019.救出

「二人とも、離れていて!…ほおおおおおおおおお。」


俺は団長さんが幽閉されている牢屋の前で足を止めて武器を手に構えを取った、…長めに息を吐きだしているのはノリですけどね。


俺が握りしめている武器はエルデ村から出発する時にガザンがくれたもので、旧村長のジャスが使っていた『二刀ドス』と言うものだ。


正確に言うと『長脇差』と言うものらしく、ガザンが言うにはこのドスはエルードさんの渾身の作品だと言う。


ジャスが失脚した際にこのドスも取り上げたはしたが、使いこなせるエルフが村にはいないと言う事で俺が譲り受けたのだ。


使いこなせない一つ目の理由は単純に二刀ドスが重いのだ、つまりは筋肉馬鹿だったジャスだからこそ振り回せていたと言うことになる。


…二つ目の理由については俺も納得がいかないんだけどね。


「大樹殿!その刃物から生理的に受け付けない汗臭さを感じるのですが。…私だけかしら?」


「大樹殿!アンだけでは無く私も嫌悪感を持っています、生理的に受け付けません!」


二人して酷いな…、だけど臭いの元は俺では無いからね?


…そう、元々の持ち主だったジャスの体臭が臭過ぎてこのドスにも移ってしまったらしいのだ。


ガザンも『村の皆が持ちたがらないから大樹に上げるよ。』とか言っていたけど、俺への扱いが何気に酷くない!?


「二人とも、このドスは悪臭こそ染みついてるけど、威力は本物だから後ろで静かにしていて…。…じゃないと俺が泣いちゃうから。」


この悪臭に指摘を入れてきた二人に一言だけ注意を促して、俺は再び集中することにした、つまりは漫画聖書の技を繰り出す準備をしているのだ。


今回の技は先ほど披露したものよりも若干ではあるが難易度が高いため、俺としても集中しておきたいのだ。


「流れる様な水の流れをイメージして…。」


聖書師匠によるとこの技は発動前に滑らかな動きをする必要があるのだ、そのためにイメージを思い描いているわけだけど、先ほどのフーリンの魔法のイメージが邪魔をして上手く集中できないのだ。


牢獄に設置されたすべてのトイレから水が逆流すれば無理もないでしょ!?


…ここに来てフーリンに邪魔をされるとは思わなかった、…だけど今はしっかりと集中しなくては話にならない。


「…アンにシャビー、この人は誰ですか?」


「団長、信じて待っていて下さい…。大樹殿はリリーナ隊長がお認めになられた方ですから!!」


「アンの言う通りです!鉄格子から離れていて下さい!」


俺の目の前で艶めかしい大人の色香を放つ美女が心配そうな表情を浮かべながら鉄格子から距離を取り始めた。


確かに見たことも無い男が自分を助けに来たら心配にもなるだろう、だからこそスパッと助けてあげたいと言うものだ。


…美女とは言ったけど実際は『ババア』なんだけどね、しかも救出を依頼して来た人に至っては『おねえ』ときたものだ。


だけどリリーナさんからの信頼には応えたいとも思っている、それにその人の部下であるアンさんシャビーさんと上司の団長さんにも。


どうやら俺はリリーナ小隊のことを自分でも気付かない内に仲間だと認識しているらしい、だったらそれに応えたいと思うのは当然のことだ!!


「団長さん、そのまま離れていて下さい!…水が流れるかの様な動きからの!!」


漫画聖書その弐・適当剣舞・六連!!


「す、すごい!…何と動きの美しい事。」


「うおりゃあああああああああああ!!…目が回るうううううううう!!」


俺は二刀ドスを逆手に握ってから、必殺技に入る前に水が流れるかの如く滑らかな流麗な舞を披露したのだ。


そしてマッハを超える速度で順回転のまま勢いを付けてから鉄格子に剣檄を加えた!!


すると鉄格子は豆腐を斬るかの如く綺麗な切断面を残して地面に散らばっていった。


「流石は大樹殿です!!鉄格子を紙でも斬るかのように!!」


「アンの言う通りだわ。…大樹殿がいれば我々の勝利は約束されたようなものですね!!」


「……しかし本人は斬りかかりながら『目が回る。』と言っていた様ですが。それに六連と言っていたのに明らかにそれ以上斬りかかっていますよね?」


団長さんも鎖で繋がれているのに冷静なんだから!!


だけど反論出来る状態ではないんですよ、…何しろあなたの仰る通りで目が回って気持ち悪いんですから…。


「うおおおおおおっ…、この漫画聖書については今後の改善が必要だな。…二人とも、鎖は斬れる?俺は少しの間だけ回復しそうにないな…。」


うわあ…、俺が無様な様子を晒してしまったので団長さんが呆れたような表情をこっちに向けているでは無いか。


いくら何でも、…これはあかん。


………お願いだからちょっと休憩させて下さい。


「シャビー、団長の鎖をお願いできる?私は大樹殿を回復させます。」


「このような細い鎖なら私にだって対処できますから、アンは大樹殿をお願い!!」


「大樹殿、これがリリーナ隊長のおっしゃていた私の力です。……ティンクルアロー…。」


アンさんは俺の前で祈りを捧げる様な姿勢を取った、すると彼女の体が光を帯びだしたのだ。


そしてそれに同調するかの如く俺の体も光を帯だして時間が経つとその光は穏やかに治まっていった。


「…気持ち悪くない。これが状態異常を回復させるって言うアンさんの力!?」


「はい、これしか取り柄が無いですから。」


「凄いよ!リリーナさんがアンさんを大事な戦力だと言っている意味を肌で感じることが出来たよ!!」


俺はあまりにも神秘的な出来事をだったため、思わず興奮してしまった。


そして気が付くと反射的にアンさんの手を握りしめているではないか!


さっき見た神秘性は俺が今朝方アンさんから感じたものそのものだったのだから…。


「だ、大樹殿!?…大袈裟ですよ。」


「アンさんこそ謙虚過ぎるんだってば!フーリンも暴走とは大違いだよ…。」


アンさんは俺が零した愚痴を聞いたからか、クスリと笑みを零していた。


しかしこれなら医療関係の仕事をしたいと言うアンさんの夢が如何に有意義なものか、俺にだって分かると言うものだ。


「大樹殿、…あちらを見て下さい。シャビーが団長に回復魔法をかけていますから。」


「おおおおおおお…、これは。アンさんの魔法は青に輝いていたけど、シャビーさんは黄色なんだね!!」


シャビーさんもアンさんと同様に祈りを捧げる様な姿勢を取りながら黄色く輝きだしたのだ、すると体の至る所に傷を負っていた団長さんが見る見るうちに綺麗な体になっていくではないか!!


「ふふ…、大樹殿ははしゃぎ過ぎですよ?それで団長、もうお加減は宜しいですか?」


「流石はリリーナの部下ね、処置が的確だわ。ありがとう、もう平気よ。」


先ほどまでどうやって痛めつければここまで酷い傷になるのだろうか言う状態から、完全に回復した団長の元へ俺は静かに歩み寄った。


そしてまだ膝を付いているこの人に視線を合わせるべく、同じ姿勢を取ってから話しかけた。


「リリーナさんからあなたの救出を頼まれた、森山大樹です。初めまして。」


「リリーナは私の自慢の部下です。その部下の頼みを聞いて下さり、剰(あまつさ)えも私を救って下さり、心より感謝いたします。私はスキュティアーナ王国アマゾネス騎士団団長クスリティーナ・ホナウド、以後お見知りおきを。気軽にクリスとお呼びください。」


クリスさんは何とも素敵で笑顔で挨拶と共に握手を求めて来た、…この人って本当に77歳なの?


本人にきちんと確認したいところだけど、もしもこの世界にフェミニズムとか有ったらと思うと聞くに聞けないのだ…。


って、手が柔らかあああい!!…あかん!


父方の祖母ちゃんよりも年上の人に興奮している自分が情けなくなってくるから、もう何も考えないでおこう!!


「クリスさん、疲れているところ悪いんですけど、アンさんとシャビーさんの弟さんがこの牢獄にいるはずなんです!!何か知りませんか?」


「…ここの最下層部には国家転覆を目論んだような輩を収容する監獄が有ります。そこに副団長ガスコインの手によって投獄されているのかもしれませんね。」


「団長!シアラー家の当主代理として此度の一件、謝罪いたします!」


「私もアロンソ家の当主代理として面目次第も有りません!」


なるほど、敵の名前はガスコインと言う名前なのか。


「二人とも、顔を上げなさい。…貴方たちの弟たちはガスコインの口車に乗ってしまいましたが、すべてはあなたたち二人を自由の身にしたいと思っての事だった様です。…クーデターが成功した暁に両家の収益を安堵すると約束されたそうですから。」


「お姉さんのために動いたんですね、…二人の弟さんもアンさんやシャビーさんのことを想って今回のことに加担したと?」


「はい、そんな姉想いの弟たちを誰が非難しましょうか?」


うん、この人は間違いなくリリーナさんの上司だ。


今まさにクリスさんは城外で野営した時のあの人と同じ目をしているではないか、しかも自分は捕縛されていたのに恨みごとの一つも言わないで部下の気を遣うとは。


そのせいでアンさんとシャビーさんは泣きわめきながらクリスさんにしがみ付いている、…俺はこの人にも色々と学ぶことが有りそうだな。


「それでクリスさんはこれからどうしますか?…ここで待つか地下に潜るかしか無いんですけど。」


「私も共に潜ります!…私にはその責務が有りますので。」


「そう言う事なら早速向かいましょう!!今はとにかく時間が惜しい。」


クリスさんから答えを聞いて俺は即座に立ち上がった。


勿論、アンさんとシャビーさんの弟たちを救出するためだ。


そして俺に呼応して立ち上がった三人のアマゾネスたちと共にここよりさらに地下へと潜るべく、地下に続く階段に視線を向けるのだった。


「……大樹い、私のことを忘れてないよね?」


「っ!!」


この牢獄には俺たち四人しかいないと思っていたために油断をしてしまった!!


先ほども後方から敵が現れたと言うのに、…目的のクリスさんが無事だったことで俺は気が緩んでしまったらしい。


何の前触れもなく後ろから俺の名前を呼ばれたことで俺たち四人は慌てて声のする方を振り向いた!


…だが俺は振り向くと同時に背筋を凍らせることになった。


「うげえ!…くっ、臭ああああああい!!」


「ううっ、この臭いはいくらこのクリスティーナと言えども鼻を摘まんでしまいますね…。」


「………大樹殿、これはフーリンさんではありませんか?」


「私もアンと同意見です、…私もすっかり忘れていました。トイレの水を全身に浴びながら団長救出の時間を稼いでくれていた恩人を…。」


…そう、俺もアンさん達に言われて思い出した。


勇敢にもクリスさん救出の時間を稼いでくれたエルフのことを…、これはもしかしなくても怒っているよね?


フーリンは頭部にとても大きな血管を浮かび上がらせながらジリジリとこちらとの距離を詰めてきている、…これはどう考えてもキョンシーかゾンビにしか見えないんですけど!?


「うっ…、フーリン!その場で止まってくれ!!」


「大樹ってば水流で吹き飛ばされた私を…見捨てたのよね?…ぐずっ!」


「んぐうう!…フーリンさん、落ち着いて下さい!」


「アンさんもどうして表情を歪ませながら鼻を摘まんでるのお!?…ずびっ!」


折角クリスさんを救出したと言うのに…、まさかそこから修羅場が待ち受けている等と誰が予想出来ただろうか!!


しかも当のフーリンが本気泣きしているから、この場の全員がどう声を掛けて良いか判断に悩んでいるんだよね…。


「大樹殿、こちらの少女はあなたのお仲間ですか?」


「そ、そうです!彼女は俺の大事な仲間でクリスさんの大ファンなんですよ!!フーリン、この人が君の憧れているクリスティーナ団長だ!!何だったら救出のお礼として団長と熱い抱擁をしても良いんじゃないのか!?」


「えっ!?大樹、私が団長と抱き着いてその匂いを嗅ぎ倒しても良いの!?」


「ちょっ、大樹殿!?あなたは何を…。」


この状況ではもはや俺にもフーリンを説得することが難しいだろう、…であれば手っ取り早くこの子が納得するだけの賄賂を渡した方が賢明だと思う。


俺はその場でクリスさんの肩に手を置きながら、この素敵な女性に爽やかな笑顔を送るのだった。


「クリスさん、…俺の大切な仲間を、フーリンをお願いします。」


「ちょっ、嫌あああああああああ!!解放されたばかりなのに、…団長なのにどうして追い掛け回されないといけないのおおおおおおお!!」


「きゃああああああああああ!!クリス様ああああああ、臭いを嗅がせて下さあああああああああい!!」


「ふう…、これで一息付けるな。クリスさんには生贄になって貰おうっと。」


「大樹殿、…団長を囮にして宜しいのですか?」


「シャビーさんも何を言っているのさ、そんなことを言ったらリリーナさんに失礼でしょ?あの人だって囮になってくれているわけだし。」


俺はシャビーさんの質問に答えてから牢獄のフロアで腰を落とした、そして次の敵に向けて一息入れることにした。


ここまで来るのに『とっておき』であるはずの漫画聖書を三回も使ったのだ、そのために俺は少しだけ疲れてしまったわけで。


「…でも救出したばかりの団長を囮に使うのは…流石にマズいのではないですか?」


「大丈夫だって、とにかく今は二人の弟たちを助けるために一呼吸置くべきだ。」


俺は地面に座り込んだまま、天井を見ながら深く覚息を吸って大きく吐いてみた。


「…フーリンのせいで部屋全体が臭うな。」


「ぎゃあああああああああ!!大樹殿、後生ですからこの少女を止めて下さい!!お願いします!!」


「ああああん!団長に抱き着くまでは絶対に止まらないんだからああああああ!!」


こうしてクリスさんが諦めるまでの間、彼女とフーリンの叫び声がこのフロアに響き渡るり続けることとなった。


…どうでも良いけど、フーリンもあれだけの水流に吹っ飛ばされたのに、元気なものだとつい感心してしまう。


「フーリンもあれだけ元気ならシャビーさんに回復魔法をかけて貰わなくても大丈夫だろうな。お兄さんは安堵しました。」


リリーナさん、あなたとの約束通り団長を元気な状態で救出しましたよ?


あんなにも大声を上げながら走り回っているのだから、きっとリリーナさんも満足してくれると思います。


「ぎゃあああああああああ!!大樹殿、遠い目をしないで下さああああああああい!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る