013.アマゾネスの実態

「リリーナさんが…………男!?」


 俺は目の前が真っ暗になってしまった、だが当然そうなるだけの外的な要因はある。


 何しろ……あれほど綺麗で凛々しい外見をした人間に俺と性別が同姓なのだとカミングアウトされ、しかも堂々と彼の部下の前でプロポーズされてしまったのだから。


 これには俺も思考が完全停止するしかない、寧ろそれが精神的な自己防衛本能だとでも言うべきだ。


 それにしてもフーリンのこの落ち着きぶり、いや、それよりもリリーナさんの部下たちもまるでこれが普通の出来事であるかのように落ち着いている。


 これはもしかしなくても俺が転移者だからこの世界の常識に疎いことが原因なのだろうか?


「……フーリン? これはどういう事かな?」


「私は何度も事前に説明しようとしたのに……大樹が興奮しちゃって人の話を聞かないんだもん。」


 おやおや?


 どうやらフーリンさんは大変ご立腹の様子だ、何しろ頬をハリセンボンの如く膨らませていらっしゃるのだからね。


 これでフーリンの機嫌を判断できなかったら俺はただの馬鹿だろう…。


 しかも原因は俺が話を聞かなかったからだと言われれば、……何も言い返せないじゃないか!!


「フーリンさーん? 今更で悪いんだけど、アマゾネスの人ってもしかして……。」


「うん、一部を除いたほぼすべての人が男性だよ?」


 ほげええええええええ!! これは……衝撃の事実やんけ!!


 この世界に来てから二度目のファンタジーショック!!


 アマゾネスが男だなんて美しい想像を膨らませていただけに、これは立ち直れる自信が無いんですけど!!


 ヤバい、原因は分かっているけど膝が笑い過ぎて立っているのがツラくなってきた……。


 ……もしかしてフーリンが言っていた『そこいらの男騎士や冒険者』が対峙しただけで膝を震わせるって……こういう事かよ!?


 無いわー、女性だけの美しき騎士団がまさかの『おねえ集団』だったとは……。


「大樹も人の話をちゃんと聞かないと『おカマ』を掘られちゃうよ?」


 うっさいわ!! 何を呑気にスープをしばてるんだよ!!


「……あの、もしかしてご迷惑でしたか?」


 ぬおおおおおおお……、しかしこれは何とも断わりづらいな。


 何しろ俺の知っているおねえキャラと言えばテレビの中で『ど〇だけー!』とか言ってふざけて騒ぐような人間だけだからな。


 それが真剣な眼差しで目に涙を溜め込まれたら……、冗談半分に断れないだろうが!!


「いやあ、迷惑と言うか上手く言えないんですけど、俺の故郷って割とじっくり愛を育んでから付き合ったりプロポーズするもので、出会って数時間でそこにたどり着くのは抵抗が……。」


 いよっしゃあああああ!! 上手く言えたあああああああ!!


 俺ってばナイス!!


 この数秒間の間に良くぞここまで完璧な言い訳を思いついたものだと、俺自身を褒めちぎってやりたい気分だぜ!!


「さっきまで綺麗なお姉さんだー、とか言って鼻の下を伸ばしてたくせに……。」


 だからフーリンもうっさいわ!!


 それにしてもここまで来て、……スキュティアーナ王国に来てまで俺の抱いていたファンタジー世界は崩壊するのだろうか?


 ……いや、良く考えるんだ。


 俺はその『間違ったファンタジー』を修正した実績を誇る男だ、こんな程度の修正なんて何処かの軍隊に所属するサングラスを掛けた大尉殿を修正するよりも簡単なはずだ!!


 ……決めたぞ、俺はアマゾネスの概念を修正してやるんだ!!


 父の元に召される前にアマゾネスの概念にメテオストライクを叩きこんでやるぞ!!


 だけどリリーナさんは男だと分かっていても、変わらず綺麗だと思ってしまうところが恐ろしいな……、いやそれは他のアマゾネスの同じなわけだが。


 非常に残念なことはこの小隊全体が隊員の外見レベルが恐ろしく高いと言う事だ、これだったらまだ無精ひげを生やしたマッチョな外観だった方が救いがあると言うものでは無いだろうか……。


 ……だから不自然に小隊の人たちは野太い声をしていたわけね、無駄に納得するわ!!


「そうですか……、それはお国柄と言う事ですね。でしたらスキュティアーナにご滞在する間に私の方からデートにお誘いしても構わないでしょうか?」


 ええ……、ここで引かないとはリリーナさんもとんだ純情派だな。


「えっと、フーリン? 俺たちってどれくらい滞在するのかな?」


「うーー……ん。宿屋代とも相談して決めるけど、私はアマゾネス関係の観光はコンプリートしたいんだよね。」


「具体的に最長でどれくらい?」


「……一カ月くらい?」


 のおう!! ……俺はフーリンから死刑宣告をされてしまったのだろうか……、まさか彼女の話を聞かなかった罪によってギロチン台送りとはあ…。


「あの……、でしたら、お二人とも私の屋敷に来られませんか?」


「えーっと、あなたはアンさんでしたっけ?」


 俺がリリーナさんに迫られてながら後ずさりしていると、そこに歩み寄って来た一人のアマゾネスに声を掛けられた。


 確かフーリンと一緒に火を起こしていた人だな、しかし思わぬタイミングで具体的な宿泊先を提供してくれたものだが……この人も『おねえ』なわけで危険な臭いがプンプンするんだけどな…。


「……そう言えばアンのご実家は男爵家でしたね?」


「はい、その方が所持金と相談せずに長期的なスキュティアーナへの滞在も可能ですし、私は戦闘ではあまり隊に貢献できませんので、隊長に恩を返せるのはこれくらいかと……。」


「あなたは本気でその様に考えているのですか!? あなたの回復魔法がこの小隊にとってどれだけ貴重な存在か分かっていないのですね!! ……もしやシャビーも同様の考えだとでも?」


「……私もアンと同じ考えです。我々の様な『女』をアマゾネス小隊に加えて下さる方などリリーナ隊長しかおりませんもの……。」


 突然にリリーナさんがとても男前なことを言い出しているんだけど、これはツッコまない方が良いよね?


 ……ここで茶々を入れたら人間として失格な気がするから。


「大樹は余計な事を言わない方が良いと思うよ?」


 三度うっさいわ!!


 ……フーリンって人の心を読めるのでは、と本気で考えてしまうからカンを不必要に冴えわたらせないで欲しいんですが!?


「……二人とも、顔をお上げなさい!! この小隊メンバーの誰か一人でも貴方たちを足手まといだと思っているとでも!? この小隊には……貴方たちの力が必要なんです!!」


 あらやだ、とっても男前!!


 だが、冗談はさておきリリーナさんが素晴らしい人格者であることは疑う余地もない様だな、……隊員全員が涙を流しながら抱き合っているところなんて見てしまったら、俺も感極まってしまうと言うものだ。


 しかしアンさんとシャビーさんは女性だったのか、これまた道理で声が野太くないはずだ……、それに彼女らも他の隊員に負けず劣らずに美人さんときたものだ。


「良かったね、大樹。これで大樹の価値は一か月分込々の宿代で3,000ルードまで上がったじゃない?」


「折角の感動シーンにフーリンさんてば流石に辛辣過ぎじゃないの!? と言うか何で既にアンさんの実家にお世話になるって決めてるかな!!」


「隊長!! 大樹殿が我が家へご滞在されるそうですよ!? ……このアンに隊長の恋路を全力で応援させて下さい!!」


「シャビーもお手伝いさせて下さい!!」


 ……当の本人である俺の意志とは関係なく、今後のスケジュールが勝手に決まっていくさまを俺は後ろから静かに傍観するしかなかった。


 そうだな、……自分の意思に関係なく秘書によって勝手にスケジュールを埋められていく、一流企業の社長の様な気分が一番妥当な表現では無いだろうか?


 この状況を目の前にして俺は今更ながらに、旅の目的地を他人任せにすることの恐ろしさを実感するしかなかった。


 ……それにしてもフーリンもどうして、よりにもよってスキュティアーナを最初の目的地にしてしまったのだろうか……、俺は徐々に俺の肩はこの星の重力に従順になり、なで肩へと変化していく感覚に埋もれるのだった。


「……ねえ、大樹?」


「どうしたの?」


「この国にあるアマゾネス博物館のパンチングマシーンの特等景品が、小隊の皆が着ている鎧と同じものなのよ。」


「……もしかしてそのゲームが一番楽しみだったとか言わないよね?」


「あれって防具屋で買うとかなり高いのよね、確か……10,000ルードだったかな?……言っておくけど交渉の最低条件だからね?」


 フーリンは音も立てずに俺の横に歩み寄り、小隊の感動的なやり取りの邪魔にならない程度の声で俺に話しかけて来た。


 そして俺はこの時になって初めてフーリンがこの国に訪れたかった本当の理由を知ることになり、フーリンを説得するために必要な材料の確保が現状ではほぼ不可能だと突きつけられてしまった……。


「……フーリンは……俺にそんな甲斐性が有ると思うのか?」


「………。」


 フーリンが、……フーリンが笑顔のまま無言で俺に圧を掛けてきているじゃないか!!


 駄目だ! 俺はさっき覚悟を決めたばかりだと言うのに何を弱気になっているのだ!!


 ……森山大樹よ、お前はアマゾネスの概念を修正するのだろう?


「くっそう! 自棄だあ、フーリンの気が済むまで滞在してやろうじゃないか!! アンさん、ご実家にお邪魔させてください!! 期限はフーリンの気が済むまでと言う事でよろしくお願いします!!」


「きゃああああ!! さっすが大樹、太っ腹なんだから!!」


 覚悟を決めてから即座にアンさんに頭を下げると、フーリンが俺の横で仰々しく飛び跳ね始めた。


 フーリンよ、……俺が自分の体で綺麗な『くの字』を体現しながら頭を下げているから角度的に見えていないのだろうな……。


 俺ってば本気で号泣してますからね!!


 あかん、俺はこのまま目の前に見える水辺すらも凌駕する大きさの湖を作れてしまうそうな勢いですが!!


「……大樹殿、私は毎日デートのお誘いしますからね!! 待っていて下さい!!」


 リリーナさんの慎ましい宣言によって火が付いたのか、小隊の面々は一様に彼を応援するムードに包まれてしまい、その状況の結果、俺はさらに居心地を悪くするのだった。


「「「「た・い・ちょう! た・い・ちょう! た・い・ちょう! た・い・ちょう!」」」」


「何が……どうしたら……こう……なるんだよ?」


「大樹が最初から私の話を無視しなければこうならなかったと思うの。」


 フーリンにド正論を突き付けられて俺はその場から微動だに出来なくなるのだった……。


………


「ふう、漸く朝になったのか。」


 俺はスキュティアーナの天然要塞の城門が封鎖されたことで、昨日中の入国が不可能となり、偶々出会ったスキュティアーナのアマゾネス小隊と共に野営で夜を明かすことになった。


 自然と目が覚めた俺はこのまま二度寝することをもったいないと感じて、野営用のテントから外に出ることにした。


 ……この世界に来てから約一週間が経とうとしているが、この日の朝日は今までに無いほどに神秘的な何かを俺に訴えかけているように感じた。


 そして俺はその何かを考えるためにその場で立ちすくんでいると後ろから一人のアマゾネスに声を掛けられた。


「おはようございます、大樹殿。」


「……アンさん? 朝日で顔が確認出来ないから声でしか判断出来ないな。」


 掛けられた声の方を振り向くと俺の目に朝日が差し込んできた、これはまたさらに神秘的では無いだろうかと俺は思った。


 ここスキュティアーナの市民はフーリンたちと出会ったエルデ村とはまた違った雰囲気の魅力があるのだと思う。


「ふふっ、今日は一段と眩しい朝日ですので。大樹さんはこんな早朝にどうされてたのですか?」


「何となく目が覚めてしまって、アンさんはいつもこんな早くに起きるんですか?」


「そう……ですね。私も何となくなんですよ?」


 アンさんは何を照れているのか分からないが、俺に対して恥ずかしそうに笑顔を向けて来る。


 ……その笑顔が新鮮だったのか、はたまたは別の理由があるのか自分でも分からないが俺は唐突にアンさんへ質問をしていた。


「アンさんはどうしてアマゾネスになろうと思ったんですか?」


「……どうしてそんなことを聞かれるのですか?」


「好奇心だけで聞くのは失礼でしたか?」


 アンさんは俺の質問に対して視線を外してから静かな口調で答えてくれた。


「そうですね、……父が……アマゾネスだったと言うだけの事です。大樹殿も既にご認識かもしれませんが、本来この国で男性がアマゾネスになるのが通例です。ですが我がシアラー家は数年前に父が他界してから私が当主代理を務めることになりました。」


 俺は思わず見とれていた、それは決してアンさんを異性として意識すると言った動機からではない。


 単純に背負っているものがどれだけ重いのか、それを共有したくなってしまったのだ、いや、この理由の方が彼女への侮辱となるかもしれないな。


「……つまり稼ぎを得るために?」


「はい、幼い弟がいる私としてはあの子が成人になって、当主を継いでくれるまでの間は収入を得る必要がありますから。」


 彼女の理由は俺が知識として知っているファンタジー世界では在り来たりな理由だと思った、だがそれは現実で多用されて良い理由では無いはずだ。


 彼女が浮かべている悲しみの表情を見てしまえば、貴族なのだから裕福で良いだろう、などと捻くれた批判をする奴がいれば俺はぶん殴ってでも守りたいと思ってしまう。


「アンさんに夢は有りますか?」


「……私はこの小隊に配属出来てリリーナ隊長と戦える、現状に満足していますから。」


「……そんなわけは無いでしょうに。」


 俺の後ろからアンさん以外の声が聴こえてきた、そして俺はその声に反応して振り返った。


 俺は振り返ると視線の先にはリリーナさんが立っていた、そしてこの人もまた悲しそうな表情を浮かべているでは無いか。


 ……しかしこの穏やかな場面でリリーナさんの野太い声は場の空気を凍らせるな。


 それにいくら綺麗な顔立ちでも実際は『おねえ』何だよね、……このシリアスな状況で彼はどう出てくるのか?


「おはようございます、隊長も起きていらしたんですね。」


「おはよう。……アンそれにシャビーもだけど、あなたは自分のスキルを活かして医療の仕事をしたいのでしょう? ……それが戦場に出て有意義なはずがないでしょうに。」


「……戦闘自体は有意義では無いですね。ですが傷ついた隊長や仲間を治療することに喜びを覚えていますから。」


 アンさんは悲しみに満ちた表情をしているはずが、何故か口調だけは歓喜に満ち溢れているのだ。


 そしてそれを真剣な眼差しで見つめるリリーナさん、俺はこの二人が支配する雰囲気の中で微動だにすることが出来ずにただ立ち尽くすだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る