第6話 怒りの矛先
「ねえ、デュランってば。おーい、聞いてるー?」
ウィリアムの声にデュランはふと我に返る。
「どうしちゃったのさ、ボーッとして」
「別になんでもねぇよ。それよりなんか用か?」
「なんか用か? じゃないよ。そろそろ八時だよ」
ウィリアムが壁にかかっている時計を指す。ここの住人の大半が腹を空かせて帰ってくる頃で、香龍飯店が一日で一番盛り上がる時間帯だ。
「ちっ、もうそんな時間かよ。外の様子は?」
「まるでアッティカ刑務所さ。ハラペコ囚人たちが今にもドンパチやりそうな雰囲気だよ」
「おーおー、おっかねぇ。暴動を起こされる前になんとかしねぇとな!」
デュランは十字架の装飾が施された短剣を手にすると、猛烈な勢いで大量の野菜を切っていく。まな板の上で切られた野菜は宙を舞い、全て中華鍋の中へと落ちていく。
「客に伝えろ! 今夜は野菜か魚の注文をしやがれってな!」
轟々とコンロから炎が踊る。底が真っ赤に焼けた鍋を豪快に振るい、デュランは注文を受けた料理を次々と仕上げていく。その香りに釣られてまた別の客が来る。ウィリアムも額に汗をにじませ、慣れたステップで外と店内を往復する。正に阿吽の呼吸。目が回るほどの忙しさだが、それを感じさせないほど二人の連携は完璧だった。
「デュラン! ち、ちょっとタンマ!」
「んだよ、ウィリアム。せっかく良い流れなんだから止めんなよ」
「そ、それがさ……」
「あ?」
困惑の色を濃くした苦笑い。ウィリアムがこういう顔をする時は大概の場合、厄介事が舞い込んできたという合図だ。
デュランが作業の合間に余った人参や茄子で作ってやった可愛らしい花や動物の飾り切りを手に取りしげしげと眺めるアイラを一人店内に残し、デュランは調理の手を止めるとバンダナを外して溜息交じりに表へと出る。すると、見慣れぬ連中が二十名ほど銃を構えて立っていた。
「間違いねえ、あの金髪の男だ!」
連中の一人がデュランの横に立つウィリアムを指差し、声を張り上げた。
「お前、またどっかの女に手を出したのか?」
「違うよ! ホラ、さっき話したあの女の子を追ってた連中だよ」
「はーん、こいつらがそうか」
デュランはポケットから煙草を取り出して火をつけ、連中の身なりを上から下まで見定めた。
なるほど、とデュランは一人で納得した。話で聞いた通り、礼儀知らずで怖いもの知らずな田舎者丸出しだ。
「よー、そこの金髪の兄ちゃん。さっきアンタが連れていったガキ、どこへやった?」
如何にも小物臭のするリーダー格らしき男がウィリアムに尋ねる。
「正直に答えたら御褒美にアップルパイでも焼いてくれんの?」
いつもの軽口を叩くウィリアムの足元に一発の銃弾が撃ち込まれた。
「俺たちはあまり気が長い方じゃねぇ。神と
何の躊躇いもなく銃を弾いた余所者にジェイルタウンの住人は殺意を剥き出し、各々ホルスターの銃に手をかける。だが、誰一人として抜くものはいない。その様子を見て余所者は更に付け上がる。
「ヒャハハハ、どうやらコイツらブルっちまったらしいぜ!」
「最凶最悪と名高いジェイルタウンの住人ってのは、銃の扱いも知らねぇどうしようもない腰抜けの集まりらしいな!」
ジェイルタウンに小悪党の嘲笑が響く。ここまでコケにされて黙っていられるほどここの住人たちは優しくはない。しかし、ここは堪えるしかないのだ。怒りを噛み殺し必死に侮辱に耐える。皆一様に、ここが香龍飯店前でなければと歯痒さを感じていた。
「俺らも早いとこあのガキ売っ払ってこんなドブ臭えとこから国へ帰りてえんだよ。手間かけさせんなよな……っと!」
連中の一人がデュランとウィリアムの間へ目掛けて威嚇用にもう一発弾いた。その直後、何を思ったかデュランは咄嗟に手を伸ばし、その銃弾を己が腕に受けたのだ。滴る鮮血。地面をゆっくりと赤く染めていく。
「あーん? 何、アンタ。自分から当たりにいくとか、ひょっとしてマゾなの? それとも自殺志願者か何か? まあ、いいか。用があるのはそこの金髪だけだし、こいつは殺しても――」
刹那、男の顔面に走る衝撃。それはまるで爆発のようだった。銃の引き金が引かれ、撃鉄が雷管を叩くよりも速く間合いを詰めてきたデュランの拳が男を打ち抜いた。
ダンプカーにでも轢かれたかのように軽々とふっ飛ばされ、壁に体を強打し、顔面から大量の血を流して痙攣した後に男はピクリとも動かなくなった。
「俺の店に銃弾ブチ込もうとしたっつーことは、テメーら全員マゾっ気たっぷりの自殺志願者と見ていーんだよなァ?」
怒りに燃える金色の瞳。獣のように唸る赤毛の男。残りの連中が皆一斉にデュランへ向けて銃を構えたのは、デュランの放つ強烈な殺意に対する反射的防衛本能だった。
「テメェらの神に聞いてみろ、明日まで生きられそうかってな」
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