六月二十八日。

 今日は千代野の二十歳の誕生日だ。プレゼントは結局何がいいのか聞けないままで、今日、一緒に街に出て、好きなものを選んでもらおうと思っている。

「さくらくん早起きだね、珍しい! いつもはアタシが起こしに行くまですやすやなのに」

「んー……誕生日まで世話んなってちゃ流石にねぇ。ま、座ってなさい、今日はぼくが家事とかやるし。今日は」

「ほぼ毎日やってるのに、急にやんなくてもいーよーって言われてもなあ、なんか落ち着かない! よぉし、さくらくんがご飯作ってる間に玄関掃除してくる!」

「もうすぐ出来るから席に座ってなさい」

 とりあえずご飯は炊いてあるし、ハムエッグよし、炒り卵よし、あと味噌汁もよし。盛り付けて……おお、ちゃんと形になるもんだな。何年ぶり? 千代野が来てからは千代野に任せっきりだし、来る前は何も食べないとかコンビニとかで不摂生な生活してたからな……フライパン使えたの奇跡だわ。

「チヨノスケ、冷蔵庫からケチャップ出してー、飯にするよ」

「はぁい! おお、めっちゃ美味しそうじゃん! さくらくんって一応料理できたんだね!」

「はは、自分でもびっくりしたよ。上出来……じゃないか?」

「じょーでき! じょーできだよ、さくらくん」

 そうして千代野がにっこり笑ってみせてくれたから、僕は胸を撫で下ろしたのだった。


 午前十時を回った頃、僕と千代野は街へ出た。梅雨に入ってまだ日も浅い。雨模様の街を、傘を差して悠々歩いた。

「さくらくん、そーいえばタバコどうしたの? 吸ってないね」

「ああ、苦いし噎せるし、ぼく喘息だし……煙草に、逃げなくてもいいかなって」

「タバコ依存とかしないの?」

「口寂しいときはあるけど、あんまり気にならないな。原稿の進捗状況のほうが気になる。編集から怒られるかも」

「あはは、じゃあ頑張らなきゃだね、作家せんせー!」

 ショーウィンドウを眺めたり、知らない店にふらっと入ってみたりして、ぼくらは街を楽しんだ。いくつか服やアクセサリーを買って、その場でプレゼントすると、千代野は飛び跳ねるほど喜んだ。

「こういう、プレゼントってなんかね、始めてかも! アタシの両親は、子どもの誕生日とか祝わないひとだから……嬉しいな! ね、ね、どう? 似合う?」

「似合ってるよ。チヨノスケは美人だね、佳代には敵わないけど」

「佳代さん写真見るだけでも美人だもんね! さくらくんにはもったいないんじゃない?」

 ふたりして戯れあって、昼飯はチェーン店で。ジュースとかデザートまで頼んで、腹を満たした。

「千代野、夕飯もぼくが作るから」

「えー、どうせなら一緒につくろうよ! 夜ご飯は何にするか決まってるの?」

「ハンバーグ」

「ハンバーグ!!!」

 昼飯を食べたばっかりでもう夕飯の話をしているのがなんだか食欲に際限が無いみたいでちょっと笑えた。一緒に作ることになって、ケーキとお酒もあるんだ、夕方取りに行こうとか、煙草も解禁だけど、苦いよりは甘いのが好きだからココアシガレット食べたいだとか、取り留めもなく話して、水溜りをわざと踏んで靴が濡れたとか言いながら帰路につく。梅雨のじめっとした空気が、千代野の笑顔で弾ける。楽しい気分だ。千代野はきっと、世界から祝福されている。


 夜。


 「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」

 夕飯を済ませたあと、手拍子と少し外れたハッピーバースデーの歌を歌う。恥ずかしいってのと、心からの祝福。千代野が蠟燭を吹き消した。

「誕生日おめでとう、千代野!」

「ありがとう、さくらくん! ……佳代さんと、ふわりちゃんも」

 視線の先には、写真立ての中、二人が微笑んでいる。

「ふたりも、祝ってくれてるさ。……家族、みたいなものなんだから」

 生まれてきてくれてありがとう。ありきたりな言葉しか思い浮かばなかったけど、そう続けた。キミがキミでよかった。

 五年前のあの日、キミがここに来てくれていなかったら、きっと今でも過去を引きずって、死んでしまっていたかも。

「照れるなぁ〜、アタシ、幸せ者だね! 今まで生きてきた中で最高の誕生日だよ! ありがとう!」

 佳代とふわりと、ぼくと千代野の四人で写真を撮って名残惜しいままに時間は過ぎていった。千代野は、満ち足りたような、そんな表情をしていた。


 "最高の誕生日"。


 ――そう言った翌日、彼女は姿を消した。


 ……ぼく宛てに、一通の手紙を残して。

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