016.報告
俺はフーリンと共にスキュティアーナ王国に入国していた、そしてそこでアマゾネスのリリーナさん率いる小隊と共にその詰所に移動した。
そこの一室を借りて俺はリフレクションでいつもの『あれ』の精製に勤しんでいた。
理由は至って単純でこの国で起こっている騒動に首を突っ込んでしまった事でリリーナさんに頼みごとをされそうなのである、…いやされてしまったのだ。
…それにしても首を突っ込んだ経緯も完全にノリだけだったので、騒動自体の詳細を知らないから今一、本腰を入れることが出来ない。
「…何とか小隊のメンバーには穏便な形で副団長派に与(くみ)することは…。駄目だ、人間として最低になってしまうな。」
そう、俺は悩んでいるのだ。
何故かって?
それは当の対抗勢力である副団長派の目的が俺の抱くファンタジー感を取り戻すことに尽力してくれているからだ。
話によると副団長派はアマゾネス全体を女性だけで構成したいらしい、そしてそれはアマゾネスの起源に回帰することになるとのことだ。
「この世界はどこまで行こうとインチキファンタジーなんだよな…、でも小隊には協力したいから行為自体に対する後悔は無いんだけどね。」
俺が下(くだ)らない上に有りもしない後悔を口にしているとドアを叩く音がした、これはもしかしても現地調査を終えた小隊のメンバーが戻って来たのだろうか?
俺の後悔(こうかい)を公開(こうかい)するのはここまでとするか、なんちゃってええええええ!!
「…大樹、下らないこと考えてないで出て来てくれるかしら?」
「そ、その声はフーリン!?……今そっちに行くから。」
どうしてフーリンには俺の思考が伝わってしまうのだろうか、と再三にわたって恐ろしさを覚えながら俺は隣の部屋に戻ることにした。
「三人とも戻って来たんですね…、アンさんはどうしたの?」
俺がドアを開くとちょうど目のまえにアンさんが立っていた、すると何やら青ざめた表情をしているけど何があっただのだろうか?
これはもしかしなくても悪い報告の類を聞く流れと言う事か…、良く見たらシャビーさんも同じような表情になっているな。
このアマゾネス小隊で数少ない女性メンバーの二人が揃ってこの状況とは、俺も不安に掻き立てられると言うものだ。
「…大樹殿、三人が戻りましたのでブリーフィングを行います。こちらの席へお座り下さい、フーリンさんもそんな隅っこにいないでこちらへ。」
リリーナさんは俺とフーリンを席に座る様に促してきた、しかも俺だけでは無くフーリンも、と言うところを見るとリリーナさんに戦力の余裕が無いのか、或(ある)いは先の言葉通りで女性の強さを知っての配慮なのか。
…そのどちらとも、と言ったところか?
「フーリン、席に座ろう。」
「…大樹がそう言うなら。」
「お二人ともありがとうございます。それで矢継ぎ早になりますが……アンとシャビーから報告してくれる?」
リリーナさんは青ざめている二人から報告を進めて貰うつもりらしい、だが確かにこの二人の結果次第で今回の騒動に当の副団長派閥が関わっているのかが判断出来そうなだけに、優先するのは当然と言えるだろう。
「…隊長、申し訳ありません!!」
突如としてアンさんがリリーナさんへ大きく頭を下げだした、あまりにも唐突だったためリリーナさんも大きく戸惑っている様だ。
と言うかアンさんのみならずシャビーさんまでもが同様に頭を下げている、…流石にこれにはリリーナさんどころか小隊メンバー全員が動揺を隠せなくなっていた。
確かこの二人は街への聞き込みと昨晩に狼煙を上げた人物の調査をしていたはずだが、もしかしてそれを失敗したのだろうか?
それにしてもこの態度は尋常では無い気がする、…その上、二人して土下座を決行しようとしてるではないか。
彼女たちのこの態度に小隊全体がさらにざわつき始めた、本当に一体どうしたと言うのだろうか?
「二人とも、順番を間違えているわ。…先ずは見知ったことを報告して頂戴、その上で私が二人に責があるか判断します。」
俺はリリーナさんは何処まで行ってもこの二人の隊長なのだと感心した。
きっとこの人は二人がどんな報告をしても責めることは無いのだろうな、リリーナさんの穏やかな口調がそれを物語っている。
「……狼煙を上げた人物は私の隣にいるシャビー・アロンソの弟でした。」
「……街で聞き込みをした結果、私の隣にいるアン・シアラーの弟が副団長派へ加担していることが分かりました。」
副団長派と言うのは先ほどリリーナさんから聞いた今回の敵対勢力になると予想されている派閥だったはずだ、そこにこの二人の弟が加担していると言う事か?
確かアンさんは男爵家の長女でその弟が一人前になるまで当主代理を務めると言っていたはずだが、…話がややこしくなり過ぎて俺はどこから話を整理すれば良いのかわからなくなっていた。
「…大樹殿、因みにシャビーも私と同じような理由でアマゾネスの道を選んでいます。」
状況の整理に苦しむ俺を見かねてかアンさんがシャビーさんの事情を教えてくれた、と言う事はアンさん同様に実家の当主代理と言うことか。
そう言えばリリーナさんがこの二人は実家の借金のためにアマゾネスなったと言っていたな…、この二人はお互いの苦労を骨身に染みて理解し合っていると言う事か。
「シャビーさんも幼い弟さんが一人前になるまで実家の家計を担っていると?」
「はい、私もアンも現状の体制のおかげで収入を得られている立場ですので、副団長派に与することはあり得ません。…ですが、我々の弟たちは当主代理を飛び越えてその立場を覆してしまいました。」
「…アンさんもシャビーさんもどっちの派閥にいても裏切者扱いを受けると言う事になるんですよね?いや、違うかな。立場が貴族と言う事はこの争いの結果に関係なく勝者になれると言う事か?」
「…どちらにしても世間の目は厳しいものになるでしょうね。ですが私は隊長の立場として確認しなくてはなりません、あなた方はどちらに付きたいですか?二人がどちらを選ぼうともこの小隊のメンバーはあなた方を責めません。」
リリーナさんは冷静さを装ってはいるが、悔しがっていることが明らかだ。
…この人は手を強く握り過ぎて血が滴り落ちていることを気付いているのだろうか?
リリーナさんの悔しさはアンさんとシャビーさんが派閥を抜ける可能性があることで悔しいのか、それともそんな決断を強いることが悔しいのか、俺のこの人に対する印象はこれからずっと崩れることが無いのだろう。
俺は出会ってまだ二日目のリリーナさんと言う人間を好きになっていると言う事だ、……異性としてでは無いですよ?
俺は今後この異世界を生き抜いていったとして、こまで清々しい人に出会えるのだろうか、……体と精神が真逆の時点で清々しくは無いんですけどね!?
「私、アン・シアラーは男爵家の当主代理では無く個人として隊長に付きます!」
「私、シャビー・アロンソも騎士家系の当主代理個人として隊長に付きます!…それに今回我々の弟たちが副団長に誑(たぶら)かされた理由を聞いてしまっては、屈辱以外の言葉が出て行きません!」
「二人の意思は分かりました。…シャビーには街への聞き込みを頼みましたね、…そこで何を見聞きしたのか教えてくれませんか?」
「…っ!この騒動で団長を失脚に追い込んだ暁に私とアンを副団長の御付にすると約束されているそうです。弟たちはそれが出世だと勘違いしているらしく、…副団長は何も知らない弟たちを良いように操っているのです!!このままでは我々は給金も出ないままで副団長の妾(めかけ)になってしまいます!!」
…これって、エルデ村で耳にしたガールズバー発言と同レベルの話じゃないのか?
つまりはこの国の副団長がアンさんとシャビーさんと言う立場の弱い美女二人に無給で接待を強要していると言う事だろう!?
当の副団長とはまだ面識も無いはずの俺は激しいまでの怒りを覚えていた、どうして俺は『おねえ』のアマゾネスにプロポーズされて、クズ野郎の副団長はどうやったら美女たちを侍(はべ)らすことになるんだよ!!
俺は副団長に個人的なファンタジー感の救世主と言う認識を持っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
…などとこれ以上余計な事を考えているとその内、フーリンからツッコまれそうだから今の内に真面目に戻っておくとしよう。
「…シアラー家もアロンソ家も地位こそ高くありませんが、議会に席を置いているので権力争いにも利用するつもりなのでしょうね。我がシアラー家は四席、アロンソ家は三席で全てが空席になっていますから。」
「許さない…、団長を失脚させると言うだけで腸(はらわた)が煮えくり返る想いなのに…、私の部下たちとその家族までをも利用するなど絶対に許さない!!」
リリーナさんは間違いなく立派なことを言っているはずだ、にも関わらず俺は素直に感動できずにいる。
…どうしてこの人は『おねえ』なのかな…、だから俺の知っているねえキャラはふざけたおすくらいが丁度良いんだって!!
俺ってば野営の時にこの人達のアンダーシャツ姿を見て「ええなあ。」とか言っちゃっちゃんだよね…。
「リリーナ隊長!!私、シャリーを含め小隊メンバー全員が隊長と想いを同じくしています!!」
むむむむ…、シャリーさんを始めとした残りの小隊メンバーも咆哮を上げながらリリーナさんに同調しているけどこの人たちも……俺って思考が歪んでるのかなあ?
歪んでいるのは副団長とこの世界でのアマゾネスと言う存在のファンタジー性だけで良いだろうに…。
あかん、…ここで気を緩めると表情に出てしまいそうだから我慢しなくては!!
「全員の気持ちは分かりました!ここからの責任は私が全責任を持ちます!!…シャビー、このこと以外で聞き込みから得られた情報を報告して!それとシャリーは残存勢力の報告をお願い!!」
「大樹、表情が凄いことになっているけど大丈夫?」
「あ、ああ。その副団長とやらに…激しい怒りを覚えたからね…。」
何や小隊メンバーの俺を見る目が大きく変わったように感じるけど、…もしかして俺の不謹慎な考えがバレてしまったのか!?
ヤバい…、俺の背中が汗を掻いてびっしょりとなっている。
「大樹殿、昨日出会ったばかりにも関わらず…私の部下のためにそこまで怒りを感じてくれているなんて。私はあなたを好いて本当に良かった…。」
だああああ、リリーナさんが感動から本気で泣いちゃっているよ!!
この居たたまれなさは無いわー…。
そして俺がそんな下らないことを考えていると、リリーナさんと同様の理由から感動に打ち震えた八人の男性アマゾネスが野太い声で『カエルの歌』の如くコーラスを形成して俺の名前を連呼し続けるのだった。
「「「「大樹殿!大樹殿!大樹殿!大樹殿!大樹殿!大樹殿!」」」」
………。
もういいや、………この小隊メンバーが良い人たちであることに変わりは無いわけで。
これ以上は蛇足になるってしまうし…正直な話をするとエルデ村を出発してから俺はずっと『必殺技』を考えていたのだ。
異世界に転移したわけだし、その上ステータスやスキルがチートの部類だと言うのであれば、それなりの『無双状態』でありたかったのだ。
そう考えた時にやはり目に留まったのは俺の素早さの異常性だ、…その上、俺は元いた世界で研究に明け暮れた薬学の知識はステータスだけでは無くスキルと掛け合わせるとステータス自体を底上げするアイテムを生み出せるのだ。
…検証自体にリスクを伴うギフトは極力使いたくない、であればリスクを計算できるアイテムをとことん検証し尽くしたいと言うのが俺の本音だ。
「…フーリン、この騒動を利用して俺はこの世界で生き抜く術を検証し尽くすぞ?利用する何て言ったら小隊のメンバーに軽蔑されるかもしれないけど、今度のことを考えると俺には重要な事だ、それにその検証が結果的にアンさんやシャビーさんの役に立つことは間違いないんだ。」
「私は大樹のことを手伝うんだから!大樹は私を村の外に連れ出してくれた人間なんだから、何が有っても軽蔑しないよ!?」
「大樹殿、本当にありがとうございます!……リリーナ隊、大樹殿とフーリンさんに敬礼!!」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
…野太いなあ、敬礼が野太過ぎてやる気を失うんだよ。
「大樹殿、我がシアラー家のためにご尽力いただいてありがとうござます…。」
「私もアロンソ家を代表してお礼を言わせて頂きます、…昨日の出会いは運命だったのですね。」
アンさんとシャビーさんのリリーナ隊のリアル綺麗どころツートップが俺に寄り添いながら綺麗な涙を流している、…この小隊に出会ってから野太い声を聞き過ぎたからか、それに慣れてしまうと二人の声から癒ししか感じないんだよな…。
あれだ、激しいクライミングを決行して山頂に登頂を果たした時にそこから広がる下界の美しい風景に癒しを感じる原理と同じだ…。
となるとリ、リーナさんたちの声は都会と言うコンクリートジャングルで現代人が日々感じるストレスの様なものか?
………心の中で滑らかかつ自発的にリリーナさんに謝罪しておこう。
「大樹は声を大にして謝罪した方が良いよ?」
だからどうしてフーリンは俺の心の声をそこまで的確にツッコめるかな!?
「…申し訳ありません。」
「その謝罪の意味は良く分かりませんが、大樹殿たちを自発的に巻き込んだ我々こそが謝罪すべきなのでしょう。ですが今は他にすべきことが有ります!!そのためにもシャリーにシャビー、報告の続きをお願いします!!」
「「はっ!!」」
俺は数々のリリーナさんへの心の失言に対して素直に謝ると逆に清々しいほどの謝罪で返されてしまい、何とも言えない気持ちと表情で報告の続きを聞くことになった。
そしてそんなリリーナさんへ兄貴的感情を抱いたことで、もし今後この人に涙ながらに再びプロポーズをされたら…果たして断り切れるのだろうかと言う新たな心の悩みを俺は仕舞(しま)いこむしかなかった。
そして俺はまだ見ぬ敵に噴霧の感情を抱いている自分に一抹の不安を覚えることになって行くのだった。
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