010.出発

 つい先ほど、エルードさんに飛び蹴りを入れるべく走って行ったフーリンがいつの間にか俺たちのところまで戻ってきていた、……しかもボッコボコにした当の得物を引きずり回しながら。


 ……何度でも言うよ、フーリンは本当に容赦を知らない子だな。


「……経験値?」


「流石はフーリン、そう言えばうまく伝わるかな! 大樹、人の動きを目で捉えるには素早さが高いだけでは駄目なんだよ!」


「そそ、ガザンの言う通り。だって素早さが上がったって視力が良くなるわけじゃないのよ?」


 なるほど、俺は二人の説明に妙に納得してしまった、と言うよりも大きな勘違いをしていたようだ。


 確かに人の動きを捉えるには視力がメインになるのだろうから、そしてそれが不足している場合に補ってくれるものがステータスと言うことかで良いのだろうが?


「つまり経験値や素早さで補えば視力を補足できるといことかな?」


「そう言うこと、俺はフーリンほど知識が無いから言葉で言い表せなくて……。でも、その様子だと大樹がここを離れるのは少し心配かな。」


 ガザンは頭を掻きながら俺を心配する仕草を見せている、だけどこればかりは実践を積みながら少しずつ改善していくしか方法が無いと思う。


「不安が無いと言ったら嘘になるけど、それは徐々に補填していくよ。」


「心配する必要なんてないわ、だって私は大樹に付いて行くって決めてるもん。私が大樹に不足している知識を補填してあげる。」


「「……はい?」」


 フーリンの唐突な発言に俺とガザンは思わず耳を疑ってしまった、と言うのもこの子は言動は色々と急なのだ。


 何やら自信満々であると言いたげな笑顔を俺に向けているけど、当の俺にはフーリンが自分にとっての恩人であることを差し引いても時限爆弾にしか見えないから大いに不安を感じてしまうっているわけで。


 何よりも現状を踏まえれば、フーリンはガザンと協力してこの村のために尽力すべきなのだと思う。


「い、いや。フーリンはこの村の立て直しを……。」


「……それも悪くないかもな?」


ちょっと!? ガザン少年は何を言い出しているのかな!?


 俺は思わぬ不意打ちを喰らってしまい眩暈を起こしてしまうそうになった、何しろフーリンの意見に今まで一番消極的だったのがガザンのはずなのだ。


  それがどうしたら『それも悪くないかもな?』等と言う答えにたどり着くのかが俺には見当が付かないのだ。


「ガザン!? フーリンはこの村を立て直すのに必要な人員だろう!?」


 流石の俺もフーリンを目の前にして『フーリンを村から出して平気なのか?』等とは口が裂けても言えないわけで、……あのエルードさんのボコり具合を見てしまってはね。


「いや、昨日の件でも大樹なら暴走したフーリンを止められると分かったから下手な心配は要らないと思って。それにフーリンが村の外で色々と学んできてくれた方が後々のことを考えるとメリットが多いかな、ともね。…それに立て直しを図るこの状況で下手に暴れられると俺の心労がさ……。」


 おおい!! ガザン少年よ、最後のセリフは小声で言っていたけど俺はしっかりと耳にしたからな!!


 ……駄目だ、フーリンはガザンの後押しで有頂天になっていて話を聞きそうにないし、当のガザンも悪い笑顔を浮かべている……。


 これは俺が折れないと話が進まなくなるのか?


 まあ、昨日の時点でフーリンは俺と一緒に村を出ると言ってくれていたし、その時は俺も嬉しいと感じたことだって事実なのだから、下手にごねるところでは無いのだろうな。


「ふう、分かったよ。フーリンは俺と一緒に行こうか。これからよろしくね。」


「大樹、イエーイ!!」


 俺が了承の意を伝えるとフーリンは両手でブイサインをしながら飛び跳ねだした、本当にこの子はノリが良いな。


 これには俺だけではなくガザンまでもが笑みを零してしまった。


 そんな微笑ましい状況の中で俺は最後に一つ疑問をガザンに投げかけてみることにした。


「そう言えば朝から旧村長のジャスを見かけないけど、……死んだの?」


「……はあ、牢屋にぶち込んでるよ。何しろ村のお金の隠し場所を吐かないから。」


 ガザンは本日何度目か数えるのが億劫になるほどの壮大なため息を吐いている、だけど今のガザンの言葉には彼が抱えている苦労が滲み出ていた。


 あのプロテイン馬鹿はこの状況になってもまだ村に迷惑を掛けようと言うのか?


 これには俺も怒り以外の感情を抱くことが出来ないでいる、となると俺がこの村を出ていく前に残せる置き土産は決定したようなものだな。


「ガザン、俺が取り調べをしよう。……絶対に吐かせてやる。」


「へっ!? ……わ、分かった、大樹に任せるよ。」


 俺は悪い笑顔と怒りの感情をブレンドした何とも言えない表情でガザンに話しかけたからか、ガザンはたじろいだように顔を引きつらせていた。


 フーリンは先ほどからずっと飛び跳ねているため気付ていないが、俺自身も水たまりに映った今の自分の表情を見てドン引きしてしまっているのだ。


 ……俺は自分の顔を視認して指名手配犯の人相書きみたいな表情だと思ってしまった、流石にこれはセルフで凹むな……。


 そして俺は凹みつつもガザンやフーリンと一緒に和気藹々と何気ない会話を弾ませながら、朝食の準備をするため村のみんなが集まっている場所へ歩いていくのだった。


………


 俺は村のみんなとは朝食後に別れの挨拶を済ませてから森林地帯の境目まで足を運んでいた。


 その見送りとしてエルフ一族を代表して村長のガザンが一緒に足を運んでくれている、これは全員で見送るとかえって仰々しいと言うことと旧村長であるジャスとエルードの監視を外せないと言う理由からだ。


「まさかあんな方法で口を割らせるとは思わなかったよ……、大樹って人畜無害そうな顔をしている割に恐ろしいよね?」


 俺は朝食をご馳走になったその足で村を出る予定だったが、その前にガザンと約束をした仕事をこなしてきた。


 そう、ジャスから金の隠し場所を吐かせる仕事だ。


 どれだけ痛めつけても口を割らないと言うことで、俺は奴の精神的な部分を刺激することにしたのだ。


 昨日の事件で俺は新しいスキルをゲットしたので、そのスキルの検証も含めてのことだったので俺としても有意義な時間となったわけだ。


「まさか大樹があの場面であんな恐ろしいこと思い付ていたなんて……、流石に私もドン引きしちゃうからね?」


 何やらガザンもフーリンも俺に失礼なことを言っているけど、俺にとってはこの世界で生き抜くための生命線なのだから仕方が無い事だと思う。


「魔力の核が暴走した時に植物に絡みつかれてピンときたんだよね。あれは吸収したプロテイン成分をもとに魔力を生み出す生産系のスキルなんじゃないか、ってね。リフレクションで試してみたらビンゴだったよ。」


 俺は昨日の件で新しいスキルをゲットしていたのだ、そしてそれは蓋を開けてみたら『触手(LV.10)』だったのだ。


 新しく手に入れたスキルをジャスに向かってお披露目すると、筋肉を失ったことが余程のショックだったのか、俺の触手が絡みつく前に土下座をしながら一瞬で口を割ったのだ。


 その甲斐もあってエルデ村は村の再建に向けての運転資金を手に入れることが出来た、……俺としてはスキルの検証が中途半端なものになってしまい消火不足ではあるけども。


「大樹には本当にお世話になりました。新しい事業の立案までして貰って、……薬草の売買に鍛冶仕事の委託とは恐れ入ったよ。」


「大したことじゃないさ、本当に大変なのはこれから実践する村のみんななわけだから。」


 俺はガザンに村の環境を活かして採取した薬草を他の街に卸す事業と、他の種族への鍛冶仕事のアウトソーシングを提案したのだ。


 あの巨大な森林であれば薬草の採取には事欠かないと思うし、今までジャスの腰巾着だったエルードをこき使うためには別の環境で鍛冶仕事をしてもらう必要があると思ったのだ。


「これで元々販売ルートがある工芸品と足せばかなりの収入になるわね、ふほほほほほほほ……。ガザン、ちゃんと私たちの豪邸を建てておくのよ?」


 フーリンは謎の笑い声を発しながら胸のあたりで指を使って丸を作るお金のジェスチャーをしているけども、この子はこういうことをどこで学んでくるのだろうか?


「う、うん。フーリンこそ何も学んでこなかったら村に入れてやらないからね?」


 どうやらフーリンもガザンに一本取られてしまったらしい、……これはもしかして当分は村に帰ってくるなよ、と言うガザンの念押しなのではないだろうか。


 ……本当にガザン少年は抜け目がないなと感心してしまう、……と言うか俺は当分の間だけフーリンのお守りをしておけと言う意味で受け取って良いんだよな?


「分かったよ、フーリンは今の状態からさらにスケールアップさせてお返しするから、……ね!?」


 俺はガザンにフーリンの成長を約束してみたが、どうやらガザンには俺の言葉がお気に召さなかったらしい。


 彼は大きく口を開けながら絶句してしまったのだ、はて? ……これはどうしたのだろうか?


「だ、大樹! お願いだから間違った教育はしないでよ!? ね、ねっ!!」


「ふうむ……。フーリン、俺のトレーニングはドーピングに始まってドーピングに終わるから厳しいよ? ……魔力を体に流し込みながらどこまでドーピングに耐えられるかから始めようか!!」


「よっしゃあああ!! 大樹の提案に乗ったわ、ガザンも私のスケールアップを期待して待ってなさい!!」


 フーリンが素晴らしい笑顔でガザンの肩をポンポンと叩いている、そしてそれに反応するかのようにガザンの肩がなで肩へと形を変えていくのを目のあたりにして、俺はついつい楽しくなってしまった。


 おっと、どうやら俺の悪い笑顔がガザンに見つかってしまったらしいな、どうやらエルデ村ともこの辺りでオサラバした方が良さそうだ。


「じゃあガザンも頑張ってねえ!!」


「あっ! 大樹ってば待ってよお!! それじゃあね、ガザン!!」


「おおいっ!! 頼むから指名手配とかにならないででくれよおおお!!」


 後ろからガザンが何やら非常に失礼な見送りの言葉を発しているが、これは逆にやる気が出てくると言うものだ。


 俺はついつい顔の筋肉が緩んでニヤニヤとした表情になってしまう。


「ふふん、……合法ぎりぎりのところを責めてやろう。」


「ねえ、大樹! 大樹ってこの世界のことを何も知らないんだから、これからどこに向かうか決めてないでしょ?」


「そうだね……、闇雲に旅をするのも悪くないけど目的地だけは決めておきたいかな……。」


「だったら私は行ってみたいところがあるんだけど、そこに行かない?」


「それで良いよ? 注文を付けて良いなら大きな都市だとありがたいかな。」


「おっしゃああ、任されたわ!!」


 俺はフーリンと隣り合って歩きながら、これからの旅路について語り合い始めた。


 そして俺たちはこれから向かう先に大きな期待と希望を抱きつつフーリンが決めた街へと続く街道を目指して歩いていくのだった。


 ……だが俺はその街でとんでもない衝撃が待ち受けているとは、この時はまだ思いもしなかったのだった。

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