012.アマゾネス小隊との夜
「もう……、大樹ってばそんなに拗ねないでよ?」
「ふんっだ! ……どうせ俺は10ルード以下の存在ですよ……。」
俺とフーリンは『城塞国家スキュティアーナ』への道中で小隊長のリリーナ率いる王国騎士団の小隊と偶然遭遇した。
そして俺はそこで衝撃の事実を知ってしまい、眩暈を起こしてしまったのだ。
するとリリーナさんが俺を哀れに思ったようで、彼女らの駆る馬に同乗していかないか、と俺たちに提案してくれたので、当然俺は二つ返事で承諾した。
……フーリンに至っては憧れのアマゾネスが駆る馬に同乗出来たことで、目をキラキラと輝かせながら興奮が最高潮に達している様子だ。
「ははははっ、大樹殿もそう拗ねないであげて下さい。騎士だったら仲間にそこまで信頼して貰えたら誉ですよ?」
「俺は騎士じゃないし……、誉でもありませんから。」
俺とフーリンの会話に業を煮やしたのか、リリーナさんがフォローをしてくれたが、それでも俺は釈然とすることが出来なかった。
……何故に俺は馬の上で体育座りをしなくてはならないのだろうか、どうやら俺は落ち込み過ぎて思考の平衡感覚が狂ってしまった様だ。
「でも、そのおかげで大樹だってスキルレベルも上がってたし、経験値だって積めたんだから結果オーライって事で良いじゃない?」
「……まあ、それは事実だけどね。もしかして俺の経験値不足を考えての行動だったの?」
「う、うん! 私は大樹を想って心を鬼にしたんだから!!」
絶対に嘘だな、……フーリンの目が恐ろしく泳いでいるのを俺は見逃さなかったからね。
「は……はははっ、それにしてもエルフと人間の二人旅と言うだけで、お二人がお互いを信頼しているのは容易に理解できますよ。だから大樹殿もそろそろ立ち直っては如何ですか?」
「正論過ぎて反論出来ないんですけど……、と言うか人間とエルフが一緒に旅をするのってそんなに珍しいですか?」
「そうですね……。人間とエルフ間だけの事ではありませんが、基本的に他種族混成のパーティーと言うのはあまり聞きません。」
どうやら俺は貴重な情報を得たらしい、リリーナさんの口ぶりから察すると他種族同士ではパーティとして信頼性に問題があると言う事だろうか?
こ んな話を聞いてしまえば俺もフーリンの期待に応えなくてはならない、と思い知らされてしまった。
改めて思う事はフーリンの俺に対する信頼は疑いようが無いと言う事で、それはエルデ村でもヒシヒシと伝わってきたことだ。
「……大樹い、ごめんね?」
うっ……、フーリンが目に涙を滲ませながら俺を見つめているではないか。
ひょっとしなくても俺はやらかしてしまったのだろうな。
「俺もフーリンに言い過ぎたみたいだね、こっちこそすいませんでした。」
「ふふふ、流石はリリーナ隊長も一目置かれた方です。潔くて好印象ですよ?」
フーリンを乗せている馬を駆っているシャリーと呼ばれていたアマゾネスが俺に話しかけて来た。
どうやら俺はこの小隊に気に入られたみたいだし、スキュティアーナへの道中としては上々では無いだろうか。
……それにしてもこの小隊は綺麗な女性ばかりなのに、随分と野太い声の持ち主ばかりだな?
……あれか?
もしかして激しい訓練のし過ぎで声が枯れてしまったのでは無いだろうか、だとするとこの人たちは相当に強いことが予想できるわけで、目を付けられるのだけは避けなくてはいけないな。
「隊長!」
「シャビーか、どうしたの?」
およ? あっちのシャビーと呼ばれたアマゾネスは偉く綺麗な声をしているな、もしかして訓練のサボリ魔だったりして。
この隊長さんが優しいそうだからって、サボリも程々にしておかないといつか怒られるぞ?
「狼煙が上がっています!! ……あれは城門が閉まる合図ではありませんか!?」
「っ!! 急にどうして、……我々以外にも城外に出ている部隊が残っていると言うのに!!」
「……何か緊急事態でしょうか!?」
「むむう……、仕方ないですね。今日はここで野営しましょう。」
それって……、……もしかして俺たちもこの綺麗なお姉さんたちと一緒に野宿するってことですか!?
……何がどうなったらそんなご褒美が転がり込んでくると言うのだ、……いや、そもそもフーリンと二人旅をする時点でご褒美なわけだけど、それでもこれは貰い過ぎなのではあるまいか!
等と考えている間に小隊は野営にちょうど良さそうな水辺を発見したらしく、そこに向かって馬の走る方向を変え始めた。
「え、……この小隊と一緒に野営するの?」
何やらフーリンが不安そうな様子を見せ始めたが、一体どうしたのだろうか?
先ほどまでフーリンは憧れのアマゾネスを目の前に興奮していたはずが、ここに来て急に会話の歯切れが悪くなり始めた。
フーリンもそこまで人見知りでは無いはずだし、誰かに寝顔を見て貰たくないと言い出すほどセンチメンタルでは無いはずだ。
……それはエルデ村を発って以来、『男』である俺と一緒に野営を続けて来たのだから今更それは無いはずだ。
アマゾネス小隊の皆さんは全員が女性なわけで、寧ろこの方が彼女にとっては居心地が良いのではないか?
それとも他にエルフだけの秘密とかあるのかな?
まあいいや、それは追々聞いていくとしますか。
「えっと、リリーナさん。悪いんですけど俺たちって手持ちの食料に余裕は無いんですよ。」
「お構いなく、この一帯にある水辺は魚が豊富にいますので、宜しければお二人も我々と一緒に漁をしませんか?」
「そうなの!? じゃあ俺も漁に参加します、こう見えても釣りや素潜りは得意なんですよ! やったな、……ってフーリン?」
「う、うん! 大丈夫よ、それじゃあ私は火でも起こそうかしら?」
「でしたら、……シャビー! お嬢さんのお手伝いをして差し上げなさい!! アンとシャリーはテントの設置をお願いします!!」
「「「はっ!!」」」
俺は小隊のやり取りを見ていて、何とも見事な指揮系統だと感心した。
元いた世界から今に至るまで俺は軍隊と言うものを初めて直に触れたわけだが、ここまでスムーズに物事を決定出来るものだとは思わなかった。
と言うよりも隊長のリリーナさんが素晴らしい隊長さんだと言う事だろうか、どうやら俺はこの小隊から色々と学ばなくてはいけない様だ。
俺はフーリンよりも四つ上で、これからも一緒に旅を続けるのであれば頼れるお兄さんにならないと駄目だよね?
……等と考えている間もフーリンの様子は可笑しいままなわけだが、本当にどうしたのだろうか?
「とと、馬が止まったのか?」
「大樹殿、直ぐに水に入る準備をいたしますので少しだけお待ちください。」
「あ、俺も準備しますから!」
と言っても俺の準備とは上半身の衣服だけ脱いでそれを近くにある木の枝に引っ掛けるだけなのだが、……アマゾネスの準備とはどういうものになるのか非常に気になるところだ。
おおお!! あちらは上半身の鎧を脱ぎ捨てるのか、これは何ともカッコいいな!!
うん、鎧の下にアンダーシャツを着込んでるから肌が露出しないわけか……、これはこれで健康的でお兄さんとしては大歓迎ですよ!!
……しかし鎧の下はとても鍛え上げられている様だな、アンダーシャツ姿になった彼女たちは見事な筋肉を俺に披露して来た。
これは女性のボディービルダーとても言えば分かりやすいだろうか、もしかしてこれが戦う女と言うものだろうか?
……これはこれで……ええなあ。
俺たちから少し離れた場所でフーリンと、シャビーにアン、シャリーと呼ばれていたアマゾネスたち四人は手際よく野営の準備を進めている様だし、ここは俺も張り切って魚を確保せねばなるまい。
それにしても、シャリーと言うアマゾネスは他の二人よりも随分と立派な体格をしているけど、鍛え方が違うのだろうか?
………いかんな、色ボケは後回しだ。
その後、俺はリリーナさんたちと協力をしながら水辺に潜って魚の確保に勤しむのであった。
………
「いやあ、大樹殿の『モリ』と言われる三又の槍はとても便利でした。水中だと小型で扱いやすいし、何より投げた後に回収しやすいように紐を付けてあるのが良いですね!!」
「俺の故郷だとモリ自体をバネで射出して魚を射るんですけど、今回使ったものは俺のお手製だから投擲専用なんですよね。」
「ほおお……、……とても便利な道具だったので感銘を受けたのですが、まさか更に機能を追加出来るとは。」
リリーナさんは俺がリフレクションで制作した即興のモリに甚く感動してくれているみたいだけど、俺からすれば10分以上も連続で潜水していたアマゾネスたちの肺活量の方が驚きだ。
……どうやらフーリンが言っていた男どもが膝を笑わせるほどの実力と言う奴は伊達ではないらしい。
「はーい、魚が焼けましたあ!! アマゾネスの皆さん、貪り尽くしてくださーい!!」
俺とリリーナさんが話し込んでいる間に魚が焼きあがったようで、フーリンが俺たちのところまで運んできてくれた。
しかしフーリンも『貪り尽くしてください』は無いだろうに、……って本当にアマゾネスの方々は貪ってるわ!!
うおおおお!! 骨まで噛み砕いていらっしゃる、……これは何とも豪快だな。
まあ、食べ方は人それぞれだから良いんだけどね、俺は俺で自分の食べ方を貫くだけだ。
「フーリン、お湯は沸いてる?」
「言われたとおりに沸かしてあるけど、大樹は何をするの?」
「魚の骨と頭を煮込んで飲み物を作るんだよ。俺の故郷ではこれに調味料を入れて飲むんだよ。フーリンもやる?」
「へえ……知らなかったわ。やろうかしら……。」
どうもこの世界はうま味と言う概念が薄いらしい、これはエルデ村だけの問題であるのは分からないが、少なくとも俺の把握している限りではスープと言うものが存在しない。
エルデ村での食事時はお湯か酒しか喉を潤すものが無かったから、俺個人としては味噌汁やスープと言った類のものに飢えているのだ。
そしてフーリンもスープに興味を持ったようで、魚から骨や頭を分け始めている。
これはもしかして商売になるのではないか?
「……大樹殿は料理人ですか?」
俺とフーリンが沸かしたお湯に魚の骨を投入していると、一人のアマゾネスがこちらを睨みながら話しかけて来た、確かアンと呼ばれていた人だな。
「いや、素人ですよ。でも簡単な食事くらいなら作れますから、……アンさんも飲みます?」
「是非!! 何だったら、この骨も使って下さい!!」
アンさんはすごい勢いで魚の身を食べ尽くしてから骨を差し出してきた、これは何処の世界に行っても食文化が偉大だと言う事の証明では無いだろうか。
「はいよっと、……それで煮込んだらアクを救い取って。」
「ふほほほほほほほほ……、相変わらず大樹の料理はそそるじゃねえか……。」
フーリンも涎を垂らしながらの淫らな発言は控えて貰えませんかね?
以前も疑問に思ったけどフーリンって本当に女の子だよね、って本人には言いませんよ?
年頃の娘さんが不用意に『そそる』とか言わないで貰いたいものだ、……ジャスと言ってることが同じなんだよな。
「で、ここに塩を投入すれば完成だ!熱いから口に付ける時に気を付けてね?」
「ほわあ……、これは何とも良い匂いがする。大樹殿のお手前しかと味見!!」
アンさんもかなり興奮している様で良く分からない発言をしているが、スープに口を付けた瞬間に表情を一変させたことで、俺もつい笑顔になってしまった。
顔に『美味い!』と書いてある事は一目瞭然だった、これは調理側としては冥利に尽きると言うものだ。
「……アン、それほど美味いのですか?」
「美味いなんてものでは無いですよ!? ……隊長もお一口如何ですか?」
アンさんの反応に我慢できなかったのか、リリーナさんまでもが俺のスープに興味を示してきた。
と言うよりも小隊の全員が俺を取り囲み始めているのだ、……これってハーレムなんじゃないのか?
「美味い……、…………大樹殿!真剣な話になるのですが!!」
リリーナさんは俺のスープを飲んでから少しだけ間をおいて真剣な表情を俺に向けて来た、……綺麗な顔にほぼゼロ距離で見つめられると緊張してしまうのだけれど。
それにしてもどうしたのだろうか?
「な、何でしょう?」
「私の『正妻』になって頂けませんか!?」
「へっ!? 正妻!?」
「はい! 先ほどのモリと言い、この料理と言い、ましてや他種族であるエルフの少女とここまで信頼関係を結ぶことが出来る大樹殿に惚れました!!」
ぎょええええええ!? まさか出会って数時間程度の女性からプロポーズをされてしまった!!
しかもこんな綺麗な女性からだなんて、……俺は本気で悩んでしまいますよ?
と言うか俺は転移者であって何も知らないからこそのフーリンとの関係だし、逆に知っているからこそのスープなわけで。
どうやら俺は恋愛事情もチートだったらしい、……これは照れますな!!
……しかし、どうにもフーリンの反応が薄いんだよな?
何と言うか俺はフーリンと大きな信頼関係を結んでいることに疑いの余地が無いと思っていた、これは自惚れでは無いはずだ。
だから俺は思ったのだ、リリーナさんにプロポーズされた時点でフーリンが大暴れするんじゃないかと……。
にも関わらずフーリンは涼しい顔でスープを飲んでいるのだ、……もしかしてスープに夢中で目の前の出来事に気付いていないのか?
「フーリン、俺ってばプロポーズされちゃったんだけど?」
「うん? 聞いてたから知ってるよ。」
およ? フーリンさんはどうしてそんなに澄ました顔をしていらっしゃるのかな。
……フーリンが飲んでるものは澄まし汁ですよ? なんちゃってえええええええ!!
もしかして反抗期か?
「えっと……、ほら結婚とかしたら旅を続けられないじゃないですか?」
何やらフーリンが大きなため息を吐いているけど、本当にどうしたんだろうか?
……もしかして俺の感じていた信頼関係は本当に俺の自惚れだったとか、そういうことなのだろうか。
もしそうなら俺はショックで寝込んでしまうのだけれど。
「……大樹ってば話を聞いてないよね。リリーナさんは『正妻』にって言ってるんだよ?」
「……そう言えば言っていたかな。でもそれって言い間違えじゃないの?」
「言い間違えではありません!! 私は一人の『男』として大樹殿を正妻に迎えたいのです!!」
ふむふむ、どうやら俺はフーリンの言う通りで本当に人の話を聞いていないらしい、それにしてもこんな大事な話で聞き間違えをするなんて何て失礼な男なのだろうか。
念のためにリリーナさんにもう一度だけ聞いておくとしよう。
「リリーナさん、何度も聞きなおしてすいません。いま、リリーナさんは『男』だって言いました?」
「はい! 私は男として大樹殿を正妻に迎えたいと申しました!!」
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