第132話 デュランとアスガルド聖教③

 教会の前に立つ二人の男が互いに向かい合っている。


 一人は聖騎士の装いで怒りが全身から溢れており、もう一人は心底面倒そうに欠伸をしながら頭を掻いている。


 今から始まるは現役聖騎士と元聖騎士の決闘。見届け人は女教皇と教会のシスター。そして併設されている孤児院の子供達。対極の雰囲気を放っている二人の手には決闘に不釣り合いなモノが握られている。それに対して不満を漏らしたのはやる気の欠片も感じられないデュランの方だった。


「なぁ、ウェンディ。せめてもっとマシなもんは無かったのかよ?」


 真剣の使用は禁じられているため、当初は木剣での決闘が提案されていた。しかしただの教会にそんなものは無い。加えて、子供たちがイタズラして怪我をする危険性を考慮すると木剣の用意などあるはずもない。


 代用品として両雄が手にしているのは、男児向けのチャンバラセットに入っていたスポンジのような軟式素材で出来た小さな剣のオモチャだった。もちろん、剣先はふにゃふにゃである。


「仕方ないだろ。それっぽいものはそれしか無かったんだから」


 何故この年齢になってまでチャンバラ遊びなどしなければならないのかと嘆きたくなるデュランとは反対にパトリックの方はふにゃふにゃチャンバラソードをきっちり構えていた。達人クラスの闘志に似つかわしくない得物が目に入る度、デュランのやる気は削がれていく一方であった。


 そんな両雄の間で立会人である女教皇ミリアが決闘の口上を述べる。


「決着のルールはどちらかが負けを認めるか。または、こちらが戦闘不能と見なした場合の二点のみ! アスガルド聖騎士たる互いの誇りと名誉にかけて存分にその実力を振るうべし! いざ尋常に……始めッ!」


 女教皇御自らご大層な開始宣言をしてもらって大変恐縮ではあるが、相変わらずデュランのやる気は上がらない。離れた場所で観戦してる子供たちは皆こちらに声援をくれている。だがやはり気が乗らない。心底面倒かつ迷惑この上ない話になったものだと、デュランはポケットから買ったばかりの煙草の箱を開けて一本取り出し咥える。ライターを探してズボンのポケットを弄っていると、目の前を凄まじい一閃が走った。


「その煙は我が復讐の狼煙と知れ。そして次は確実に当てる」


 デュランの懐に飛び込んできたパトリックの剣先が煙草の先端を掠めた。その摩擦熱により煙草に火が点いたのだ。生前のトルメンタの蹴りでも同じことがあったが、まさかオモチャの剣でそれと同じことをやって見せたパトリックの腕前はデュランの燻っていた闘志にも僅かな火を灯した。


(マジかよ……こりゃ真面目にやらねぇとヤベェかもな)


 パトリックの初撃でやる気スイッチが入ったデュラン。一旦間合いを取るべく後ろに飛び退がると、それを見透かしていたかのように全く同じタイミングでパトリックは前へと踏み込んで来た。


「逃すか!」


 左下から右上にかけての凄まじい斬り上げ。

 避けること叶わぬと判断したデュランは剣で受けることを選択。スポンジ製で頼りないがそれは相手も同じこと。そう高を括っていたデュランだったが、その考えは浅はか過ぎたとすぐに改めてさせられた。


「んなっ!?」


 同じ材質同士が触れたにも拘らず、こちらのスポンジ剣は真っ二つにされてしまったのだ。しかもそれだけでなく、僅かに剣先が掠ったデュランの左頬から流血。傷は浅いがパックリと切れていた。


「昔の私と思っていたら大間違いだぞ。例え遊び道具とはいえ、今の私であれば貴様の首を刎ねることすら出来るのだから」


 チャンバラ遊びから実戦を痛感されたデュランの表情は曇るどこか寧ろ笑っていた。


「ちったァ楽しめそうだな。根暗ポリ公の剣とどっちが上か比べてみたくなったぜ!」


「わけのわからんこと!」


 再度迫り来るパトリックの剣。元々使い物にならなかったオモチャの剣を手放したデュランは自由になった両手で拳法の構えを取る。脳天を狙った実直な唐竹割りに対し、剣を握り支えているパトリックの左手の甲へ向けて拳を叩き込む。


「ぐっ!?」


 縦一文字の剣閃が僅かに横へ逸れたところを狙い、拳よりもリーチの長い前蹴りをパトリックへ向けて放つデュラン。しかしパトリックも更にその反撃に対応する様にしゃがみ込んで姿勢を落とすと、蹴りを放ったデュランの軸足。左片足目掛けて足をかけるように横蹴りを見舞う。


「うおっ、あの体勢から蹴り返してきやがった」


 蹴りを放ち、片足立ちになっていたデュランはバランスを崩して倒れる直前に地面へ両手をついて逆さ立ちし、腕の反動で体勢を立て直し両足から地面へと着地する。


(あんまり長引かせても面倒だな……サッサと終わらせるか)


 そう考えたデュランは先程壊れて手放したオモチャの剣を拾い上げて再び手にすると、パトリック目掛けて思いっきりブン投げる。それは奇しくも二人が最初に手合わせをした際にデュランが繰り出した戦法と全く同じ一手であった。


「二度も同じ手を喰らうか!」


 これで一度辛酸を舐めさせられているパトリックは次に来る攻撃を知っていた。投擲にて油断を誘い、当て身を繰り出す。案の定、デュランはこちらへ向かって突進して来ている。


 パトリックは向かってきたオモチャの剣を半身をずらしただけで躱したが、その剣先はしっかりとデュランに向けられている。迎え撃つ体勢は万全であった。しかし、デュランもそうなることは百も承知だったようで次の投擲をパトリックへ向けて放ったのだ。


「ぷっ!」


 デュランは咥えていた煙草を吹き矢の様にパトリックへ向けて放つ。これは流石に予想していなかったパトリックは咄嗟に剣で煙草を斬り払う。火の着いていた煙草はオモチャの剣によりバラバラに散らばったが、デュランの拳は目の前。しかし、パトリックの表情に動揺は一切見られなかった。


「終わりだ」


 煙草を粉砕するべく斬り上げた剣をそのままの軌道で振り下ろしたパトリック。日本の剣技で謂うところの燕返し。パトリックの放った左袈裟斬りがデュランの右肩から斜めに直撃した。


「ぐおっ!?」


 軟式素材のオモチャで受けたとは思えないほど鋭く重たい一撃。脳が「斬られた」と誤認しているらしく剣が通った箇所を激しい痛みが走る。衣服はかろうじて斬れていなかったが下の皮膚に熱を感じることから痣になっていることは間違いない。しかしここで足を止めてる暇はない。相手が勝ったと確信している今が好機なのだから。


「捕まえたぞクソッタレ!」

 

 痛みに耐え、パトリックに突進したデュランはそのまま押し倒す形で馬乗りになった。所謂、総合格闘技のマウントポジションである。


 決まれば返すのは至難の業。ましてや相手があのデュランである。並の人間であれば逃れることはまず叶わない。


「さぁーて、今の一撃の礼をたっぷりさせて貰うぜ。そのいけ好かねぇスカした面をボコボコにしてやるよ」


 邪悪な笑みで指の関節を鳴らしながらパトリックを見下ろすデュラン。それに対してパトリックは慌てて反論する。


「ちょっと待て! 今の一撃で私の勝ちだろう! 真剣だったなら死んでたんだぞ!?」


 確かにパトリックの言うことは一理ある。しかし、今まさに殺生与奪の権利を手にしている男にとって、そんな理屈や道理が通じるはずもない。


「お行儀の良い騎士道を振りかざすのは勝手だが、俺が今住んでる世界じゃ喧嘩ってのは殺るか殺られるかの二つに一つだ。現に俺は死んじゃいねーし、それにルール上問題はないはずだぜ? さっきババアが言ってただろうが。〝決着のルールはどちらかが負けを認めるか。または、審判側が戦闘不能と見なした場合の二点のみ〟ってな」


 見る見るうちにパトリックの顔が青ざめていく。

 数年前に味わった屈辱と恐怖が蘇る。


「何発で音を上げるか知らねーが、せめて根性見せて一発は耐えてみな。まずは一発目ッッッ!」


 デュランが思いっきり振りかぶった拳をパトリックの顔面に打ち込んだ直後、爆風のような衝撃で辺りに砂煙が舞い、車同士が正面衝突したかのような金属音混じりの悲痛な音が大きく響いた。


 砂煙が晴れるとデュランは右拳を左手で押さえて両膝を地面に突いており、その下に居たはずのパトリックはデュランを見下ろすようにその場に立っていた。


 いったい何が起こったのか。

 一つだけ言える確かな事は、あの一瞬で殺生与奪の権利がパトリック側へ移ったということ。


 そのパトリックは右手を手刀の形で垂直に振り上げており、眼前で跪くように動かぬデュランの脳天へと狙いを定めていた。


「とうの昔に捨てたつもりだったが、心の何処かにまだ甘さが残っていたらしい。それを教えてくれたことに敬意を表し、せめて苦しまぬよう一撃で葬ってやろう」


 オモチャの剣を捨てたパトリックの手刀が、デュランへ向けて振り下ろされた。

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