第130話 デュランとアスガルド聖教①
翌朝、デュランはウィリアムから無断で借りた修理したてのハーレーに跨りセントライミ教会へと向かっていた。
普段であれば既に到着している時分だが、今日に限ってはいつものようにメーターが振り切れんばかりに目一杯トバす訳にはいかない理由があった。
「…………」
ビリオンシートに跨り、デュランの背に必死でしがみ付いてるヘルメットを被ったアイラが怖がるからだ。
なるべくゆっくりと。
アイラがバイクのスピードに慣れ、景色を楽しむ余裕が出てくる頃には時刻は昼近く。予定より一時間以上遅れての到着となった。
「あっ! デュラン兄ちゃんだ!」
「アイラちゃんも来たー!」
バイクを停めて降りた時、外で遊んでいた子供たちが二人に気付いて駆け寄ってきた。
「よーチビ共。ウェンディは礼拝堂か?」
「ううん、今日はお客さんが来てるから執務室にいるよー」
「客? 珍しいな。まぁいい。ありがとよ。ホラ、駄賃だ。アイラはここで遊んでろ。俺はちょいとウェンディのとこに行ってくる」
デュランはそう言うとポケットから煙草の釣り銭である硬貨をすべて子供たちに渡し、アイラを残して一人で教会の執務室へと向かっていった。
「邪魔すんぞー」
ノックこそしないが、普通にドアノブを回して執務室のドアを開けるデュラン。礼拝堂だけでなくヤクザの事務室やマフィアの屋敷の門扉さえ蹴り破る男だが、この執務室だけは一度もそんな無作法をしたことはない。何故ならこの部屋は元はデュランが母同然に慕っていたシスターミレーヌが使用していた部屋だからである。
彼女が他界してからもその習慣は変わらない。それに今はミレーヌの後継としてシスターを任されている姉貴分のウェンディが使用しているので、そんなことをしようものなら引っ叩かれて嫌味や小言、罵倒のマシンガンを喰らわされることになるのは明白。実際、何もしてないのにそんな待遇を受けることもしばしばある為、そんなことをしたらどんな目に遭うかなど火を見るより明らかだ。
「あれまっ、噂をしてたら向こうから来たよ。アンタここに盗聴器でも仕掛けてんじゃないだろうね?」
中にいたウェンディから開口一番に驚きと笑み、そして妙な言い掛かりのハッピーセットを送りつけられたデュラン。訳がわからなかったが、何やら自分の事を客人と話していたと察したデュランはソファーに腰を下ろしている人物とそのやや右背後に立つ人物に目をやる。
一人は金の刺繍が施された豪奢なローブを目深く被り座っていた。顔こそ見えないがその装いだけでその人物が何者かはわかる。何故なら、そのローブは代々アスガルド聖教の教皇にのみ着用が許された由緒正しき外套。それを纏っている人物となると、今世にはただ一人しかいないのだから。
その背後に立つのは護衛であろう一人の男。
教皇ほどの要人の護衛であれば最低でもレオンクロスの隊員一名を筆頭に他数十名の聖騎士の配置が基本とされているが、見たところこの男以外に護衛らしき姿や気配は感じない。という事は、レオンクロス内でもかなりの上席にいる実力者であることはデュランにもわかった。
デュランは教皇と対面に座っているウェンディを少し押し除けるようにソファーへどかっと勢いよく腰掛けると両足を組んだ状態でテーブルへと乗せた。
「で、聖教のお偉いさん方が今更俺の噂話ってのはどういう了見だ? まさか悪口大会でも開催してたってか?」
教皇に対して足を向ける無礼極まる行為に対し、最も素早く反応したのは教皇の背後にいた一人の聖騎士。しゃらん、という西洋剣を抜いた際に鳴る独特の抜剣音と同時にデュランの足目掛けて日差しを受けて煌めいた刃が走る。
それを察したデュランは刃の側面を素早く蹴りで逸らし、ソファーの背もたれを掴むとまるでバク転するかのようにソファーの後ろへ退避。着地と同時に拳法の構えを取った。
「いきなり斬りつけてくるたァ血の気が多い聖職者サマだな」
デュランの言葉に対し、剣を向けて男は答える。
「首を狙われなかっただけせめてもの慈悲と思えデュラン。貴様の無礼は万死に値する」
金髪の男はこちらの名を知っていた。しかし、デュランの方はその男のことを知らない様子。
「あ? お前、俺のこと知ってんのか? 俺はテメェのことなんざ知らねーぞ」
「きっ……貴様ァァァッ!!」
その一言で普段冷静な男は柄にもなく憤慨。殺気を際立たせ再度剣を構えてデュランへ斬り掛かる。デュランはニヤリと楽しそうに笑い、相手の攻撃を迎え撃たんと拳を握り美青年の顔面目掛けて放とうとしていた。
両者の剣と拳を止めたのは場の殺伐とした雰囲気を吹き飛ばさんばかりの大きな笑い声。
「アーハッハッハッハ! 相変わらずだね、この跳ねっ返りは!」
ローブの人物が実に楽しそうに笑っている。
それに対し一番驚いていたのはデュランでもウェンディでもなく教皇の護衛でやってきたレオンクロス第二席のパトリックであった。
「このローブ邪魔だね。笑い過ぎて暑くなってきたわ」
教皇はそう言うと、纏っていた由緒正しい外套を無造作に脱ぎ捨てる。それを見たパトリックは慌てて剣を鞘に収めて外套が地に落ちる寸前で見事にキャッチしてみせた。
「ふーっ、久しぶりだね。聖教一の問題児。元気にしてたかい? なんて聞くまでも無さそうだね」
長く白い髪をかきあげた真っ赤な瞳の女性の姿にデュランは驚きを隠せなかった。その人物のことはよく知っている。かつての命の恩人だからだ。しかし、デュランが驚いたのはそこではない。
「なっ、なっ、なんで昔の姿のまんまなんだよババア!!」
「ババアとは失礼なヤツだね。きちんと肌に合う化粧品を使ってストレスを溜めない生活、そして粗食とよく寝ることが私の美容の秘訣だよ」
「そんな基本的なレベルの若作りじゃねーだろ! 俺がガキの頃から見た目が変わってねーじゃねーか!? 整形でもしてんのかババア!」
デュランが二回目のババアを口にした瞬間、目の前から女教皇ミリアの姿が消えた。
その一秒後にデュランの下顎に伝わった衝撃。ミリアの放った怒りのアッパーがデュランの身体を宙に舞い上げたのだ。その一撃で口内を切ったようで、口から血を撒き散らしながら床に倒れたデュランに対し、ミリアはギロリと見下ろしながら言い放った。
「レディに向かってババアババア連呼するモンじゃないよクソガキが! 昔のようにもう一度教養を身体に叩き込んでやろうか!? あぁん!?」
女教皇ミリア・ヴォーダン。
御歳百をとうに越えているが、その動きのキレと美貌は全盛期のそれであった。
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