第41話 真実と戦犯者②

 その日の昼も、デュランはいつものように大広場に鉄板を用意して昼食を作っていた。美味そうな香りに誘われて軍人や市民が集まって来る。デュランから料理の盛られた皿を受け取った仲間の兵士の一人が言う。


『しっかし妙な気分だよなぁ。さっきまで戦闘で使用していた武器で作ったメシを食うってのはよ』


 それに対してデュランはこう返した。


『弾除けの盾代わりに使ってるだけだ。別にこいつで人を殺したことなんかねぇよ。たまに装甲車をブッ叩くのには使うけどな』


『でもよぉ、お前はそうかも知れんが前の持ち主はわかんねぇだろうが。そもそも、こんだけでけぇ剣だ。とんでもない化物とか殺してるんじゃねぇのか?』


『今更衛生面がどうとか文句抜かすなら食わなくても良いんだぞ。てめぇの分は食べ盛りのガキ共に回すだけだ』


『じょ、冗談だよ。味は最高なんだ。食わせて貰えるだけありがたいってもんさ』


 他愛のないやり取り。自分の料理を喜んで食べてくれる人がいる。聖騎士団に入るまで何も持っていなかったこの手に〝生きていく術〟を授けてくれた恩師の言葉をデュランは思い出していた。


(今日からその手は、人を幸せにする為に使いなさい)


 戦況が落ち着いたら例の縁談を受けても良いかも知れない。そんなことを考えていた矢先、デュランは周囲から嫌な匂いを感じとった。


 戦場で頻繁に嗅ぐ如何とも形容し難い匂い。重苦しく、鉄とカビが混ざったような嫌な匂い。この匂いがする時は決まって近くで人が死ぬ。デュランはそれを直感的に〝死の匂い〟であると認識していた。それがここ非戦闘地域で。それも、むせ返るほど匂い立っていること。とにかくヤバいことが起こる前触れであると悟ったデュランが「逃げろ」と叫ぶ前に激しい銃声が広場に響き渡った。


『うわぁぁぁ!!』


『敵襲だ!! 迎撃しろ!!』


『民間人の非難誘導を!!』


 無数の銃弾が耳元で風を切って過ぎてゆく音が聞こえた。次々と血を流して倒れていく人々。悲鳴、怒号、阿鼻叫喚。楽しげなランチタイムは一瞬にして凄惨な戦場へと変貌を遂げた。デュランの手には料理の盛られた皿が一つ。目の前には、手をこちらに伸ばしたままで頭から血を流している一人の少女。料理を受け取る直前で頭部に銃撃を受けたようだ。本当なら、今頃美味しい食事で空腹を満たして笑っていたであろう。倒れたままデュランに向けて伸ばしたその手は、救いを求めているようにも見えた。


 周囲は無数の屍が転がっていた。米兵、中東兵、民間人、子供。人種、身分、老若男女問わず平等に訪れた突然の死。それを振り撒いたのは全長が四メートル近くある全身銃火器で武装された機械人形。それはデュランの眼前に立ちはだかり、センターカメラらしき単眼から赤外線レーザーを射出していた。攻撃対象に照準を合わせているのだろう。この不細工な鉄クズが全ての元凶だと悟った時、デュランの中で何が弾けた。


『本当ノ地獄ヲ見セテヤル』


 アレスに搭載されているカメラが最後に収めたのは、目の前の男が突如爆炎に包まれる瞬間と紅蓮の炎で燃え盛る視界。そして、視界の赤を斬り裂くように振り下ろされた巨大な鉄塊がアレスのカメラに叩きつけられる映像だった。


 ロシアと政府軍の結託を快く思わなかった米国は、泥沼化した拮抗状態を打破するために最新式の大量破壊兵器を投入したことが各国に知られれば世界中から非難を浴びることになるのは必定。あまつさえ、その兵器を制御出来ずに甚大な被害を齎したことまで知られれば、アメリカの権威は失墜を避けられない。


 アメリカにとって唯一幸運だったのは、この一件では目撃者がデュランと米軍数名の生き残りだけだったこと。


 爆炎を操り、巨大な剣にて暴走したアレスをたった一撃で仕留めた男に全ての罪を着せることで事故を隠蔽したのだ。


 これが中東の地での真相だが、アメリカの情報操作によりデュランが大量殺戮を行なった残虐非道な人物としてメディアは報じた。また、デュラン本人もこの件に関しては異議を唱えていないため、それがさも真実であるかのように流布され続けている。氷室が話した内容も、メディアで報じられている内容そのままだった。


「俗世と隔離された宗教屋は知らんだろうが、これがこの男がアメリカから狙われている理由だ」


「嘘です! デュランがそんなことするはずありません」


「聞く相手が間違っているだろうが。本当かどうかはそこでブッ倒れている本人に直接聞けばいい。まだ息があるうちにな」


 アシュリーは氷室を一瞬だけ睨むと、すぐさまデュランに駆け寄った。


「デュラン、大丈夫!? 待ってて。すぐに病院へ——」


「……また、あの日のことを思い出しちまった」


 デュランは駆け寄ってきたアシュリーの肩を右手で掴むと、そのままゆっくりと立ち上がる。


「あんなとこにいればどの道長くは生きていなかったかも知れねぇ。だがせめて、腹いっぱい食わせてやりたかった。それだけが俺の心残りだ」


 他の誰でもなく自分に言い聞かせる為だけの弱音。懺悔を孕んだ独り言。何も出来なかった無力なあの頃を風化させたまま終わらぬよう、窮地に陥った際にデュランはよく当時を振り返り己を奮い立たせてきた。そして今が久方ぶりの窮地であることは間違いない。だからこそ価値が生まれるのだ。意地を立て通し、無力だった過去に牙を突き立てる価値が。


 普段調理中に頭に巻いているバンダナを左肩の傷口に巻き付け、右手と歯を使い器用に縛って気休め程度の止血を施す。氷室を見据える金色の瞳には、再び闘志の炎がゆらりと。そして静かに再燃し始めていた。

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