第129話 新居と新店舗

 久方ぶりのジェイルタウンの空気を肺に取り込むデュラン一行。


 無駄に背の高い廃墟が密集しているため街として整備されていたエデンとは違い、薄暗く、湿気とカビ臭さが陰鬱な雰囲気に拍車を掛けているのを今更ながらに気付かされる。


 だが、これこそがデュランにとって慣れ親しんだ空気であり、ようやく『帰ってきた』と心の底から思えた。


 懐かしのジェイルタウンを進み、その中心部に来た辺りで周りとは明らかに浮いている真新しい建物が見えてきた。


「あれが新しい僕らの家だよ」


 ウィリアムはそう言うと嬉々としてその建物を指差した。


「おー、こりゃすげぇな。だが新し過ぎて逆に気味が悪ィな」


「もー、素直に喜びなよ。取り敢えずみんなは二階に荷物を搬入してきてくれるかな。僕たちはまず一階の店舗の確認をしておくから」


 引越し業者の真似事をさせられているジェイルタウンの住民はウィリアムの言葉に従い、各々抱えてきた荷物を慎重に二階の居住スペースへと運んでいく。せっかくの新居にキズでも付けようものなら自分たちの身体にそれ以上の傷を家主に負わされるのは明白。爆弾処理のそれと同じ緊張感で悪党たちは黙々と作業を行なっていく。


「さて、それじゃあ新店舗のシャッターを開けるよー!」


 ウィリアムはポケットからリモコンを取り出しボタンを押すと下がっていたシャッターが自動で上がっていく。


「おー、すげーな。自動開閉かよ」


「今までのシャッターは錆び付いて完全に下がらなかったから全然使って無かったけど、やっぱり防犯は大事だからね。まぁ、盗みに入る輩なんて少なくともこの街には皆無なんだけど店舗としてやってるから一応ね。さぁ、入って入って」


 ウィリアムに促されてデュランとアイラは中へと入る。


「こりゃすげぇな。間取りはそのままだが見違えたじゃねぇか。しかも設備がどれもこれも新品だ」


 店舗の間取りや配置はほぼ変わらないが、換気扇やコンロ、シンクや調理台の設備は新しくなっていた。


「給水管やガス管、排水管なんかもボロボロだったから全部取り替えたんだよ。そしてなんと言っても今回の目玉は新しく導入した食洗機と業務用ディスポーザーかな。生ゴミは直接シンクに捨てるだけで粉々に砕いて流してくれるし、食器洗いも格段に楽になるはずだよ」


「ほー、世の中にゃそんな便利なモンが出回ってたのか。時代はどんどん変わっていきやがるな」


「ふふん、実は変わってないものもあるんだよねー、分かる?」


「舐めんな。この店を一から建てたのは俺だぞ。このカウンターテーブルと表の看板だろ?」


「御名答。流石は店長、よく見ていらっしゃる」


 デュランの言う通り、カウンターテーブルと看板だけは解体前に取り外し再利用している。それらに刻まれた傷やへこみも含めてこの店の思い出であり、歴史。どちらもたった一人で立ち上げた店の顔とも言うべき代物だけに、デュランも愛着があるだろうと考えたウィリアムなりの気遣いであった。


 そんな他愛無いやり取りをしていると、外からライガンとココが呼びかけてきた。


「デュランの旦那ー! 一通り私物の荷物は二階に運びましたぜー!」


「後は店舗の荷物や調理器具だけなんですが、指示をくれりゃ中に運びますよー!」


「おう、ご苦労さん! 店舗の荷物は店の前に置いといてくれや! あとはコッチでやるからお前らはもう解散していいぞ! 今日の礼は開店祝いを兼ねて盛大にやるから日取りが決まったら連絡するって他の連中にもそう伝えておいてくれ!」


「承知しやしたー! ではあっしらはこれにて失礼しやす!」


「つーわけだから、俺はここでしばらく調理器具の整理をしてるからお前らは二階の片付けを頼むわ」


「了解。君の私物が入った段ボールは全部君の部屋に入れるように指示してあるから。それじゃあ、シャッターのリモコンは渡しておくよ。もう一つは予備として僕が持ってるから。それじゃあアイラ。新しいお家を見に行こっか。アイラ専用の部屋も作ってあるから可愛く飾りつけしようね」


 アイラの手を引いてウィリアムは店舗を出て二階へと上がっていった。


 新装開店は来週を予定しており、明日から徐々に仕入れ先から食材の買い付けを再開していく予定となっている。開店初日は今日引越しを手伝ってくれた連中や常連客、そしてセントライミ教会の子供達を招いて無料で料理を振る舞う計画をウィリアムと立てている。


 早くこの新たな調理場で存分に腕を振るいたい。決して表には出ないが、デュランの心は久方ぶりに昂り、舞い上がっていた。

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