014.入城

「大樹い、やっとスキュティアーナに入国できるわ!」


 俺はリリーナさんの馬に同乗させて貰いながらスキュティアーナ王国の城門に向かっていた、すると同じく並行して駆るシャリーさんの馬に同乗しているフーリンが顔の筋肉を緩ませながら話しかけて来た。


 フーリンは念願のスキュティアーナに入国できることが心の底からに嬉しいらしく、緩み切った顔の筋肉を上手く制御できない様だ。


 ……俺は今のフーリンを見ていてふと思ってしまった、古今東西どころか空想の世界を足してもここまで煩悩全開のエルフを見たことが無いと……。


 食事をしている時もそうだけど、この子には自分の欲にはリミッターを掛けると言う事を知らないらしい。


 何と言うか、早朝のアンさんを思い出すと平和の象徴にさえ思えてしまう。


「…・大樹、また失礼なことを考えてたでしょう?」


「ちょっとね、ガザンも苦労してきたんだなと思って。」


「どうしてそこでガザンが出てくるの!?」


 フーリンは俺の返答が気に入らなかった様でブンブンと両腕を回転させて俺に抗議して来るが、俺たちは別々の馬に乗っているため当然届くはずも無い、…その内、馬上から落下するぞ?


 シャリーさんがフーリンが回転させる拳にぶつかって本気で痛そうにしているから止めてあげなさいよ……。


 そんなフーリンとシャリーさんのやり取りを見ていて俺は思い出したようにリリーナさんに質問をした。


「そう言えば昨日は聞き損ねたんですけど、昨日みたいに狼煙が上がるとアマゾネスですら城門を潜れないんですか?」


「それは大樹殿の誤認です、潜れなくなるのはアマゾネスだけなのです。」


「……どういうこと?」


「警戒の合図として狼煙は上がるのです。つまりは城外に残っているアマゾネスは警備を強化せよ、と言う合図でもあるのですよ。そのため、アマゾネスは城外に出る時は必ず野営の準備をしなくてはならないのですが、今回は我々もそれに救われました。」


 なるほどね、それはとても合理的な考えではあるが締め出されたアマゾネスは貧乏くじを引かされたことになるのか……。


 そのアマゾネスって夜勤手当とか貰えるのかな?


 もし貰えないのであればとんでもないブラック企業ではないだろうか……、などとは口が裂けても言える状況では無いな。


「リリーナさん、でもそれって一般市民が外に出ていたらマズいんじゃないの? それでもしモンスターにでも出くわしたら……。」


「それは問題ありません、そもそも一般市民は城外に出るには制限がありますので。一般市民が場外へ出るには事前に許可証を受理していなくてはなりません。つまり王国の方で一般市民の出入りを把握していると言う事です。」


 これはまさに城塞国家と呼ばれるに相応しい厳重な管理体制だ、だけどそれって市民目線で言えばかなり息苦しい管理体制なのではないか?


 ……この世界に転移して初めて訪れた自治体がエルデ村で良かったと内心ではほっとしてしまう。


 だけど『住めば都』とも言うから入ってみれば意外と悪くないのでは、と一応は逆の感情も持ってはいるけど。


 少なくとも俺が出会ったこの小隊は隊長のリリーナさんを筆頭に良い人ばかりなわけで……、などと考えている間にどうやら馬が城門に到着したらしい。


 小隊全員が手綱を引いて馬に制止を促している、……何気ない事だけどフーリンは乗馬を偉く気に入ってしまった様だ。


 下馬するなり先ほどまで乗っていた馬の全身にだらしない笑顔で熱烈なキスをお見舞敷いているではないか……、君は過去に流行った動物との共存を目指して北海道に移住したおじいさんの親戚か何かなのか?


 そして一しきり馬とのコミュニケーションを楽しんだフーリンは、まるで日常的にコラーゲンサプリメントを摂取しているかのようにツヤツヤとした表情で俺に近づいてきた。


 当の俺はと言うとリリーナさんが下馬したその足で城門の衛兵に俺たちの通行の許可について話を付けに行ってくれると言うので、俺はここで静かに待機することにした。


「大樹い、馬って早いねえ。それに可愛いし、私も飼おうかしら?」


「馬の世話ってかなり重労働だよ? それに牧草も必要になってくるから、飼うのならエルデ村の戻ってからにしたら?」


「そっかあ、旅の移動手段にも良いかなって思ったんだけど、無理かしら?」


「それは良いかもね、……後でリリーナさんに相談してみようか?」


 フーリンは俺が提案に乗ったことが嬉しかったようで、いつもの如く盛大に飛び跳ねながら喜びを表現し始めた。


 どの道、この国には一カ月以上滞在することになるのだから……『時間だけ』はたっぷりとあるわけで。


 フーリンもお願いだから俺の心を読んだか如くニヤニヤとしないで欲しいんだけど…。


「何ですって!? それはどういうことか説明して頂きたいですね!!」


 これはどうしたことだろうか、俺がフーリンと普段通りに会話をしていると、不意に誰かの大声が木霊していた。


 ……これはリリーナさんの声か?


 これには俺だけではなくフーリンまでもが驚いてしまった、何しろ俺たちの知るリリーナさんは意味も無く怒鳴り散らすような人では無いのだから。


 出会ってまだ二日目ではあるが、野営で食事を共にしたのだから最低限の人格は把握できる。


 そしてリリーナさんの様子に俺たちだけでは無く小隊全体が心配そうに隊長の背中を見つめだした。


「リリーナ隊を城内に入れることは出来ない、……俺個人としてあんたに恨みはないが上からの命令だ。小隊長殿、悪いけど察してくれないか?」


「んんっ! …………それは恒久的な指示かしら?」


「末端の俺にそんな詳細は入って来ない……。指令書の条文は『指示が有るまで城外にいるアマゾネスは待機。』だそうだ。」


 何やらリリーナさんは衛兵と揉めている様子だ、だが喧嘩と言うわけでも無さそうだから指示の行き違いか?


 状況を見ていると、よそ者の俺が下手なことをすればリリーナさんの立場が余計に悪くなりそうではあるが、遠巻きに話を聞く限り、衛兵の人は悪い人ではなさそうだ。


 ……ここはひとつ世間話でもしに行くとするか?


「ここがスキュティアーナ王国の城門ですか?」


「……お前さんは旅人かい?」


 俺が城門の衛兵に声を掛けるとリリーナさんが驚いた表情を浮かべて俺の方を振り向いている、確かに彼からすれば俺は馬の方で待機しているものと思っていたはずだから、これは不意打ちで返してしまったかな?


「ええ、二人で入場したいんですよ。」


「人間とエルフのパーティーとは珍しいな……、良いだろう。ボディチェックに入るからこっちに来なさい。」


 俺はリリーナさんへアイコンタクトを送ることにした、この人であればこれで感づくと俺は確信していたからだ。


 ……あれだけ仲間想いで部下からもそれに見合った慕われ方をしている人が、これくらいのことに気付かないはずが無いだろうと。


 フーリンも最初は俺の意図が読めなかったのか硬直していたが、直ぐに感づいたらしく慌てて俺の方に駆け寄って来た。


「だ、大樹ってば! 置いて行かないでよお!!」


「ほう、……あんたらは随分と仲が良いんだな? ……って、旅人の旦那!! あんたのこの荷物……これはなんの匂いだ?」


 俺は衛兵にボディチェックを受けるべく詰所に移動してから『とある』袋を開けた、……そう、ボディチェックを受けるために。


 すると、この衛兵はその袋の中身が気になったのか鼻を摘まんで手をヒラヒラとさせてくる、これは所謂臭いと言う意思を伝えるためのジェスチャーだ。


「んがっ!! 大樹ってばこの臭いは……流石に仲間の私も庇えないよ!? ……これって大樹がスキュティアーナで『売れるかも……。』とか呟いていた果物?」


「旅人の旦那……、何やらこの仲間からも支持されていない荷物は何だい?」


 ……そう、俺はエルデ村を出る時にあの森と村から持ち出したものがいくつかあるのだ。


 とは言っても当然だが村長のガザンには了承を得ているがね……、つまりはそれらの内の一つがこの『ドリア』だ。


 何しろ俺のいた世界ではこいつは高級フルーツだったからな、であればこの国でだって売れる可能性があると言う事だろう?


 物は試しに、とここスキュティアーナへ持ち込もうと考えたわけではあるが……、流石に俺も臭いと思う。


 ……でもそこまで臭いだろうか、二人のそれは流石に過剰な反応では無いか!?


「えええ……、そんな反応するのか。これは俺の国だと高級フルーツなんだぞ? ちょっと臭いけど癖になる味って言うのかなあ。」


「大樹、それは即刻ゴミ箱行きだからね!? 衛兵のおじさんからも何か言ってやってよお!!」


 ふむ、この臭いはまだフーリンには早かったのだろうか、だけど何れは君をドリアジャンキーに改造するから覚悟しておけよ?


「……ほお、高級フルーツで癖になる味かあ。旅人さん、このウニの出来損ないみたいなフルーツはまだあるのかい? もし手持ちに余裕があるなら食べてみたいんだけど……。」


 あれえ!? この衛兵さんったら予想外にも興味を示してしまったではないか!


 俺の予定としてはここで臭いに悶絶した衛兵さんをリリーナさんに峰打ちでもして貰おうと思ったのに、それがまさか衛兵さんの反応が斜め上を行くとは思わなかった……。


だけど、これはこれで楽しいな、何しろ俺はこの衛兵のおっさんに同じ匂いを感じているのだから……もちろんドリアの事では無く同じ人種と言う意味でね。


 そう考えてしまったら俺は自分の悪い笑みを制御できなくなっていたのだ、……このスキュティアーナでアマゾネスの概念を修正する前にフルーツの概念を変えてやると決意してしまった!


「衛兵さんも好きだねえ、……でもこの臭いって生理的に受け付けないほどではないでしょ?」


「ああ、何と言えば良いのだろうか。……おそらくマニアックな奴が好きな臭いってところだろう?」


「えええええ、衛兵のおじさんも帰って来てよお!? おじさんはここでお別れだろうけど、私はずっと大樹と一緒にいるんだから、こんな臭い果物を携帯されたら困るわよ!?」


「フーリンも落ちついてってば、先ずは果物屋か卸問屋で目利きして貰うから。それで値が付かなければ処分するだけさ……悲しいけどね?」


 衛兵さんは俺をマジマジと見ながら何かに感心したような表情になっているけど、これはどうしたことだろうか?


 何やら俺の想定の枠を超えた出来事に発展しなければ良いな、と考えながら俺は荷物からドリアを取り出して衛兵さんの前に静かに置いてみた。


「おおおお……、こいつは危険な臭いがするぜ。で、旦那はここからどうすると言うんだ?」


「同士よ、食べる以外に選択肢が有るのかい?」


 どうやら俺の挑発に衛兵さんは大きく刺激されたようだな、それはこの人が『やれやれ。』と言ったジェスチャーを見せていることで、この人の意思が手に取るように分かると言うものだ。


そして俺がドリアをカットして机の上置くと、詰所の中はその何とも言えない匂いで充満してしまった。衛兵さんの興奮は最高潮に達したようだ、無論、俺も同様だが……衛兵さんも好きねえ?


「ぎょわわ!? ……大樹い、すっごい臭いよ!!」


「フーリンもまだまだお子様だな……、おじさんは……聞くまでも無いか?」


「おお……おおお!! こいつは思わず手が出てしまう匂いだ、では早速……っつ!? 美味い!! 美味すぎて…………天にも登る夢心地だあああああああ!! う・ま・い・ぞおおおおおおおおおお!!」


「ふっ、……罠に掛かったな?」


 俺がドリアをカットするや否や衛兵さんは辛抱溜まらんと言った様子で即座に噛り付いたが、そのあまりの美味さに大声で叫びながら気を失ってしまったのだ。


 当初の作戦とはかなり方向性に変更を掛けてしまったが、それでも上手く行けばこっちのもんだ!!


 ドリアアアアアアアアア!! なんちゃってええええええええ!!


 やはり、どの世界にも食に対する好奇心と言うものは存在するらしいな、今回の検証はリリーナさん達へのアシスト以外にも食の知識が色々と活かしていけると俺は確信することが出来た。


 そして俺が気絶して倒れこんでいる衛兵さんを見下ろしながら微笑んでいると、いつの間にか後方にはリリーナさんたちが微妙な面持ちで立ちすくんでいた。


「大樹殿は……もしかしなくても危ない人だったりしますか?」


 ……フーリンが俺の心の駄洒落にツッコミを入れてこないと思ったら、まさかのリリーナさんにツッコまれるとは!!


「リリーナさんも酷いな、それで衛兵さんはこのままで良いんですか?」


「え、ええ。……ですが小隊の外出記録だけは削除しておかなくては。アン、お願いして良いかしら?」


「は、……はい!」


 リリーナさんの危惧している外出記録とは狼煙が上がった際に城外にいたアマゾネスを管理するために付けられている台帳らしく、これが残っていると今回は色々と厄介らしいのだ。


 それにしてもリリーナさんは俺が認識していた以上に優しい人らしいな、何しろ、あの一連の流れを一部始終見ていて俺の印象を『危ない人』に留めてくれているのだから。


「リリーナさん、何があったかは中で説明してくれるんですよね?」


「勿論です! では小隊の詰所に向かいましょう!! ……フーリンさんは何をされているのですか?」


 リリーナさんはフーリンの取った行動が気になった様で怪訝な表情を向けていた、と言うか俺も気付いていなかったけど。


 フーリンは止めと言わんばかりに気絶している衛兵さんの鼻の穴にカットしたドリアを突っ込んでいたのだ、それにしても、この子本人は全力で鼻を摘まんでいるから何とも危ない光景にしか見えないな……。


「だって直ぐに追いかけて来られたら困るじゃない、これで足止めにはなるかしら?」


 さきほどまで俺の行動をドン引きしてみていたはずなのに、まさかここで衛兵さんに追い打ちをかけるとは思わなかった。


 と言うか、これは逆効果な気もするけど、フーリンの満面の笑みを見せられてしまっては俺だけでは無く質問を投げかけたリリーナさんまでもが否定することが出来なくっていた……。


 ……後で衛兵さんにどやされそうだからお土産にドリアの置いて行こうかな?


「リリーナさん、急ぎましょう!!」


 俺は首を力強く縦に振って了解の意を示したリリーナさんと共に、城内にある小隊の詰所へと走っていくのだった。

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