009.リアルエルフ

「恐ろしく気持ちの良いマイナスイオンを感じるぞ!!」


「マイナスイオンが何なのかは分からないけど確かに感じるわ!!」


「……フーリンはノリで行動し過ぎるんだよ。だから、いつも戦闘は控えろって言うのに止めないんだよなあ……。」


 俺はエルデ村の騒動で力尽きてしまい、次に意識を取り戻したのは翌日の朝の事だった。


 そして気を失っていた俺を献身的に介抱してくれたのは他ならないフーリンとガザンの二人だった。


 今、俺はその二人と森の中で綺麗な空気を吸い込んでいる。


 すると見渡す限り木々しか存在しないこの一帯には豊かな森の恵みで溢れかえっていた。


 俺がこの世界に転移してからは風景には草原しかなかった、そしてそれはエルデ村に着いてからもそれは変わることの無かったわけだが……。


 にも関わらず俺が目を覚ますとテントの外には深々とした森林が広がっていたのだ。


 最初は俺が気絶している間にテント毎村を移動したのでは、と思っていたが、その考えは直ぐに訂正されることとなった。


 フーリンの説明によると、この土地に埋まっていた魔力の核がたった一日でこの森林を形成してしまったらしいのだ。


 そもそも魔力の核とはそう言うものらしく、姿を現すだけで自然の恵みを無限に広めてくれるものだと言う。


 そして俺たちはその恵みを食料とするために、村の辺りを和気藹々と散策していた。


「ガザン!? まだそんなこと言って私の装備をすり替える気!?」


「そうじゃなくて……、フーリンは魔力を使って暴走すると見境が無くなるから、周りが危険だって言い続けて来たじゃないか!?」


「ガザン、それってどういう事?」


 俺はフーリンの話からガザンはかなり残念な少年だと思っていたが、村長との一件で考えを改めたのだ。


 どう、もこの少年は思った以上に思慮深いようで、先の一件でも素晴らしい指揮を披露して村長を撃退したと他のエルフから聞いていた。


 だから俺にはガザンがフーリンに対して何の考えも無く竹光を持たせるとは思わなくなってきていた。


「ふう……、大樹だって見たと思うけど、フーリンは暴走すると誰にも止められないから戦闘そのものを止めさせたいんだ。でもフーリンはこんな性格だから止めろと言っても素直に従わないだろ?」


「……それがどうして竹光を持たせることに繋がるの?」


「竹光しか近接武器が無かったら魔法で対処するようになると思ったんだ……。どうせ言っても聞かないんだったら体で危機感を覚えてもらうしかないじゃないか……。」


「ああ……、なるほど。つまり体に魔力を注入して戦うのではなく魔法で対処をする癖を付けさせたかったと?」


 ガザンは額に大きな汗を垂らしながら首を縦に振っている、どうやら先日の『竹光すり替え事件』には少々誤解があったらしい。


 この少年は何も嫌がらせですり替えたわけでは無かったようだ、これはガザンのやり方も極端だけどフーリンにも問題が有るのでないか?


 何と表現すれば良いのか……、そうだ! 犬の調教師と言えばしっくりとくる!!


 ……と言う事フーリンは犬と言う事か?


「大樹もどうしてそこで『ああ……、なるほど。』何て言っちゃうの!?」


「……俺も言ったじゃないか……、ボーンラビットに襲われている時に魔法で対処すれば良かったんじゃないかって。」


「大樹の口ぶりだと、まさか……素手で戦ったのか?」


「うっさいわね!! ガザンはもっと男らしくガツンと言ってくれれば誤解も無かったのに!!」


「ちゃんと言ったのに……。」


「ガザンはちゃんと言ったけど聞く耳を持たなかった、って事で良いのかな?」


「大樹だけだよ……、俺のことを分かってくれたのは。フーリンは俺が何か忠告をすると直ぐに縄で括ってサンドバッグにするんだよ。しかもフーリンも無駄に人気があるから……村人全員が長蛇の列を作ってきて俺をボコボコにしてくるから言うに言えなくて……。」


 ガザンも人気のあり方に『無駄に』は無いだろうに……、この一言で少年の苦労が手に取るように分かってしまう!!


「ガザン少年よ……、今まで良く一人で頑張っていたな!!」


「うわああああん!! 大樹い、初めて俺のことを理解してくれる人が旅人なんて……この出会いは運命としか言いようがないね!!」


「んなっ! 何で二人だけで納得してるの!? 私だって昨日も最初は暴走しない様にと思って我慢したんだからね!」


「……大樹、そうなの?」


「うーん、良く分からないな。」


「……大樹が植物に絡まれたから旧村長みたいになると思ったら……、我慢していた魔力の使用を抑えられなくなって……。」


「フーリン! 君って子は…俺が間違っていたよ、ごめんね!!」


 まさかフーリンが俺のことをそこまで心配してくれていたなんて、……やっぱりこの子はとても良い子でした!!


ああ、お兄さんは何度でも嬉し泣きしちゃうからね!!


「大樹! 分かってくれたのね!!」


フ ーリンも俺と同じように考えているのだろう、瞳に涙を滲ませながら俺を見つめてくるのだ!!


 これは感動の一コマやで……。


「……二人とも勘違いしているけど、それだってわざわざ魔力を体に込めなくても魔法で対処できたんだよ?」


 ……言われてみればそうだな?


 これまた俺はとんでもない勘違いをしていたらしい、やっぱりガザンの苦労は並大抵のことでは無かったらしい。


 そう思うと俺とガザンはどちらからともなく男泣きをしていたのだ。


 そしてガザンと俺が抱き合いながら本気で泣いていると事の重大さに気づいたフーリンが腕をブンブンと上下に振りながら抗議をしてきた。


 流石にこの話だけはフーリンに味方をするわけにはいかないだろうと、俺はフーリンのためだと割り切って厳しく接すると心に誓うのだった。


………


 俺は三人でエルフたちの集落に戻ってきていた、途中でフーリンが俺とガザンに抗議をして来たけど、ある意味で平和になったのだと感じれるこの状況に事件の落着を実感することが出来た。


 そして集落まで戻ってきた俺は、その大きな変わりように改めて驚いてしまった。


 俺がこの風景に驚いた一番の要因は、魔力の核が一日で森を形成してしまったため元々建てられていたテントが全て破壊されてしまった事だ。


 寝床を失ったエルフたちは破壊されたテントの素材からまだ使えるものを選定して、再び住居を建て替えなおしているのだが、森の中と言うことで既に生えている木を活かしつつ作業を進めることになった。


 その結果、大きな木々の枝の上に住居を建てる、と言うことで話が纏まったようだ。


 そしてその案を出したのは他でもない新しい村長のガザンである、これは旧村長との戦いで素晴らしい指揮を取ったことが認められてエルフ一族の満場一致を受けての選出だった。


 ……約一名を除いてはだけどね。


「……どうしてガザンが村長に選ばれるのよ。」


「フーリンもそんなこと言わないで協力してあげればいいのに。ガザンもこんな状況で村長になって大変なんだろうから。」


「うーん、大樹の言葉は一つ一つが心に染みわたるよ……。集落の再興なんて何から手を付ければ良いのか分からないんだよね。」


「そうやって焦らないで堂々とやれば良いんだよ。そう言えばガザンは村の雰囲気を変えてたいんでしょ?」


「そうなんだよ! 旧村長の良く分からない言葉の訛りとか、他人を襲ったり脅したりして金品を巻き上げるのだけは止めていきたいんだ。……無駄な敵を増やすのだけは避けたていくべきでしょ?」


 ガザンが一族の方向性を淡々と話しているけど、俺は感動に打ち震えているのだ。


何故かと言うとその方向性は俺の抱いていたエルフ像にドンドンと近づいているからだ!


 やっぱりエルフは脅しとか強盗とかしては駄目な種族なんだ!!


 ガザンは本当に素晴らしい村長になってくれそうで俺は心から安堵しているのだ。


「それでいいと思うよ? それからこれは俺の心配事として受け取ってほしいんだけど、もしこの森で生活を続けるのであれば鍛冶仕事は止めた方が良いと思うんだ。」


「どうしてよ? エルードは失脚したわけだし、これからは下っ端としてこき使えばいいのに。」


「……なるほど。つまり大樹はこの生活環境が鍛冶場を設置するのに不向きだって言いたいんだね?」


 俺はこのガザンと言う少年と話をしていて思ったことがある、どうやらこの少年はとても話の呑み込みが早いのだ。


 ガザンもそうだけど、フーリンも物事を冷静に判断することが出来るし、この世界の少年少女はどうなっているのだろうか?


「そうだね、鍛冶場は火を使うわけだから、森林の中で鍛冶仕事をすると火事になる可能性があると思うんだ。」


 ……鍛冶だけにね、なんちゃってええええええええ!!


「……大樹、今、とっても下らないことを考えてなかった?」


 フーリンが俺の心を読んだかの如くピシャリとツッコんできた、……フーリンの前であまり余計な事を考えるのを止めよう……。


「そ、そんなことないって! ……後は煙とかも大量に出るだろうから、それを森林の中に撒き続けるのはどうも……。」


「……うーん、大樹の言う通りかも知れないな? ここは森林だから動物だって移住してくるかもしれないし、それを考えると良くないね。」


 ガザンは俺の言ったことを理解した上で、腕を組みながらブツブツと独り言を呟いて一人の世界に入り込んでいった。


 しかしフーリンとガザンは本当に対照的な二人だと改めて思った。


 フーリンは豊富な知識量をもとにそれを出来事に当てはめることが得意で、ガザンは新しい事を始めるのに必要な土台の構築を考えることに長けている様だ。


 この二人が仲良く手を組めばこの集落も瞬く間に再生できるのではないだろうか?


「大樹とガザンの言い分は理解できるけど、今後の収入源はどうするの? いくらなんでも完全な自給自足は無理でしょう?」


「そうなんだよなあ、……二人とも正しいことを言っているからなあ……。」


「それについても俺に案があるんだ。二つほどこの村に新規事業の立案をしようと思っていてね。」


 俺が自信満々の笑顔を二人に見せるとそれぞれに俺を警戒したような表情を見せるが、二人とも最終的に信じてくれたようだ。


 二人とも呆れたのか諦めたのか良く分からないが、ため息を吐きながら首を小刻みに左右に振りだした。


 なんやかんや俺はこの二人と信頼関係を築けたことがこの村で得られた一番の収穫だと思っている。


 ……だが、俺が感動に打ち震えていると昨日までとは明らかに違う村人たちによって現実へと引き戻されることになった。


「あら、大樹様。本日もご機嫌麗しく。」


「これは大樹様。本日は兎を捕らえることが出来ましたので、後ほど朝食でお出ししますね。森の恵みに感謝を。」


 ………。


「お、おはようございます。あははは、尊い兎の命を大切に頂きましょう!」


 俺が寝込んでいる間にガザンが村人に品行の大切さを説いたらしい、つまりはこれが彼の考える村の雰囲気や方向性なのだ。


 それでもあの野党然とした村の男衆やキャバ嬢然とした女衆がどうしたらここまで変わることが出来るのだろうかと感心してしまう。


 ……だが現実はあっさりとしていて、要は村人全員があの旧村長を好ましく思っていないかったと言うことだ。


 野党みたいな口調や行動は全て旧村長の命令で行われていたらしく、生活環境がここまで変わった今となっては生き方そのものを変える良い機会になったのではないかとも思う。


 と言うかガザンの方針って俺の抱いていたファンタジー世界のエルフそのものなのだと何回でも叫びつくそう!!


 ……これほどの感動を俺はこの世界に来たから感じたことは無いのだ。


「……あのプロテイン馬鹿は本当に村のことを腕力だけで解決してたんだな?」


「大樹、今更だよ? って、フーリンはいきなり走り出してどうしたの!?」


 俺の呟きに反応したガザンだったが、同時にフーリンがその場から何の前触れもなく走り出したことに驚いた様子を見せた。


 ……俺も一瞬だけフーリンの姿が視界に入ったけど、何やら怒っていなかったか?


 俺とガザンはフーリンの姿を追いかけると、その先に『あの人物』の後ろ姿を目にしたのだ。


「あ! ガザン、エルードさんが荷物をまとめて脱走してるんじゃないのか!?」


「本当だ!! ……あれだけ旧村長の腰巾着をして来たから居心地が悪いんだろうけど……。もう良いや、フーリンに任せるから。」


 フーリンはエルードさんの後頭部に飛び膝蹴りをお見舞いしたようだ、しかしあれだけの助走を付ければ……って! あのおっさん、倒れてピクピクと体を痙攣させてるな。


「あのおっさんはアホや。……そう言えばステータスで聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」


 俺は今のフーリンの動きを見て思い出したのだ、昨日の事件で俺自身が理解出来ていないと思うことがあると。


 ガザンは俺が真剣な表情をしているので何事かと思ったのだろうか、足を止めてからこっちに顔を向けて話を聞く体制に入ってくれた。


「……重大な事?」


「転移者である俺にとってはね。俺のステータスって素早さがMAXらしいんだけど、昨日のフーリンのフルスイングパンチを目で追えなかったんだ。どうしてかな、と思ってね。いくら魔力やドーピングで強化していてもフーリンが俺の素早さを上回るとは思えないんだよね……。」


 ガザンは俺の質問に頭を悩ませるようなジェスチャーを見せ始めた、これはどういうことだろうか?


 このガザンの反応を見てしまうと、俺の質問はそんなにおバカな発言だったのだろうか?


 ガザン少年よ、お兄さんは心配になっちゃから早めの返答を求む!


「うーん、これはかなり難しいんだよね。フーリンなら上手く説明できるんだけどな……。」


「大樹の質問に答えてあげる、それは大樹の経験値が少なすぎるのよ。」

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