人間の住む国
第2話出会い
「今日で何日目だ?」
「三日になる。医者さんは容態が安定してるとは言ってるが──」
「ああ。本当に目、覚めるんかねえ」
「しっかし、見た事もない容姿をしてやがんな。顔立ちは、目鼻立ちもしっかりしている青年なのに、さながら狐のように頭からは耳が腰からは尻尾が生えてやがる。人間──じゃあねぇのか?」
「もしかしたら、白狐様の」
「ばあか。髪の毛も尻尾も茶色じゃねえか。白狐様なら白くなくちゃあよ?」
「ちげーねーわ」
「ハハハッ。って、笑ってる場合じゃなかったわ」
音がした。それは、水中に潜りながら聞こえるようなボンヤリとしたもの。ファングはその音に遠くにある意識をゆっくりと手繰り寄せる。次第に音には濁りがなくなり鮮明へと変わった。
「おお! 目が覚めたぞ!?」
「綺麗な瞳ね」
「ママ! 僕も黒い目より真っ赤なお目目がいい!!」
しかし、結果は変わらない。ファングにとって彼等が発する声は言葉でなく音でしかない。朦朧とする意識の中で、霞む瞳で捉えた彼等をファングは未だ嘗て見た事がなかった。
獣人でも魔人でもない。
込み上げる感情が、困惑や恐怖心でないのは眼前に居る彼等が本当に優しそうな人だからだった。
この方達が助けてくれたのだろうか。ファングは、軋む骨に眉を顰めながらゆっくり起き上がると頭を下げた。
「暖かい布団や、寝る場所まで用意していただき本当にありがとうございます」
「…………」
「────?」
精一杯の御礼をしたつもりだ。気持ちだって込めた。にも関わらず、目の前に座る数人は困惑した表情を浮かべて互いの顔色を伺っては、小首を傾げている。
「あ、あの」
「えーっと、言葉が通じないみたいだ」
一人の男性が発した音を聞いて、ファングは腑に落ちる。
──言葉が違うのだ。だから彼等はファングの御礼を理解できなかったに違いない。必然と生まれた沈黙を割いたのは、女性の両手を叩く音だった。
「そうだ! ユフィンちゃんはどうかしら?!」
「ああ、あの冒険バカか!? アイツなら他国語を喋れても不思議じゃない!」
「確か昨日には帰ってきてるはずだ!!」
ファングを置き去りに賑わいを見せる。表情からしか読み取れないファングは、一生懸命かれらの顔色を窺うが、分かったのは何か良い事があったって事ぐらいだろうか。
すると一人の男性が慌ただしく外へと飛び出し、再び沈黙が生まれた。居心地悪いといえばこの上ない。
「ご、ごめんね。今、通訳出来るかもしれない人を連れてきているから」
「うん??」
苦笑いを浮かべながら何かを言う女性に向けて、ファングは首を捻る。自分でも頷いたのか首を傾げたのか、分からない角度に。
「連れてきたぞ!!!」
まるでその声は、騎士団が助けに来た時に出す街人の声とよく似ていた。新たな可能性に希望を抱かせているような、晴れ晴れとした明るい声。
──ダンッ。と、扉が壁に勢い良く当たる程、力強く押し開き姿を見せる先程の男性。
「お、おい! 早く入れよ」
「いーやーだ! 私は寝るんだよ!」
「寝るって、もう昼だっつうの!」
男性が腕を引っ張っているが、どうやら腕の持ち主は帰りたいようだ。扉の先で押し問答を繰り返している。
「ちょ。いてーっつーの。私は長旅で疲れてるってのに!!」
「良いからいいから! ちょっと、この青年を見てくれよ」
「……ぁあ! もう分かったわよ!!」
数分の引っ張り合いの末、諦めたのか一人の女性が姿を現した。
「なんなのよ、全く。──って、あ」
女性と目が合い、ファングは息を呑んだ。彼女は余りにも美し過ぎた。この時初めて、雷に打たれた衝撃という喩えを理解する。
それ程までに、衝撃的だった。
翡翠色をした瞳は凛とてしていて、その奥では色濃く意志が宿っている。カシウス達とはまた違う力強さは魅力的だと思わざるを得ない。
月夜のように黒い髪は長く艶やかだ。体は曲線美を描き。白い服の上からでも分かる程よい筋肉がより一層、彼女の存在を際立たせていた。
ここまで白が似合う女性とファングは未だ嘗て出会った事がない。思わず表情には出さずも見蕩れて居ると、女性は驚いた様子一つ見せず、間髪入れないで口を開いた。
「獣人じゃない。なんでこんな島に居るのよ」
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