第4話 香龍飯店

 この世の最底辺という言葉がお似合いの場所、ジェイルタウンで唯一まともに営業している中華料理屋、香龍飯店こうりゅうはんてん


 デュランが店主兼料理長を務め、ウィリアムが店の経理及び接客を担当している。


 店は小さく六坪ほどしかないので店内のカウンター席とテーブル席は全面禁煙。煙草やマリファナを吸わない客専用のスペースとなっている。なので、店の外には折り畳み式のテーブルとパイプ椅子を置き、喫煙用の客席にしている。武器を携帯している輩も通されるのは外の喫煙席である。その方が、揉め事が起こった場合とても都合が良いからだ。


 こんな場所に店を構えているにもかかわらず、本格的で美味い中華料理を食わせる店として知られている。加えて、低価格で量も多いことから、腹を空かせた極悪人たちが胃袋を満たす為に足繁く訪れている。


 一般の飲食店同様、昼と夜が書き入れ時。ディナータイム直前の夕方を過ぎれば、店から漂う美味そうな音と香りに誘われたクソッタレ共で忽ち店は大賑わいだ。


「いらっしゃいませ、お客様。十名様ですね。こちらのお席へどうぞ」


 ウィリアムが慣れた様子で客を外のテーブル席へと通す。本日最初の客は、殺し屋バング兄弟とその手下たちだ。


「ふーっ、腹が減ったぜ。俺はとりあえずラーメンだ。チャーシューがどっさり入ったヤツをくれ」


 兄のライガン・バングはチャーシュー麺をオーダー。巨大な鉄球を得物とする大男だけあって実によく食べる。彼に食事を提供する場合は、特注の大どんぶりに入れて出すのが決まりとなっている。


「俺は八宝菜にするぜ。肉はいらねぇ。俺はベジタリアンだからよ!」


 弟のココ・バングはいつもの肉抜き八宝菜をオーダーした。兄と対照的に細身の彼は両手鎌を得物とし、背後から標的に忍び寄りメッタ斬りにして殺すのをポリシーとしてきた。そのせいで、ある日から全く肉が食えなくなってしまったのはこの界隈では有名な話だ。


 それ以来、「バラバラになりな!」の他に「俺はベジタリアンだからよ!」が彼の口癖となっていた。


「じゃあ、俺たちは餃子とライスにするぜ」


 手下の男たちがそう言うと、ウィリアムはすかさず頭を下げる。


「申し訳ございません、お客様。本日、餃子は品切れとなっております」 


 場の空気が瞬時に凍りついた。


「よォ、兄ちゃん。俺の子分たちがここの餃子が食いてぇって言ってんだよ」


 弟のココはいつの間にかウィリアムの背後に立っており、鎌の刃を喉首にかけていた。ココが少しでも力を入れたなら、凄惨な血の雨が降るだろう。しかし、ウィリアムの表情は相変わらず涼しいままだ。


「ですから、大変申し訳ございません。本日は餃子の御注文は――」


 ウィリアムの説明を遮ったのは兄、ライガンの巨大な拳。叩きつけられたテーブルは粉々に大破していた。得物の鉄球を使わずとも、ライガンはこの拳で巨大な熊を殴り殺したとの伝説がある。胸の傷はその時のものだとか。


 ライガンはドスの効いた低い声で言った。


「テメェ、この殺し屋バング兄弟を前に良い度胸じゃねぇか。どうやら死にたいらしいな」


 鬼のような形相でライガンが睨む。しかし、ウィリアムはこれにもまったく動じない。


「その台詞、そっくりそのまま返してやるぜ」


 皆の視線が一斉に声の方へと向く。


 燃え盛る炎のように赤い髪。金色に輝く獣のような瞳。上がった口角から覗く鋭い犬歯。店主のデュランはすっかり臨戦態勢だ。


「そんなに餃子が好きならお前らが具になるか? ちなみに、この台詞は今日で二回目だ」


 まともじゃない場所でまともに営業している店は、それだけで既にまともではない。


 普通ならばこんな場所に店を開いても三日と保たないだろうが、この店はおかげ様で今年で三年目となる。まともであることを貫く力があるからだ。

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