第3話静寂を経た先にある希望

「こんな島って、お前……一応は故郷だぞ」

「リアさんは黙っとけって。と言うか、早く警備に戻った方がいいんじゃねーのか? またリュウさんにドヤされるぞ?」

「まだ休憩だ! いつも俺がサボってるみたいな言い方をするなよ!これでも一応、リアダイトの警邏隊、副隊長なんだぞ」

「──一応、ね?」


 ──何を話しているのだろうか。反応を見るに男性が責め立てられているようには見えるが。


 ファングが観察をしつつ黙っていると、女性と視線が交わる。


「まずは自己紹介からだな──」

「君の名前はなんて言うの? 私はユフィン=ラウラ。この街一の冒険者であり最強の女冒険者さっ!」


 女性の発する言葉に周りの歓喜が湧く。斯く言うファング自身も全身の毛穴が開く感覚を覚えた。


 言葉がわかるのだ。ハッキリと伝わるのだ。高鳴る鼓動を抑え、ゆっくりと口を開く。


「俺はファング=ルクス」


 自分の言葉もしっかりと通じるのだろうか、と恐る恐る単調に名を告げれば、ユフィンは短く頷いた。


「……で、ファングはどうして此処に来たんだ? 道に迷って……だとかで辿り着ける場所でもないだろーし」


 伝わるようだ。ホッと強ばった肩を撫で下ろし──


「俺はケサドニア大陸にあるベニトールって都に住んでいたんだ」

「王が住まう都か」

「そう。そして俺は王が大量に雇った錬金術師の中の一人だった」

「ふうん。錬金術師……。確かに今、魔王軍は勢力をましているんだろ?なら国宝じゃんか。なぜ此処へ?」


 国宝──その言葉を聞いて思わず乾いた笑いが口の隙間から零れる。思い出したのは王カシウスや騎士・大臣たちの嘲笑う声や下卑たものを見下す双眸。彼等は錬金術師を国宝だなんて思っていない。武器を作る都合のいい機関としか。


 気がつけば自然と布団を強く握っていた。


「国外追放されたんだ。人権剥奪さ。俺は獣人であり獣人でなくなってしまった。ハハッ、笑えるだろ」

「──別に笑えねぇし。笑っていいもんでもないだろ? そんなんを笑うとか非道徳すぎるってもんだ。理由、聞いても大丈夫か?」


 頷くと、ファングは今の情勢。ボロい船を渡された事や母の話をこと細かく告げた。時折──


「なんて言っておるのじゃ?」

「ユフィン姉ちゃん、僕にも教えてよ!」


 等など、ユフィンに何やら話を持ちかけていて、その度に彼女は面倒くさそうな表情を浮かべながらも結局は伝えてあげてたのだろう。


 喋り終えた後の表情を見ていればある程度察しが付いた。


「──潜在能力解放か。私はその考えを推奨するぜ」

「本当に? ただ話を合わせているだけじゃ」


 本音を零せば、ユフィンは溜息一つ。それはそれは長い息が吐かれた。何やら相当呆れたらしい。反応に困り、生唾を呑み込むと同時に


「あのなぁ?」と、豪快に髪をかくユフィンは胡座をかいて、程よく肉のついた足を露にしながら口を開いた。見た目と対応の真反対さに若干、反応に困りつつもファングは耳を傾ける。


「卑屈も謙遜も、錬金術師(あなたたち)には似合わないだろーさ。もっと喜ぶべきだ。信者が居るって事は、君の考えが立証されつつあるのだから。それに──私、嘘は嫌いなんだよ」


 今までだれにも言われたことがない台詞だった。それでいて喉から手が出る程望んだ言葉。長きに渡り体の神秘について調べていた。人と才能の因果を寝る間を惜しんで調べてきた。


 けれど結果は答えは──


 無意識に頬を伝う涙を拭いてファングは、声を震わせ言った。


「ありがとう」


 たった一言。その在り来りな一言に、二十五年分の気持ちを込めた。込めずにはいられなかった。


「別に御礼なんか良いっつーの。そうだなあ、気が済むまで此処で開発すればいいじゃんな?」

「ね? 皆」

「なんの話しをしていたんだ?」

「ファングがこの島で、自分の研究をするって話しよ」


 ユフィンの言葉に皆の表情が晴れていく。


「それはいい!!」

「賛成ー!!」

「だ、そうよ?」

「皆に何を言ったんだ?」

「何って、さっき話していた事。でも無職の人に食べさせるものはない」


 それはそうだ。彼女の言葉は何一つ間違っちゃいない。だが、稼ぐにしろツテもなければまず言葉を理解できない。


「働くにはまず言葉を覚える必要があるだろ? だからそれ迄は、私が一緒に行動してあげるよ」

「いい、のか?」

「ええ。とは言え、君が私の生業に着いて行く形にはなると思うんだけれど」

「生業?」

「そうよ。私は基本、一人で旅に出ているのだけど──時折こうして故郷に戻ってくるんだ。その時は島の魔獣を狩っているって訳だ」

「いやいや」


 申し訳ないと思うが、ファングは思わず否定からはいってしまう。女性が魔獣と戦うなんか聞いた事がない。


 そんな細い腕で両断出来るほど、魔獣の筋肉は柔らかくないのだ。故に屈強な騎士が体を鍛え、錬金術師ファングたちが最高の武器を与える。それでやっと、魔獣に劣りながらも対抗出来る体制が整うのだ。


「私をバカにしてんのか?」

食い入るように見つめるユフィンの目は鋭さを増す。


「ごめん、別に馬鹿にしてるつもりはないんだ」

「なら嘗めてるんか?」

「違う。けど、余りに危険すぎる」


 中には硬い鱗を持った奴も居るのだ。いやもしかすると武器に秘密があるのかもしれない。そう思い至り、ファングは間髪入れず口を開いた。


「武器を──武器を見せてくれないか?」


 もしかすると、武器に秘めた力があるのかもしれない。ユフィンはファングのお願いに対し、小首を傾げてキョトンとしていた。


「私の刀? 別にいいけれど、今の体じゃ」

「数時間すれば完璧に動けるようになる。獣人は治癒能力が高いから」

「そう。なら分かった! 動けるようになったら、薄い・・青い屋根が目印だから。そこに来てら見せてやるよ」

「分かった」


 承諾すると、「おい。ジジィ共!さっさと出やがれ!仕事だ仕事!」云々、ユフィンは立ち上がるなり知り合い達を外へと追い出す形で表へ導く。最後、扉の際で手を振る彼女を目で追った後、ファングは深く息を吐いた。


 そして数時間後、体の節々をゆっくり動かし万全である事を確認したファングは外へ出て、堪らず第一声を発する。


「おい、おい! ほぼ屋根は青色じゃねーかよ!!」


 薄いと言われても、雨などで色落ちしていてどこの家も同じ色をしてい。それでも窓からユフィンが見えるかもしれないと、人の邪魔にならないようゆっくり歩き探し続けた。どれぐらい歩いたか、黄昏ていた街は次第に黒へと染まりつつある。


「人に聞こうにも言葉が……」


 さっきの人達に会えば、なんとか連れて行って貰えるかもしれないが、人が多いい。


 袖を引っ張られる感覚がファングを振り向かせる。


「何か探しているのー??」


 振り返れば、雪のように白い髪の毛をした少女が立っていた。

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