018.攻撃魔法
「ふう…、二人とも甘いと言うか優しいね。」
「申し訳ありません…、大樹殿には私とシャビーの気持ちを汲んでいただいて。……戦場で敵に情けを与える行為を許して下さったのは大樹殿とリリーナ隊長だけです。」
「…市民を守るはずのアマゾネスが非常になれないなど…、どこの隊も我らを受け入れてくれなかった時に十分理解したつもりなのですが…。」
「良いんじゃないかな?俺は軍人でもないから二人に軍人らしさを求める義務は無いさ、それに一人の人間としては二人に好感を持つよ。」
アンさんとシャビーさんの二人は俺が吹っ飛ばした敵側のアマゾネスが落下の際に派手な悲鳴を上げたことで、そいつらの治療をしたいと言い出したのだ。
この状況でなんと甘いことを、と考えなかったわけではないが俺は二人の行為を止めなかった。
…俺が口にした二人への感想に嘘は無い、寧ろ対人戦初心者の俺からすれば寧ろありがたい話だった。
流石にあれだけの人数が大怪我を負ってしまったら、もし打ちどころが悪くて一生モノの大怪我だったら、…俺は不要なトラウマを抱えていたかもしれない。
もしかしてリリーナさんはこういう事も含めて俺にこの二人を付けてくれたのかもしれないな、後で再会したら真剣にお礼を言いたいものだ。
「大樹!この先に三人…かな?具体的な場所は分からないけど大きい気配一つと小さい気配が二つ!!」
「三人か…。団長さんにアンさんとシャビーさんの弟さんで人数は合っているけど、…さっきみたいな待ち伏せを考えると楽観視は出来ないね。」
「フーリンさん!私とシャビーの弟は議会委員の証として鈴を持ってるはずです、音を拾えませんか!?」
「んっと…、ちょっと待ってね。………小さな鈴っぽい音が二つ聴こえるけど小さ過ぎて自信ないわね。もしかしたらだけど違うフロアにいる可能性もあるかも。」
俺たちは先ほどのフロアから下に向かって進んでいる、つまり出口のない最奥を目指しているわけだ。
先ほどの待ち伏せを考えるとこの奥に敵はいないと思いたいが、それでも油断はできない状況だ。
…それにしてもここの床や壁は地下牢と言う割には造りが脆いように感じるけど、大丈夫なのだろうか?
壁などは叩くとパラパラと何かが零れ落ちて来るんだよな…、さっきの大人数が落下して止めを刺してしまったのでは内心で冷や汗を掻いてしまう。
「大樹殿、牢獄部が見えてきました!!一番奥の牢屋にいらっしゃるのが団長です!!」
シャビーさんが指を差した一番奥の牢屋に遠目からでも痛々しくも鎖で腕を繋がれながら項垂れる人物が投獄されていることが確認できた、…この人も『おねえ』なのかな?
こればかりが近づかないと判断できないな、…とは言ってもどちらでも救出するけどね!?
それでも昨晩の様な衝撃はまっぴら御免なんだよ!!
「遠目からでも痛めつけられていることだけは分かりますね、…直ぐにお助けしなくては!!」
「アンさん、待って!罠が有るかもしれないし…、慎重に行って下さい!!」
俺は焦りを見せたアンさんに声を掛けるがどうやら彼女には聴こえていないらしい、だけど自分の上司が鎖に繋がれていたら無理も無いだろうな。
どうやらシャビーさんも同じ状態らしいし、…となると俺とフーリンで周囲を警戒するしかないと言う事かな。
…と言ってはみるけど、フーリンときたらこれだもんなあ。
「きゃああああああ!!憧れのアマゾネスの中でも、アマゾネス・オブ・アマゾネスと呼ぶにふさわしい団長様が私の目の前に!!」
「ちょっと!フーリン『は』落ち着いてってば!!周囲の警戒を手伝ってくれない!?」
「大樹ったら何を言っているの!?…私がアマゾネスカードのマニアだって知らないからそんなことが言えるのよ!!ほらっ、見なさいよ!!この最上級レアカードとして名高い団長カードを!!…私がこのカードを買うためにジャスの目を盗んで工芸品を卸すお金をちょろまかすのにどれだけ苦労したか…。」
うっさいわ!!と言うかアマゾネスカードって何だよ!?
しかもサラッと言ったけど…つまりフーリンが工芸品の売値を不正横領したって言う話じゃないか!!
君の何を悔しそうに目を瞑りながら右手を握りしめているの!?
この状況でミーハー根性を丸出しにしてる場合では無いだろうに…、フーリンがノリで動くことは理解していたけど…これほどとは。
「…ん?このカードの裏に何か説明が書いてあるのか?何々、スキュティアーナが他国からの侵略の憂き目に遭った際の防衛に多大な貢献をした救国の英雄。裏付けされた指揮能力と半世紀に渡ってアマゾネスを率いた圧倒的な実績と存在感は他の追随を許さない。…て言うかどうしてカードの裏にスリーサイズが記載されているの!?」
むむむ…、確かにこれが事実だったらフーリンのミーハーぶりも理解出来なくは無いけど、それでも状況くらいは分かって欲しい。
…幸いにも現状は後ろから敵の気配は無いわけで、だったらその救国の英雄とアンさん達の弟を救ってここから撤退を測りたいことろだ。
「ええ…、憧れの人のスリーサイズくらいは把握したいじゃない。本気に大樹ってば分かってないんだから。ブツブツ…。」
今はフーリンに文句を言われても捉えられている人たちの救出を優先すべきだ、そして救出した後はこの地下から無事に脱出しなくてはならない。
…そうしないと俺はリリーナさんに顔向けが出来ないのだ、この救出に成功したら俺はあの人とハイタッチをして…色々とお礼だって言いたいんだ。
「悪いけど今はリリーナさんとの約束を優先…ん?そう言えば半世紀に渡ってアマゾネスを率いただと…、もう一度カードの裏書を……年齢77歳!?」
団長ってババアじゃないか!と言うかこのカードに載っている団長さんの見た目が若過ぎじゃないか!?
これはどう考えても二十代後半にしか見えないんですけど!
俺は恐る恐る視線を上げて団長さん捉えられている奥の牢屋を覗いてみた、するとカードに乗っている写真と同じ姿をした人物が走り寄るアンさんとシャビーさんに気付いた様で弱々しく顔を上げていた。
「大樹ってば、私のカードを返してよお!!」
フーリンは俺が握りしめるアマゾネスカードを奪い返すべく目の前で泣きながら飛び跳ねているけど…、今はそんなこと知るか!!
……ババアなのに絶世の美女やんけ、まさか77歳に生唾を飲むことになろうとは。
「………しかも団長は女性なのね。」
「団長、ご無事ですか!?リリーナ隊のアンです!!」
「同じくリリーナ隊のシャビーです!!返事をなさって下さい!!」
「……ん。…………アンにシャビー?リリーナは何とか城内に入れたのですね。」
アンさんとシャビーさんが奥の牢屋の鉄格子を揺らしながら団長さんに話しかけると、それに気づいたらしく件(くだん)の絶世の美女は弱々しくも言葉を口にした。
…状況はどうあれ目的の人が無事で良かったと俺は漸(ようや)く胸を撫でおろすことが出来た。
「…えいっ!!大樹ってば私の宝物を手荒に扱うんだから………え?」
フーリンは俺の隙を付いてアマゾネスカードを奪い取ったかと思えばその視線の先に何かを見つけたのか怪訝な表情を浮かべだした。
これはもしかしなくても事は進行してしまっているのだろうな。
俺はフーリンに違和感に気付いてから即座に後方を振り向いた、すると先ほど対峙したアマゾネスたちとは比較にならない数の軍勢がこちらを目指して向かってきているではないか。
「…ここに来てこの隊群か。アマゾネスは総勢でどれくらいの勢力なんだ!?」
「アマゾネスは精鋭の証であって軍隊そのものじゃないわ!!全体で見たら万の数じゃ効かないはずよ?大樹、ここは私が魔法で食い止めるから今の内に団長を救出して!!」
「いや、団長さんは傷を負っているんだから、この状態なら牢屋にいて貰った方が安全だよ。…だけどここから逃げて奥に進んだとしても袋小路になるわけだし目の前の敵を全て倒さないといけないのは変わらないか。」
「だったら先ずは時間を稼げるだけ稼いで作戦を練り直せばいいじゃない!!…私の水流魔法をお披露目してあげるわ!!」
フーリンは両手を胸の前に突き出して目を瞑りながら詠唱らしき言葉を小声でつぶやき始めた、するとフーリンの体がまばゆく光り出していた。
「おお…、これがフーリンの魔法か!」
「大樹も良く見ていてね!私の得意とする水流魔法は周囲の水分を利用して敵を穿つのよ!!」
これが俺がこの世界に転移してから初めて目の辺りにする正式な魔法だったため、団長を救出すると言う絶対の目的を持ちながらも俺の心は踊っていた。
しかも初めてお目にかかる魔法が攻撃魔法でしかも絶体絶命のこの状況と言う事もあるのだろう、俺自身も気付かない内に大声で叫んでいた。
「フーリン、いっけえ!!」
「ウォーターストリーム(LV.3)!!」
フーリンはLV.3の魔法を使えるのか!
LV.3と言えば決して威力は低くないだろう、もしかして本当に作戦を練る時間を確保できるかもしれない!!
だが俺の浮き立つ心とは裏腹に先ほどまで団長さんの心配をしていた二人が焦った様子で俺の方に走り寄って来た、…しかもその団長さんまでもが焦っているように見えるのだけれど何か緊急事態なのだろうか?
「大樹殿、ここで水流魔法は危険です!今すぐにフーリンさんを止めて下さい!!」
「アンさん、落ち着いて!…どういうこと?」
「大樹殿、ここは地下部なんですよ!?こんな場所で周囲の水流を操る水流魔法なんて使ったら地層に含まれる水分がここの壁を突き抜けてきて地盤沈下が起きてしまいます!!」
「シャビーの言う通りです!大樹殿だって先ほど、ここの壁の脆さを確認したでしょう!?地下室が崩落して我々が生き埋めになるかもしれないんですよ!!」
「えっ!?フーリン、止めるんだ!!」
二人、いや正確には牢屋の中にいる団長さんを含めた三人が俺に事態の深刻さを焦りながらも正確に伝えてくれたことで、魔法の知識が一切ない俺でも事の重大さを理解することが出来た。
俺は即座にフーリンに向かって魔法の中止をするように促すが、当の魔法使用者は何を興奮したのか盛大に涎を垂らしながら何かを叫んでいた。
「ふほほほほほほほ、憧れの生団長の艶めかしい肢体が私を奮い立たせるのよ!!私が団長を守るわあああああああああ!!」
あかん!このエルフは絶対にあかん!!
団長の姿がフーリンにとってドーピングになってしまったとでも言うのか!!
「フーリン!戻ってくるんだ!!」
「いっけええええええええええ!!」
フーリンが叫ぶと俺の周囲でゴボゴボと水が流れる音が聴こえてきた、これがアンさんとシャビーさんの言っていた地盤沈下の前兆なのか!?
「あああああああああ、シャビー!団長をお守りしましょう!!」
「そんなこと言っても鉄格子を切断する方法が思い付かないの!!アン、どうしよう!?」
……俺の後ろで二人のアマゾネスが冷静さを失っているが、どういうわけか俺は彼女たちとは真逆の精神状態だった。
これは俺が魔法の素人だからだろうか、…それでもこの状況に違和感を感じずにはいられないのだ。
この監獄には合計で十の牢屋が有る、そしてその牢屋の全てから水の流れる音がしている、…それに心なしか異臭がするんだよな。
…それにこの臭いは人間の営みで割と身近に感じるものではないか?
「三人とも、地下室のトイレから水が逆流してきます!!ゴホッ、……伏せて!!」
俺は冷静に状況を分析していたつもりだったが、それでも件の団長さんは俺よりも先に答えにたどり着いたらしい。
体に無理をしたような、そんな声が俺たちの後ろから団長さんの聴こえてきた!!
その声は77歳とは思えない若々しいもので、その上とても通る声だったことから俺たち三人は反射的に指示に従うことが出来た。
「うげええええええ!!どこかで嗅いだことがあると思ったけど、…まさかトイレの水だったのか!!」
「大樹殿、どうやらフーリンさんは地層からでは各牢屋に据え付けられているトイレの水を操っている様です!!」
「シャビー!!良いから早く頭を伏せて!!」
アンさんとシャビーさんはそれぞれに思う事を口にしているけど、今はそれどころではない!!
何しろこの牢獄に据え付けられている十カ所のトイレ全てから消防車が火事が起こった住宅に噴射するような勢いの水が飛び出してきたのだから。
…と言うかこの方向はフーリンも危険なんじゃないのか!?
「フーリン!!水流が君の後ろから来るぞ!!」
「へっ?……うわあああああああああああああ!!ごぼごぼごぼっ、…臭ああああああああああい!!」
どうやらフーリンも想定外の状況だったらしいな、だけど確かに魔法で操った水流が後方から自分に襲い掛かるなど誰が予想できるだろうか…。
…フーリンが水流に押し込まれる形で敵のアマゾネス集団に突っ込んで行ってしまったが…大丈夫か?
「大樹殿、…フーリンさんはいつもこんな感じなのですか?」
「アンさん、お願いだからそこには触れないでくれない?…とてもセンシティブな問題なんだよね…。」
「……これは団長を救出する好機と捉えて良いのでしょうか?」
「シャビーさん、二人の弟さん探しもだよ?」
「「大樹殿、……承知しました。」」
アンさんとシャビーさんは目の前で起こっている惨劇を見たことで、逆に自分たちの精神状態を落ち着かせることが出来たらしい。
フーリンのおかげで本来の目的を冷静な状態で見つめ直すことに成功した俺たちは即座に立ち上がって団長さんが幽閉されている牢屋へと駆け寄るのだった。
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