アマゾネス編

011.城塞国家スキュティアーナへ

「つまり、俺たちのステータス差を考慮するとフーリンのスキル『魔力ドーピング(LV。1)』は君の全ステータスを30倍前後にまで強化すると言うことになるんだ。」


「うーん、なるほど。……大樹ってこういうスキルの検証が嫌いじゃないでしょ?」


 俺はフーリンと隣り合って目的地である『城塞国家・スキュティアーナ』へと続く街道に沿って平地を歩いていた。


 その道中で俺はフーリンの暴走状態がスキルであることを知り、それがどの程度の効果があるものかを彼女に説明しているのだ。


 フーリンの言う通りで俺は薬学部でドーピングの研究をしていたため、この手の検証や実験が嫌いではないのだ、寧ろ好きだと言った方が良いかもしれない。


 陸上のためにクスリを開発していたのだから、体へのリスク以外にもどれ程の効果が得られるかを具体的な数字で残す必要があったのだ。


 まさかその癖がこの世界に来てから役に立つとは思いもしなかった、こういうのを『棚から牡丹餅』とでも言うのだろうか?


 エルデ村からフーリン、……なんちゃってえええええ!!


「割と好きだね。でもこの結果を記録できないのが残念なんだよな……、スキュティアーナに着いたら紙とペンを購入しないとな。……因みにこの世界にパソコンとかないよね?」


「……そのパソコンって大樹の世界にある道具ってこと? 少なくともこの世界にはそんな名前の道具は存在しないわ。記録って言うとスキルで一度学んだことを一生涯忘れないってものがあるらしいけど……。」


「それは凄いな! ……それって天才ってことでしょ!?」


「うん、でもリフレクションと同じで最上級スキルの一つだからそうそうにお目にかかれないかも……。」


 俺はフーリンがとても興味深いことを教えてくれたため、前のめりになって話を聞いてみるが、確かにそんなスキル持ちがホイホイといたら世界が崩壊してしまうそうだと、勝手に着地をする形になった。


 天才と言うのは一握りだからこそ価値があり、逆にいえばであるからこそ凡人の存在価値が保証されているのだ。


 ……そして俺は一握りの天才になれなかったからこそドーピングに手を染めたわけで。


「ま、そういうことは後々勉強するとして……スキュティアーナへは今日中には着くんだよね? そろそろガザンから貰った食料も心もとなくなってきたし……。」


 俺はフーリンがこの旅の目的地を『城塞国家・スキュティアーナ』と定めた時に名前の通りバカでかい城塞の中にでも存在するものとばかり思っていたため、何時になったらそんな建物が見えてくるのかと楽しみにしていたのだ。


 だがエルデ村を出てから既に五日が経過しているため、フーリンの説明では今日中にはスキュティアーナに到着すると言うことだが一向に城塞が姿を現さないのだ。


 これはもしかして『見掛け倒し』ならぬ『名前倒し』と言う奴だろうか?


「えっ!? 城塞だったら既に見えるところまで来てるわよ?」


「……どこにも城塞なんて見えないんだけど。目の前には山しかないじゃないのさ。」


「その山脈全体が天然の要塞なの、あそこで憧れのアマゾネスが日々鍛錬を積んで、こうやって剣の腕を磨いているんだから!!」


「あの山脈全体が要塞だって!? ……んな馬鹿な、アマゾネス恐るべし。」


 俺はあまりにも衝撃的な事実を知ってしまい顎が外れるのではないかと思う程に大口を開いてしまった。


 ……いくら何でもそれはやり過ぎじゃないのか?


 だけどあれが視認できると言う事は迷子にはならずに済むか?


 ……いや迷子対策にしては人件費がかかり過ぎだな。


 それにしてもフーリンが身振り手振りで剣術っぽい動きを再現しているが、これはどう考えても小学校の低学年が遊びでやるようなチャンバラごっこだな…。


 それにしても俺はここにきて新しい単語を耳にしてしまった、『アマゾネス』かあ。


 アマゾネスと言えば女性のみで構成された騎士団だったり、男子禁制の国家だったりとかなり華やかな印象があるから、俺はその話を聞いただけで心を躍らせてしまっているのだ。


 ……ええなあ。


「大樹って空を仰いでいる時は大方ロクな事を考えてないわよね?」


「……そんなことはない!! ……ところで『城塞国家・スキュティアーナ』ってどんな街なの?」


 危ねえ……、フーリンは本当に油断がならないんだよな。


 この子の前では少しでも良からぬことを考えていると、全てが筒抜けなのではないかとさえ思ってしまう。


 ……でもステータス画面を見せて貰ったけど、そんなスキルは確認できなかったよな?


「……ふーん、別に良いけどさ。それで『城塞国家・スキュティアーナ』の説明をして欲しいのね? スキュティアーナは世界で最強の騎士団を抱えた王国なの!! 何でもそこいらの男騎士や冒険者では対峙しただけで膝を震わせて身動きも取れないらしいわ!!」


「ところでスキュティアーナって男子禁制だったりしないよね?」


「え!? 何がどうなったら男子禁制に何てなるのよ?だってアマゾネスは……。」


 フーリンが今回の道中で見せたことが無いような驚きぶりを見せている、どうやら俺はまた何か可笑しいことを言ってしまったらしいな。


 それにしてもここまで驚かれるとは……、フーリンは俺が転移者だからこの世界について詳しくないと分かっているはずなのだけど。


 それを差し引いてもこの反応なのだろうか……、これは内心で相当に凹んでしまうな。


 ……ん? これはどうしたのだろうか、俺たちが向かっている方向から土煙が立っている様だけど、誰かがこちらに向かっているのか?


 だけど土煙が立つほどだと言う事はそれなりの大人数だと言う事では無いだろうか、これは避けた方が良いのかな?


「大樹!! あれってアマゾネスの小隊じゃないかしら!! きゃあああああああ、待ってましたあ!!」


 フーリンが何やらミーハーな声を上げながら興奮しているが、それ自体はこの際どうでも良いや……。


 しかしフーリンほどでは無いけど、俺もかなり興奮しているんですよ!!


 だってアマゾネスってゲームとかだとかなり際どい露出の鎧を着てるじゃないですか……、これは期待しても良いのではないか?


 何しろ俺は陸上の世界で禁欲的な生活を送っていたから、女性に大人数で囲まれるとか夢にまで見た光景なんだよね、……まあフーリンと二人っきりと言うのも俺としては油断すると心拍数が上がり過ぎて危険ではあるのだが。


「あれがアマゾネスか! ……全員で10人くらいなのか、って綺麗な女性ばかりじゃないっすか!!」


「だから大樹ってば! アマゾネスは…。」


 フーリンがまたもや何かに驚いている様だが、もはやアマゾネスが騎乗している馬の蹄でよく聞き取れないのだ。


 それに俺は目の前に姿を現した麗しき女性騎士の小隊に釘付けになっているため、フーリンの声に意識が向いていなかった。


「うひょおおおおお!! 綺麗なお姉さま方の集団やんけえ!!」


 そして俺たちを囲う形でアマゾネスが制止した、そしてこの状況になって初めて俺は警戒を怠ったことに後悔した。


 もしかして騎士が通る道を塞いでしまったのがマズかったのだろうか……、この小隊の隊長と思わしき騎士が俺とフーリンの前に出て来た。


 この先の展開が読めない俺は額に冷や汗を掻きながら身構えてしまう、どうやらフーリンも同じような考えらしく警戒を強めている様だ。


「そんなに警戒しないでも良いわ、旅の方なのでしょう? 我々はスキュティアーナ王国のアマゾネス小隊である。」


 馬上で口上を述べて来た隊長と思わしきアマゾネスはかなり太い声の持ち主ではあるが、警戒するなと言ってきた。


 どうやら彼女たちは俺たちに敵意を持っていない……のか?


「どうも、初めまして。スキュティアーナ王国へ向かっている旅のものですけど、何かご用でしょうか?」


「ふふっ、このアマゾネス小隊を前にして随分と余裕をお持ちの御仁ですね。……そちらのお嬢さんはエルフですか?」


「はああああああい!! アマゾネスの強さに憧れてるエルフでっす、生アマゾネスのオーラをビンビンに感じるわあ!!」


 先ほどまで警戒していたはずのフーリンが今度は興奮しながら話しかけ始めた、……だけどこのアマゾネスはこのフーリンの反応に若干引いているみたいだな……。


 俺は見逃さなかったぞ……、このアマゾネスの右目がピクッと動いたところを。


 フーリンの反応は日本で言えばアイドルコンサートで興奮しながら声を出すミーハーなファンと言ったところだろうな。


 ……隣にいる俺もかなり引いてしまっているからこのアマゾネスの気持ちが分からなくはない。


「そうですか……、それは嬉しい限りです。……一つお伺いしたいことが有って目の前に参上しました。馬上からの質問で申し訳ありませんが、ご協力いただけますか?」


「質問? 別に良いですけど、これって職質とかですか?」


 このアマゾネスはどうやら俺たちが委縮してしまっていると感じたのか、柔和な表情を浮かべながら話しかけてきた。


 ……とは言ってもフーリンは委縮とは無縁の場所にいるわけだが。


 その様子を見て俺も警戒を解くことにした。


「いえいえ、違いますので肩の力を抜いてお答えください。どうして街道を歩かないのですか?」


「……フーリン、そのことは俺もずっと気になっていたんだよね。どうして街道を歩かないの?」


「どうしてってお金の節約に決まってるじゃない、……もしかしなくても大樹は知らないか?」


「知らねえよ!! どういうこと……?。」


「街道を歩くには通行料が掛かるから、私たちってそこまで手持ちのお金も無いし節約しないと駄目かなって。」


「そうなのか……、って、もしかして街道を使わないと入国できないみたいな法律が有るとかって話!?」


 俺はフーリンから初めて街道に沿って平地の中を歩いている理由を聞いたけど、もしかしてその行為そのものが規制されているのでは、と心配になった。


 だが目の前のアマゾネスは野太い声で高らかに笑いながら、俺の心配が杞憂であると伝えてくれた。


「あっははははははは!! いえいえ、そんな法律は有りませんよ。どちらを歩いても問題ないのですが、街道は等間隔でモンスター除けの結界を張っているのです。つまり我々はあなた方にこの道はとても危険ですよ、と伝えに来ただけなのです!!」


 ……モンスター除けの結界だと?


 そんな便利なものが有りながら、フーリンはどうしてそっちを使わなかったんだ?


 節約と言う意見は理解できるけど、だったら先に俺にも承諾を求めて欲しかったのだが……、もしかしなくてもフーリンは確信犯なのか?


「だって大樹がいればモンスターと出くわしても瞬殺でしょ? だったら街道の意味無いじゃん?」


『意味無いじゃん?』じゃねえ!! フーリンも発想が軽くないか!?


 いや、確かに俺にはギフトやスキル、それにクスリが有るからモンスターに苦戦はして来なかったけど、分かっているのなら事前に教えてくれよ!!


「えっ!? ちょっと待って、もしかして何度もモンスターに襲われたのは……事前に想定されていたの?」


「うん、してたよ? そこそこ強いモンスターだったから大樹もレベルがかなり上がってるんじゃないのかな?」


「はあっ!? ……『ステータス』! って、うわあああああ!! レベルが10も上昇してる!! ……フーリンもレベルが上がってるの?」


「上がるわけ無いじゃない、だって私は戦闘してないんだから。大樹ってば何を変なこと言っているの?」


 フーリンってば何をキョトンとした表情で驚きのカミングアウトをしちゃってるのかな!?


 ……ほらあ、アマゾネス小隊の皆さんもあ然とされてますよ!!


 無いわあ、確かにフーリンだったらこのリスクを計算できたかもしれないけど、ええええ……、無いわあ。


 この子は本当に恐ろしい子だな、えええええええ…。


「あはははははは、面白い旅路ですね!! しかもこの一帯に出没するモンスターはエルフの里周辺よりもかなり強いと言うのに、……そちらのお嬢さんはあなたのことを相当に信頼していると見える、ぷっくくくくくく…。」


 おい!? こちとら命が天秤にかけられてたんだから笑ってんじゃねえよ!!


 畜生、……口に出さなかったけどモンスターの出現率が高いんじゃないかと思ってたんだよな。


 それでもフーリンが何も言わないから信じて一緒に歩いていたのに、……何かしらの理由があるのだろう、と安易の考えていた俺にも問題が有るのか?


 いやそれよりもガザンから餞別で貰ったこの『旅人の服』に有頂天になっていたのだろうな……、迂闊だった。


「……因みに街道の通行料って如何ほどなんですかね?」


「……ううん。シャリー、いくらかしら?」


「二人で10ルードです、リリーナ隊長。」


 ほあああああああああ……、たったの10ルード(日本円換算千円)!?


 あかん、俺は唐突に大量の情報と衝撃の事実を知ってしまい眩暈を起こしても不思議じゃありませんよ?


 ……フーリンにとって俺は10ルード以下なのか?


 それともフーリンがケチなだけなのだろうか。


 どうやらフーリンとの旅路は俺が考えていた以上に前途多難だったらしい……、ガザンの苦労が身に染みるわあ。

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