第40話 真実と戦犯者①

 とても暑い日だった。

 

 砲煙弾雨で荒れ果てた大地。薬莢と焼け焦げた屍が地面を黒く埋め尽くし、至るところで黒煙が上がっている。


 乾燥した風が砂を巻き上げ、汗ばんだ肌を絶えず撫でる。その風に乗って血と肉の焼ける匂いが鼻腔にこびりつき、ひどく不快だった。


 瓦礫と骸で出来た丘の上で一人佇む男。巨大な剣と、血で染まったような真っ赤な頭髪が何とも特徴的だった。金色の瞳は、ただ虚ろに曇り空を見上げている。


 当時作戦に参加していたアメリカ陸軍第一歩兵師団に属する数名の生存兵が、本国へ帰還した際に上層部へその時の様子をこう証言している。


『一人の傭兵の手によって、市街地にて交戦していた米中東両軍、及び市民らに壊滅的な被害を齎した』


 この傭兵こそ、当時二十八歳のデュラン・フローズヴィトニル。神に背く不遜な手法を用いて戦地に混乱と混沌を招いた非人道的な大量虐殺行為により、国連安保理の補助機関である旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から国際指名手配を言い渡された。


 この〝神に背く不遜な手法〟とは、即ち魔術の類を示す。近代において魔術の証明を。それも常任理事国が明言することは断じて行なってはならない。その為に考案された苦肉の一文であった。当初、その一文は記される予定では無かった。しかし、それでは単なる傭兵一人に世界一の武力を持つ米軍が敗北を喫したことになり兼ねないということで、アメリカ合衆国が半ば強引にねじ込んだとされている。他国からはアメリカの必死な体裁保持と嘲笑されたが、多少の恥を甘んじて受けてでもそれを通したい理由が他にもあったのだ。その真相を知るものは、米軍関係者の中でもごく僅かである。


 戦犯者となる歳から十年前。デュランがまだ十八の頃にアスガルド聖騎士団給仕部隊にて料理長を勤め、デュランが師と仰いでいた男が死んだ。荒くれ者であったデュランに対して、拳法と料理を通じて心を伝えた恩師。その師の逝去により、アスガルド聖騎士団にデュランを繋ぎ止めるものは無くなった。


 その後、アスガルド聖騎士団を退団。本部のあるノルウェーを離れ、中東を行き先として一人旅へと向かった。戦いと料理しか学んで来なかったデュランは旅費や日銭を稼ぐ為に傭兵稼業を始め、中東政府軍の調理班に非正規雇用形態で身を寄せていた。


 兵士たちに料理を振る舞い、戦線に欠員が出れば素手にて戦闘へ参加。誰も殺めず、美味いメシを作るデュランは軍の中でも非常に評判の良い男であった。宗教間において非常に熾烈な争いを国内外で繰り広げているイスラム圏内であるにも拘らず、アスガルド聖教徒——つまり異教徒である他国籍の男に対して副司令官の次女との縁談が持ち上がる厚遇ぶりから、如何にデュランという存在が中東で受け入れられていたかが伺える。


 また、デュランは市民からもとても評判が良かった。調理場で余った食材と安価な小麦を用いた餃子を大量に作り、子供たちへ配っていたのだ。羊肉をミンチにしてクズ野菜と香草類を混ぜ合わせてヨーグルトソースを合わせたケバブ風の餃子は特に人気があり、多くの子供たちや低所得者たちが集まっていた。


 今の調理場が手狭に感じるほどにまでデュランの餃子が人気になった頃、市場でとある物品に出会う。それこそが、あのホットプレートであった。


 早速デュランはそれを購入し、街の大広場で鉄板を設置して大勢の市民に餃子を振る舞った。老若男女、軍人も市民も皆がデュランの料理に舌鼓を打った。彼らは戒律から酒は飲まない。しかし、それはさながら酒宴のように陽気な歌や踊り。笑い声に包まれていた。


 しかし、その三日後。広場を包んでいた笑い声は一変して戦火に包まれることとなる。

 

 この一件こそが捻じ曲げられた記録であり、アメリカ合衆国がひた隠す負の史実。


 現場の独断によって試運転なしで実戦投入されたウェストロッジ社製の最新AI搭載多脚型無人兵器「Ares(アレス)」の暴走による大量破壊の勃発であった。

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