たちは別に殺し合いに行くわけじゃないんだ。仮にもし、荒事が避けられないようなら私自ら矢面に立つさ」
「ハッ、よせよせ。若作りは一流みてーだが所詮はババアの体力じゃ一分も保たねーだろ。年寄りの冷や水だ。無理は寿命を縮めるぞ」
デュランの悪態に対し、ミリアは余裕の笑みで答える。
「一分間だけなら私は未だにアスガルド聖教最強の聖騎士だよ。そんじゃあ、パト坊も起きたことだし道案内を頼むよクソガキ。そのマフィア連中とやらに会いに行こうじゃないか」
「エデンまで行かれるのでしたら私のトラックでお送り致しましょう。ちょうど帰り道すがらなので」
先に医務室を出て行ったミリアの後を追うように送迎を買って出たガルーダマスクが続く。パトリックはふらつきながらもベッドから起き上がると、二人の後に続いて医務室を出て行った。医務室に残ったのはウェンディとデュランの二人のみ。
「なにボサっとしてんだよ。アンタもさっさと行きな」
「チッ、久々に顔を出してみりゃ今日は厄日だぜ。面倒事が次々に湧いてきやがる」
「そういや、アンタなんで今日こっちに帰って来たんだい? 今年の母さんの墓参りはアシュリーが来た時に済ませただろ」
「あぁ、そういや本来の目的を忘れてた。先日ジェイルタウンの店を改装してな。今度その新装開店祝いで知り合いを招いてタダ飯食わせてやるからガキども連れて来いよ。住民にゃ俺の家族が他所から来ると伝えとくから問題なく来れるだろ。まぁ、気が向いたらで良いから来たきゃ来てくれや。それじゃ、俺も行ってくるわ」
医務室を出ようとドアノブに手をかけたデュランの背に向かってウェンディは口を開いた。
「アンタこそ、用が無くてもいつでも帰っておいで。あたしらはアンタが言うように家族で、ここはアンタの実家でもあるんだからさ」
デュランはその言葉に対し、ただ右手を軽く上げて答え、医務室を後にした。
「ハハッ、あんのへそ曲がりめ。本当に可愛い弟だよ、まったく」
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