Ⅱ.くらいよる
「それで行ってあげるんだ。お優しいことで」
スマホの向こうから笑いを堪えるような声でそう言われても、ただ肩を落として溜息を吐くしかできない。
すっかり暗くなった空の下、白く空気に消えた息を見ながら寒さに震える。錆びた鉄門は人が通れるくらいのスペースが開いていて、その前で僕は後輩を待っていた。時間を確認すれば、そろそろ待ち合わせの時間だ。
「別に優しくはないし。でも部長に言われたら仕方ないだろ」
「部長だって鬼じゃないんだから、無理強いはしないと思うけどね」
当事者じゃないのに簡単に言うもんだ。その友人は中学校からの付き合いだし僕よりも知っているのかもしれないけど、僕は部長の決定に否を唱える度胸なんてものはなかった。軟弱で結構である。
ああ、なんて思い出したように友人は続ける。
「踊り場の鏡だっけ? なんか正面にお札が貼ってあるとか」
「先輩、こっちですよー!」
友人の言葉を遮るように、後輩の声が聞こえた。どこだと周囲を見回してみると、門の向こうから手を振ってやってくるではないか。
「いたからちょっと行ってくる」
「気を付けて行けよー。お札は剥がすなよ」
「よくわからないけどわかった」
お札? 何のことだろうか。
疑問に思いつつもアドバイスのようだったので、大人しく返事をしてから通話を切った。後輩はスマホを不思議そうに見つめていたが、目が合えばにかっと笑う。
「先輩遅かったですね。先に入っちゃおうかと思っていました!」
誘っておいてなんて言い草だ。わかりやすいように門の前で待っていたのに、相手はもう先に入っているとか。出鼻をくじかれたような気分になって、マフラーに顔を埋める。顔を見せないようにして校庭に入った。後輩は既に先を歩いていて、振り返って僕を手招く。ついていけば蝶番が緩んで板の外れかかった玄関が出迎える。軽く隙間が空いた玄関から、僕達は中に滑り込んだ。
「暗いな」
中は本当に真っ暗だった。薄曇った窓ガラスを通して微かな月や街灯の光が入ってくるくらいで、それ以外は闇が落ちていた。持って来た懐中電灯をつけると、ゴミが落ちて汚れた床やポスターが貼られたままの壁が見える。積もった埃を散らすように足跡が残り、それは入って右側へ続いていた。
つまり東階段だ。僕に比べて小さなその足跡は真っ直ぐ伸びていて、誰か先客でもいたのかなと思った。こんな噂があるような場所だから、怖い物見たさで覗きに来る奴もいるのだろう。
捨てられたゴミを避けつつ進むと、東階段へ辿り着いた。足跡は確かにそこを上って行く。後を追うように階段に足をかけると、後輩もそれに続いた。建物の中だというのに寒さは何も変わらなくて、息はやはり白いままだなとぼんやり思う。そう思っているうちに、後輩があ、と声を出して僕を追い抜いた。軽快に駆け上がって、踊り場から振り返る。
「ありましたよー! 早く早く」
急かされることはあんまり好きではない。けれど目標物を見つけたならこの反応は普通のことだろう。興奮したようにぶんぶんと上下に大きく振られる手に招かれて、僕は階段を上り切った。
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