017.必殺技
「ここを通れば城内の地下部に向かえます!」
「アンさんにシャビーさん、ちょっと待って!フーリンが付いて来れてないんだ…。」
「ううう…、この通路がすごく臭いから呼吸がしづらくて…。大樹い、置いて行かないで!」
俺とフーリンはリリーナ小隊の詰所を出てから小隊本体と離れて城内の『ある場所』に向かっていた、そして俺たちの先導をしてくれているのはアンさんとシャビーさんの二人だ。
どうして俺たちが小隊から離れたかと言うと、元からあの小隊が副団長に目を付けられていたらしいと言うのが理由だ。
何でも隊長であるリリーナさんは本来であれば大隊を率いていても可笑しくない実力者だそうで、その出世を邪魔しているのが他ならない副団長と言う事だ。
つまりはあの人自(みずか)らが囮になったのだ、そして俺たちが『ある場所』で『ある人物』を救出するまでは副団長の目を俺たちから逸らすことに全力を注ぐと言う。
「それにしてもリリーナさんからのお願いがまさかの団長救出作戦とはね…、部外者の俺で良いのかな?」
「大丈夫です、そのために私とシャビーがお供しているわけですから。」
「アンの言う通りです、…それにしても団長派閥のアマゾネスのほとんどが城外に締め出されているとは。」
ブリーフィングで聞いたシャリーさんの報告によると昨日城外へ締め出されたアマゾネスは全て団長派閥の部隊だと言う事で、現状で言うとリリーナ隊にとっては城内には敵しかいないことになる。
元々団長派閥は副団長派閥の倍では効かない数のアマゾネスによって支持されていたが、業を煮やした副団長がクーデターに動いたらしい。
そして肝心の団長は捉えられて地下牢獄に投獄されたと言うのだ、…つまりは俺たちが向かっている場所はその牢獄がある城内の地下部なのだ。
「それにしてもシャビーさんも良く団長が投獄されているなんて話を街の聞き込みだけで拾えたね?」
「…国の市民のほとんどが団長派ですから噂の広まる速度が尋常でなかったようですね。母体となる騎士の支持が少ない副団長が国の警備の舵を取れば、天然要塞の頑強さだけで国を防衛すると言っている様なものですので、市民にしてもたまらないでしょうね。」
「因みにアマゾネスは市民からの人気も高いんですよ?その中でも団長とリリーナ隊長は群を抜いて人気が有るのです、…これは私とシャビーにとって誇りなんです。」
「人気も有って実力も伴っていれば敵派閥からは目を付けられて当然か…、そしてだからこその囮と言う事ね。」
シャリーさんとシャビーさんの報告を聞いた後のリリーナさんの決断は恐ろしく早かった、そしてその決断が自分を囮にすると言うのだから何とも逞しい隊長では無いかと思う。
…だけどこの二人を俺に付けてくれたのは別の理由もあるから人情を捨てきれない人でもあると言う事だ。
「くっさああ!…その団長と同じ牢獄にアンさんとシャビーさんの弟さんも投獄されてるんだよね!?」
フーリン言う通りで、シャリーさんの持ち帰って来た情報によると、この二人の弟は散々良いように使われた挙句に用済みと判断されて団長と同じように投獄されたらしい。
その副団長がどんな奴かは知らないけど、クーデターをするのであればもう少し噂を気にしないものかと素人の俺にだって指摘が出来てしまう。
改革派が民衆に人気が無いなんてシャレにもならないだろうに…、しかも非道な一面を市民に晒すなんて情報漏洩が過ぎると言うものだ。
…良く今まで副団長なんてポストに収まってものだとある意味で感心してしまう。
そんなお間抜けな頭だからアマゾネスでハーレムなどと言う愚行を思いつくんだよお!!
……どうも最近妄想をし過ぎる傾向にあるんだよな、そしてやたらとフーリンにツッコまれてしまうのだ。
「…大樹?大樹ってば!!」
「うん!?…どうしたの?」
何やらフーリンが俺を心配そうな表情で見ているけど一体どうしたのだろうか?
先ほどから地下室へ向かうために下水道を進んでいたため、その異臭に鼻を摘まみながら涙交じりに我慢していたフーリンが大声で俺に話しかけてくるなんて予想していなかったのだ。
エルフは聴覚と嗅覚に優れているらしく潜入などには役に立つと言って俺に付いてくることを頑なに主張していたけれど、まさか下水道に入るとは思わなかったのだろう。
「大樹のスキルを二人に話しても良い?」
「…良いよ。実は詰所を出る前にリリーナさんには俺のスキルを話しておいたんだ。あの人なら信用できるかなって思ったから、そうしたらアンさんに相談してみると良いって言われたんだ。」
「大樹殿のスキルがどうされたのですか?」
アンさんはこの状況でフーリンが気まずそうな様子で話しだすものだから、キョトンとした表情で俺たちの会話に交じって来た。
おまけに俺がリリーナさんの名前も出したからか、そこから目を細めて話を聞く体勢になっている様だ。
「大樹は『バーサーカー』のギフトを持っているの。それでね、詰所で時間が有ったから書籍を読み漁っていたんだけどバーサーカーの副作用って状態異常らしいのよ。」
「…それってフーリンの方も当てはまるのかな?」
「分からないけど、でもその可能性も高いと思わない?それに二人の得意魔法を聞いちゃったからね。」
フーリンに出会った時から今まで一度も使ってこなかった『バーサーカー』のギフトだが、この子からの情報では絶大なパワーアップと引き換えに理性を失うと話だったのでリスクを恐れて使用を躊躇って来たわけだが。
本当はエルデ村でフーリンが暴走した時も使っていればさっさと解決できたかもしれないけど、その見返りに村の人たちに危害が及ぶことだけは避けねばならないと思ったからこその封印だった。
だけどフーリンが新しく得た情報で果たしてリスクを取り除くことに繋がるのだろうか、…出来るからこそフーリンはこの二人に話をしていると思って良いんだよな?
「…なるほど、であればアンは大樹殿のパートナーとして相性が良いと言うリリーナ隊長のご判断でしょうね。」
「シャビーさん、それはどういうこと?」
「野営の時にお恥ずかしいところをお見せしましたが、私とアンは小隊の中では戦闘能力に難が有ります。ですが我々は支援魔法の担当として隊に居場所を頂いているのです。」
「フーリンも言っていた二人の魔法か…、となるとこのパーティーで魔法を使えないのは俺だけって事?」
何だよお、…折角異世界に転移しているのに魔法が使えないとか設定が可笑しくないか?
しかもほんの六日前までは陸上用のウエアしか着るものが無いし、今だってその上に旅人の服を着ているだけだぞ?
どんな罰ゲームだよ!!
何ともファンタジー感に欠けると言うか、…俺って国立大学の薬学部生だったのに、この世界に来てから知力や精神力を活かしきれていないんだよな。
…知力と精神力と言ったら魔法でしょ!?
しかも俺の場合は知力のステータスが最大値なんだから使えないと可笑しいだろうに…
俺も拗ねる時は拗ねるからね?
「大樹殿の悩みは後でお聞きします、ですがシャビーの言う通りです。私は異常状態回復の魔法を使えますから、…あなたは理性を失わずにバーサーカーになれます!!」
「大樹!今回は私も魔法で大活躍するから期待していてね!!」
「うーん、結局俺は脳筋担当かあ。でも適材適所と言う事にしますか?」
「流石は隊長のお認めになられた方です、潔くて素晴らしいですわ!!」
「シャビーに同意です、そしてあの扉が地下牢に繋がっています!心の準備は宜しいですか!?」
「大樹!あの扉の先から油ギットギトの匂いが漂っているわ…、人の体臭だと思うけど下水道よりも臭い…。多分だけど敵ね、何十人と待ち伏せているわ。」
三人は俺に激励や警戒などバラバラの内容を伝えて来るけど、このパーティーは既にお互いを仲間と思っているはずだ。
それに元から時間に余裕は無いわけで、様子見などと言う選択肢は存在しない!
何よりもフーリンが敵に待ち伏せを察知してくれているのだから、寧ろこちらから攻めてやる!!
「警戒しつつ一気に扉を開くぞ!!敵が待ち伏せていた場合は俺が先制攻撃をするから前に出るなよ!?」
「「「了解!!」」」
俺はパーティーの先頭に出て攻撃の準備をすることにした、だけど俺には本格的な対人戦なんて経験が無い。
この国に来るまでにモンスターとは何度か戦闘になったが、それとは比較にならない
プレッシャーを感じているのだ。
…だが、何時(いつ)かはこういう日が来ると思ってシミュレーションを何度も繰り返してきたし、それに下水道を走破する時間を計算して既にクスリを投与済みだから準備は済んでいる!!
「…そう言えば、大樹って下水道に入る直前に例のトーピング剤を大量に飲んでたわよね?」
「そうさ!あの扉を開いた後の俺を刮目して見よ!!ほああああああああああ!!」
この世界に来てから思ったのだ、折角異世界に来たのだからあっちの世界では出来なかったことをしてやろうと!!
そして日本人だったら誰もが一度は憧れる少年漫画の主人公みたいな活躍を俺はしてやるんだ!!
…この戦いを俺の『漫画聖書』の第一章の幕開けとしよう……。
俺は扉を開いた瞬間、視覚で五十人以上はいるだろうアマゾネスを確認した、そしてその全員が俺に対して敵意を向けていることは明白だった。
俺はその敵意に対して力強く拳を握りしめてフーリンも顔負けのフルスイングパンチの構えを取る。
そしてその構えから繰り出される技の名前は!!
「俺のドーピングが火を噴くぜ!!喰らえ、『インチキ流星拳!!』」
「「「「「ぐはああああああああああ!!」」」」」
漫画聖書その壱・インチキ流星拳!!
素の状態の俺でもレベルアップに伴い常時60km/hの速度で移動が可能となった、だがこのインチキ流星拳はマッハ1の速度で移動しなくては繰り出すことが出来ないフルスイングパンチの連打だ!
マッハ1とは音速のことで、物質に伝わる音の早さを表す指標だ。
指標自体は物質の種類によって変わる上に気圧や気温によっても影響されるけど、今は雰囲気だけを味わえればそれで良いのだ!!
因みに俺が下水道に入る際に飲んだトーピング剤は5錠、この結果から俺の移動速度は数値上で言えば1,920km/hとなるわけで余裕で音速を超えているはずだ!!
「どりゃああああああああああああ!!…続いては『なんちゃって彗星拳!!』」
インチキ流星拳で粗方の雑魚を一掃した俺はそいつらの後方で指揮を執っていたであろう指揮官らしきアマゾネスに狙いを定めた。
最早(もはや)そいつ一人しかこの地下室には残っていないため、俺はすべてのフルスイングパンチをそいつに集中させることにした。
「ぐっはあああああああああ!!」
俺が扉を潜(くぐ)ってからの一瞬の出来事だったが、漫画聖書のおかげで俺はこの地下室を埋め尽くすほどに蠢(うごめ)いていた全ての敵勢力を空中に飛ばすことが出来た…。
気持ちいいいイイイイイイイ!!
これがチート能力の醍醐味(だいごみ)ってものだろう!?
俺ってば異世界に来てから初めて無双を見せつけられたのでは無いだろうか!
「……ほああああああああ!本気の大樹ってあんなに強かったんだ!!」
「アン、……あれが人間の動きなの?」
「知らないわよ、……大樹殿が繰り出した拳の動きを目で追うことすら出来ないなんて。!」
俺自身も予想以上の結果につい酔いしれてしまい、呼吸を整えながら中国拳法の様な腕の動きを披露してみるが、思った以上に綺麗どころ三人の受けが良くて舞い上がってしまうではないか。
その上、その三人から拍手喝采を受けてしまっては興奮する等と言うものでは無い!!
「いやあ、拍手ありがとうございます!!じゃあ団長さんを救出に行ってみますか!?」
「「「了解!!」」」
そして俺は照れながらも当初の目的である団長の救出をすべく、先ほど敵の指揮官らしき男が立っていた場所の後ろにある扉に向かって指を差すのであった。
そして、俺たちがその扉を通り抜けた頃には俺のインチキ流星拳によって宙に飛んだ五十以上のアマゾネスが地面へと叩きつけられるのを振動と悲鳴で確認するのだった。
「「「「「うぎゃあああああああああああ!!ママァァァァァァァァァァァァァ!!」
」」」」
「大樹殿…、ところで人間ってあんな高さから落下したら助かるものなんですか?」
「………シャビーさんもこの空気でそういうことを言っちゃう?」
「………大の男が『ママァ!』などと言っていますが、どうしましょうか?」
「アンさんも気にし過ぎだってば!!ねっ、大樹!?」
フーリンはノリで言動を決定するところが有るから、そんな風に念押しされると俺は不安になってしまうんだよ…。
団長の救出が第一優先のこの状況で敵の心配とは、やはりこの二人はリリーナさんの部下だと俺は改めて実感するのだった。
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