第5話 アイラとオオカミ

「俺の店で暴れんなっつってんだろうが……ったく」


 デュランに襲いかかって五分と経っていない内にバング兄弟とその手下たちは丸腰のデュランにボコボコにされ、完全に伸びていた。


 バング兄弟が店で暴れ、その度にデュランが彼らを完膚なきまでに叩きのめす。ウィリアムはここで働き始めて、今とまったく同じ光景をもうかれこれ三十回以上は見ている。従って、ここの連中がいくら凄んで暴れようが至ってノープロブレム。〝ジェイルタウンのオオカミ〟こと、デュランを敵に回すとどうなるかなど、ここ住む人間の大半は嫌というほど理解していた。


「ウィリアム。壊れたテーブルを片付けたらそいつらに水をぶっかけて起こしてやれ。料理が冷める前に腹に詰め込ませろ。あと、メシ粒一つでも残したら次はマジで殺すと伝えとけ」


 存分に体を動かし、満足気なデュランはバンダナを頭に巻いて再び厨房へ戻っていく。例え相手が聖者であろうと悪人であろうと腹を空かせているヤツは放っておけない性格なのだ。


「おかわり」


 滅多に利用者のいないカウンター席に小さな客が一人ぽつんと座っていた。先ほど、ウィリアムが拾ってきた少女だ。少女はデュランが作った炒飯をきれいに平らげ、おかわりを要求している。デュランは厨房へ戻ると黙って鍋を振るう。出来たての炒飯を何も言わず少女の前に差し出した。ちなみに、これで二杯目だ。


「ふーっ、ふーっ、はむっ。ほふほふ」


 デュランはカウンターに肩肘をついて黙々と炒飯を口に運ぶ少女の様子を眺める。


「美味いか?」


 こくりと少女は小さく頷く。


「しっかし、よく食うガキだな。よっぽど腹が減ってたのか」


 少女は二杯目の炒飯を食べ終えるとコップの水を飲み干し、胸元で手を組んで小さく「ごちそうさまでした」と呟いた。


「お前、名前は? どっから来たんだ?」


 少女は真っ直ぐデュランの目を見つめ、答えた。


「アイラ」


 アイラと名乗った少女は続けた。


 数年前に唯一の肉親であった母が死別したこと。その後、イタリアはジェノヴァの孤児院で育てられたこと。そして三日前、経営難に陥っていた孤児院が地元マフィアに自分を含む子供数人を売り渡したこと。


 マフィアたちが別の積荷の受け渡しの為に立ち寄ったエデンで隙を見てトラックの荷台から逃げ出してきたこと。アイラは、まるで自分ではない他人の物語を語るように、表情も口調も全く変わらず唯々淡々と話した。


 気丈というべきか異常というべきか。子供らしさのない子供だとは思っていたが、まさかここまでとは。悲劇というべき自分の生い立ちをまだ幼い少女がここまで達観して話せることにも驚いたが、何より少女の境遇が自分にとても似ていたことにデュランは愕然とした。


 物心ついた頃に両親は戦争で他界し、孤児となってゴミや残飯を漁っていたところを醜悪な奴隷商に拾われ、まるで家畜同然に育った。


 その後、とあるカルト教団へ《儀式の道具》として売り飛ばされた。


『虹彩異常の子供は高値で売れる』


 あの日、奴隷商の男が金の詰まった袋を手にして浮かべていた下賎な笑みを、デュランは今でもハッキリと覚えている。


 二十数年前。今よりも世界が混迷とし、宗教戦争などが各地で頻繁に起こっていた時代。邪教と呼ばれる邪悪な神々を崇拝する宗教の信仰が盛んで、奴隷の子供を買い取りその命を神に捧げるという儀式と称した非人道的虐殺行為が日常的に行われていた。


 生贄に捧げられる子供にも品質基準があり、捧げる魂は若ければ若いほど良いとされていた。中でも、瞳の色が特殊な子供は特に重宝され、赤やオッドアイなど滅多にお目にかかれない虹彩を持つ子供は高値で取引されていた。生まれつき金色の瞳を持つデュランもその一人だった。


 首輪に繋がれ、祭壇で手足を縛られ、振り上げられた凶刃が心の臓を貫く寸前のところでデュランは当時、邪教狩りを行っていたアスガルド聖教に助けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る