第133話 決着、デュラン対パトリック

「そこまで!!」


 パトリックの手刀がデュランの脳天に触れる寸前でピタリと止まる。この試合に待ったをかけたのは立会人である女教皇ミリア。パトリックを睨みつけ、ミリアは彼に対し尋ねた。


「パトリック、あんたルールを破ったね?」


 周りで見ていたウェンディや子供たちには分かるはずがない。ましてや、あの一瞬の出来事を見抜ける者はジェイルタウンにも一般聖騎士の中にもいないだろう。


「申し訳ありません、ミリア様。神聖な決闘の誓いを違える聖騎士としてあるまじき行動に至った罪、そしてこれから行なう事への罪は決着がつき次第、速やかに処罰に応じましょう。ですのでどうか止めないで頂きたい。今がこの憎き男を始末する絶好の機会なのですから」


 パトリック本人が口にするように、聖職者としてあるまじき言動。自覚がある分より一層タチが悪い。ミリアに向ける視線には断固たる意志が込められている。〝この男は生かしておかない〟と明確に告げていた。


「アホか。そんな自分勝手を認めるわけないだろ。この決闘は異能や加護の使用を禁じていたはずだ。それにも拘らずあんたはデュランの拳を忍耐の加護による身体の鋼鉄化で受けた。その時点であんたは反則負け。この決闘はデュランの勝ちだ」


 立会人であり、アスガルド聖教最高責任者である女教皇の判決は聖騎士にとって絶対である。しかし、その決定に待ったをかけた男が一人。


「ざけんなババア! 見下ろされたまま拾った勝利なんざいらねーンだよ! 相手がその気ならこっちもそれに応じるだけだ。いいぜパトリック。加護でも何でも好きに使えや。こっちも出し惜しみ無しでやってやるからよ」


 ゆっくり立ち上がったデュランの皮膚が赤みを増しており、全身発熱していることが窺えた。その証拠に身体から湯気が上がっている。文字通り、怒りに燃えていた。


 それを見たパトリックの闘気も殺気に変わり、ここから先は互いに合意の上で本物の命のやり取りが行われることを周囲に知らせていた。


「だーめだこりゃ。完全に頭に血が上っちゃってるよあの二人。こうなったら好きにやらせてやるしかないね」


 流石のミリアも面倒になったようで仲裁に対して匙を投げ、近くにあったベンチに腰をかけてしまった。


「そんな女教皇様っ! 二人を止めてくださいよ! ホントに死んじゃいますって!」


 慌てふためくウェンディに対しミリアは答える。


「ムリムリ。そもそも決着したのにデュラン自ら勝利を認めずそれを手放してんだもん。だったら互いが納得する形の決着に落ち着くしかない。それがどちらかの絶命ってんならもうやらせてやるしかないじゃん」


「っていうか、そもそもアスガルド聖騎士って模擬戦やルールを定めた決闘、レオンクロスなら〝席替え〟以外の聖騎士同士の戦いは御法度ですよね? 二人の戦いは明らかにそれらを逸脱しています!」


「パトリックはともかく、デュランに至ってはもうアスガルド聖騎士じゃないんだ。何も問題は無いさ。これが他の聖騎士だったら流石に私直々に二人ともブッ飛ばして止めなきゃならないけどね。クッソ面倒だけど」


 仲裁をすっかり諦めているミリアはもはやアテにならない。そうこうしている内にパトリックとデュランは一触即発の雰囲気。意を決して自ら割って入る決心をしたウェンディを制止するように肩をポンと叩いた大きな手。


「ここは私にお任せください、シスター」


 突如背後から放たれた第三者の声。男はウェンディをその場に留め、颯爽と走り出し、きりもみ回転しながら高々とジャンプ。今まさに拳を叩き込まんと踏み込んだ両雄の間へ華麗に着地して見せた。


 二人の拳が叩き込まれたのは突如眼前に現れた分厚い筋肉の壁。パトリックは六つに割れた腹筋を。デュランは異様に盛り上がった広背筋を。前後から強烈なパンチを受けて尚、筋骨隆々の大男は腕を組んだまま微動だにせず立っていた。


「我らの戦いに乱入するなど無礼千万! 貴様、何者……だ?」

 

 憤怒の形相で乱入者を見上げるパトリックの顔がみるみる内に唖然とした表情へと変わっていく。鍛え抜かれた腹筋、パンプアップした大胸筋、切り株のように太い首と順々に見上げていったその先にはニワトリの顔があった。


「御免ッ! ふんっ!」


 呆気に取られていたパトリックの前から一瞬で姿を消したニワトリ男。気づくと男は背後へと回り、パトリックの腰を丸太のように太い腕でがっちりホールド。直後、パトリックが見たのは空と地面が逆さになる光景。後頭部に激しい衝撃を受けたパトリックの意識はそこで途絶えた。


 その流れるように美しいバックドロップ。そして聞き覚えのある声にデュランの怒りはすっかり消え去り、正気を取り戻した。


「あんた、もしかして……」


 デュランがその男の名を発するよりも早く、ニワトリの被り物を被った大男はボディビルダーのようにサイドチェストポーズで自らの筋肉を誇示しながら名乗った。


「ある時は養鶏業者。そしてまたある時は正義の覆面レスラー。燃える鳥人、ガルーダマスク!! 子供たちの願いに応え只今参上!!」


 ポカンとした様子の大人たちとは対照的に子供たちはヒーローショーを見ているかのように大盛り上がり。


 女教皇ミリアはといえば、既に飽きてしまっていたらしくベンチに腰掛け、天を仰いだまま完全に寝てしまっていた。

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