x-Ⅲ.くらいかがみ
音に驚いて周りを見た。けれど周囲には何もいない、私だけだ。安堵か困惑かわからない息を吐いた時、鏡の四隅に貼られたお札に気がついた。難しい漢字で流れるような筆使いで書かれていて、何と読むのかはわからない。
「せっかくだし、お土産にいいかも」
先輩や部長に話をする時、物があった方がやりやすい。そう思って、私はそのお札を剥がした。一枚、二枚、三枚……四枚、全て。戦利品のつもりだった。いつも諫めてばかりの人達に見せて鼻を明かしたいと思ったのかもしれない。
「ねえ、ねえ」
どこからか呼びかけるような声と、こつこつ、とノックする音が聞こえた。
誰もいなかったはずなのに? 疑問に思いながら顔を上げると、鏡に映った私が見えた。その『私』は、戸惑う私とは違って嬉しそうに笑っている。
「お客さんだ。嬉しいな」
「お客さん……私のこと?」
「そうだよ。ここはね、真っ暗でさみしいんだ」
窓からの月明りもろくに入らない、街灯だって差し込まない。廃校舎であることから人も来ないし電気も通らない。確かにそうだろう、と思う。思いながら、鏡の向こうにいる自分と話をしているなんて奇妙な気分だった。
「さみしくて、さみしくて。だから、ね」
大変だね、と言おうとした私の言葉は出ることがなかった。だって口を開いた時には、鏡から突き出た腕が私の手首を掴んでいたから。思わず振り払おうとして、けれどそれは爪が食い込むくらいに強い力で私を引き摺り込もうとする。
「代わってよ」
性別も、年齢もわからないような声が、何重にも聞こえた。
いやだ。いやだ、離して……! そう叫ぼうとした喉をもう一つの腕が掴んだ。氷のように冷たいそれは、有無を言わさない。
けたけたと笑う声と共に、私は鏡に引き摺られて行く。異世界を見たいだけだったのに、違う世界になんか行きたくないのに。手足を振り回しても、頭を振っても駄目だった。目が霞んで何も見えない。
鏡面に映った『私』が、優しく笑った。
「すぐ仲間を増やしてあげる」
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