008.落着

「あの赤く輝いている石が魔力の核!?」


「だから、そうだって言っているだろう!!」


 俺はこの事実に驚愕するしか無かった、何しろフーリンの説明だと核は地表から最低でも100mは掘らないと出てこない代物だったはずだのだから。


 と言う事はフーリンが村長を殴り続けた衝撃が、核が眠る深さまで影響を与えたことになるのだから、……だがこれは奇妙な話だ。


 何しろフーリンはボーンラビットと言う大して強くないモンスターに接近戦で手こずっていたはずなのだ。


 そして彼女は俺の目の前にこれだけのことを成してしまっている、これは明らかな矛盾だ。


 そう、強さが矛盾しているのだ、……確かに俺はフーリンにお手製のクスリを渡したけど、それでもここまで強くなるものなのか?


「……フーリン!! もう十分だ、君のおかげで魔力の核が見つかったよ! って、聴こえてるのか!?」


「ぬおああああああああああああああ!!」


「ひぎゃっぴいいいいいいいいいいい!!」


 駄目だ! フーリンには俺の声が全く届いていないらしい!!


 ……この状況は俺も何度か体感したことがある、あれは恐らく『ゾーン』に入ってしまっているのだろう!!


 超一流のアスリートが特殊な精神的トリガーを引くことで入り込む超集中状態、それが『ゾーン』だ。


 まあ、俺が体感した時は例外なくドーピングをした時だったから、俺自身が超一流のアスリートかと言われると素直に首を縦に振れないのだけれど。


「旅の人! フーリンは魔力を拳に込めた状態になると周囲の声が聴こえなくなるんだよ!!」


「大樹だ! ガザン君、それはどういうこと!?」


「俺も呼び捨てで良いよ! 俺たちにも良く分からないんだけど……、とにかくフーリンは魔法以外の方法で魔力を使うと理性を失って周囲からの音が聴こえなくなるらしいんだよ!!」


 えええええ……、つまりあれってフーリンは魔力をドーピングに使っていると言う事なの?


 要はフーリンにとっての『ゾーン』に入るトリガーは魔力と言う事なのかな?


 しかしそんな状態のフーリンをどうやって止めろ言うんだ……、そもそも俺はフーリンにクスリを全て渡してしまったからな。


 ……念のためにあの後すぐ、クスリをいくつか追加で作っておいたけど……、やるしかないか。


 俺は意を決して手で握りしめているクスリを全て口の中に放り込んで、自分の両手で頬を叩いて気合を入れ直してみた。


「くっそ!! 声も音も届かないのなら、俺だって力ずくで行くしか方法が無いだろう!!」


 本音を言うと俺も『バーサーカー』のギフトを使いたいところだけど、それも今のフーリンと同様に理性を失うらしいから。


 理性を失った状態でどうなるかが目の前で検証出来ている以上はリスクを避ける努力をするべきだ、それ即ちこの場にいる村人全員をさらなる危険に晒すかも知れないのだから。


 そもそも俺は使い方自体も良く分からないしな。


 だったら出来ることからやるしか無いだろう!!


 ……それにこの状況になったのだって俺の詠唱が原因なわけで、それは確実に俺の引け目だ。


「ガザン! 俺はあそこに突っ込むから後は任せたぞ!?」


「大樹は怖くないのか!?」


「怖いに決まってるだろうが!! でも、何もしないと言う選択肢は無い、今日この場を持って俺はリアリストの肩書を捨てるんだよ!!」


「……大樹は凄いな。俺なんてフーリンをあんな風にしたくない、と思って武器を竹光に変えたりして、小細工しか出来なかったのに。」


 へえ……、ガザンがフーリンに中世的なことを言っていた裏にはそういう思いが有ったのか。


 これはこれでガザンのフーリンに対する想いを感じると言うものだ、それに何より彼の表情が想いの全てを語っているように感じる。


 だけど、それも全てが解決してからじっくりと聞くことにしよう!!


「ガザン、そう言う事は本人に直接言ってあげれば良いさ。……いっくぞおお!!」


 俺はガザンにアドバイスを残してからフーリンと村長に向かって走り出した、これでも一応は出来得る対策はしているつもりだ。


 と言うのも、フーリンの飲んだクスリはそろそろ時間切れになるはずなのだ、これは俺が陸上の大会でレース後のトーピング検査をすり抜けるために検証を済ませていることだから間違いないはずだ。


 ……それに俺自身が先ほど飲んだクスリもそろそろ効力が効いてくる頃だから、そこに期待するしかない。


 これでどうにもならなかったら、もはや手の打ちようがないんだよ!!


「フーリン! 痛かったら後でいくらでも誤るから勘弁してくれよお!!」


 俺は村長を無慈悲に殴り続けるフーリンを羽交い締めにしてその暴走を止めるしか方法が思い付かなかった、だが想定以上に魔力ドーピング状態のフーリンの力が強くて俺が少しでも油断をしようものならフーリンは再び暴走する勢いなのだ。


「うがああああああああああああ!! 村長あああああああああ!!」


「………へっ? フーリンの攻撃が止まった……、うほおおおおおおおおおお!!」


 俺がフーリンを制止することに手いっぱいの状態でいると、村長は突然狂った様に笑い出したのだ。


 あっちはあっちで何があったんだ!?


フーリン、お願いだから良い子に戻ってくれ!!


「……村長、もう降参しときなよ?」


「何をぬかすかあ!! フーリンがいなくなればこっちのものじゃけえ、今ここでエルデ村のガールズバー建設を宣言しちゃるきい!! その魔力の核を売り払えば超高級ガールズバーの建設も夢ではないぞ!!」


 この村長は本当にどうしようもない奴だな!


 何をどう考えたらそんな発言に行きつくかな!?


「……お前がそんな悪政を敷くからフーリンが村を代表して怒り狂ってるって分からないのか!?」


 俺はフーリンを制止しながら無理やり声を発している為、腹に尋常ではない負担が掛かっているのだ。


 この状態が長時間続いてしまっては俺もフーリンを制止することが出来なくなってしまう!


「……ほほう。大樹よ、おまんはフーリンを制止するだけで手いっぱいな様じゃのう……、ならばおまんら二人まとめて始末しちゃるきい!!」


「……フーリンまでやると言うなら、俺は今ここでこの制止を止めるだけだぞ! !村長って本当にアホなんだな?」


 村長が不用意にも二刀ドスを構え始めたので、俺は当たり前のことを言ってみた。


 だが、このアホはそこまで考えていなかったらしく『うっ!』とだけ言って後ずさりをしていた。


「じゃかあしい、儂はこの村の村長だぞ!? じゃけえ、今ここで村の連中におまんらの始末を命じるだけじゃああああああ!!」


 こいつは本当にこの状況を理解しているのか?


 お前には既にそんな権限があるわけ無いだろうに、こいつは村人から石礫を投げつけられたことを忘れていると言うことか。


 ……ほらほら、村人全員が恐ろしい目つきであんたを睨んでいるのが分かりませんかね?


 もうここから俺はフーリンを制止することに集中するとしようか……、寧ろその方が上手くこの騒動を解決出来そうだから。


「……ああ、ガザン? そこのアホは君たちに任せても良いかな?」


「大樹! これは俺たちの村の問題だ、頼まれなくてもやってやるよ! ……寧ろ、無関係なのにフーリンを止めてくれてありがとうな?」


 ガザンはフーリンから聞いていた話よりも良い奴だった、それに責任感もある。


 こういう若者に村の未来を託せば良いのに、と心の中でふと思っていしまった。


 そしてガザンの啖呵に呼応するように俺に向かって村人たちが歓声を上げだした!


「「「「うおおおおおおおおお!! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹!」」」」


 ここまでされたら何が何でもフーリンを抑えてみせるぞ、これで応えられ無かったら日本男子陸上短距離走のエースなんて張ってられないんだよ!!


「よおおおおし、任された!! 村長とエルードさんの始末は皆に任せるからな!!」


 ……と言っても俺の村の皆に対する引け目は消えないんですけどね。


「ぐわっはっはっはっはっは!! おまんらはアホじゃのう!! わしがツインソードの使い手だと忘れとろうが、お前ら程度が束になって適うはずがないじゃろうに!!」


 久々に村長のデフォルトを耳にしたな……、だけどこいつも完全に忘れているのだろうな、…あの事を。


 見ていて哀れだから、一応思い出させてやろうか?


「ああ……、村長?」


「何じゃあ!! おまんは今頃になって命乞いかあ!?」


 そんなわけ無いだろうに、さっきはこの村長を哀れと感じていたけど、今になっては見ているだけで脱力状態になってしまうから言葉を選んでくれないかな?


 ……脱力するとフーリンを制止するがキツくなるんだよね。


「忘れている様だから言っとくけど、村人全員がさっきの騒動で魔力を使えるようになっているんだぞ?」


 そう、つい先ほどフーリンが言っていたことだ。


 魔力の核に影響されて村人全員が魔力に目覚めてしまっている今となっては、村長一人の力でどうやって総勢50名のエルフを抑えつけるのだろうか?


 村長のツインソード(LV.9)と言うスキルを直接見たわけでは無いが、村人が魔力を扱って村長を攻撃するところは見たわけで。


 ……こんなやり取りで時間を使ったからか、フーリンの制止に集中してこの場に立ち尽くしていたからか、俺の足元に植物が絡みつてきている。


 核はまだプロテイン成分を欲しているのだろうか?


 出来れば俺は村長やエルードさんみたいなミイラにはなりたくないので、なるべく急いで欲しいんだよな……。


 おーおー、どういう原理かは分からないけど、村人全員が掌に炎や水を作り上げてジリジリト村長との距離を詰めていく。


「お、おまんら!! 儂はこの村の為を想ってじゃなあ……!!」


「さっき無給で女の子をガールズバーで働かせるって言っていたよね?」


「じゃかあしい、大樹は黙っとれい!! おまんらは本気でこの村長に盾突く気じゃなかろうな!?」


 村長も威勢の良いことを言ってはいるけど、明らかに少しずつ後退してるのが俺の角度からは見えてしまう、どうやらこの村長もアホではあるが戦力を計算する程度の頭は有るらしいな。


「ああ……。悪いんだけど、俺も植物に絡みつかれ始めて養分を吸い取られそうだから、急いで村長をボコってくれない?」


「「「「うおおおおおおおおお!! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹! 大樹!」」」」


「皆、大樹を救うためにもサクッとこのアホ村長を片付けるぞお!!」


 俺は自分の置かれている状況を素直に吐露して村長への対処を急ぐようにお願いしてみたが、ここまで呼応してくれるとは思わなかった。


 先ほどのガザンの言い分も分からなくはないが、それでも俺はこの村からすればよそ者なわけで、それにも関わらず俺を救うためにあそこまで団結してくることに感動しているのだ。


 ……ん? フーリンが暴れなくなったけど、一体どうしたのだろうか?


 俺は羽交い締めにしていたフーリンに目線を落とすと、先ほどまで村長を殴り続けながら鬼の形相をしていたフーリンがキョトンとした表情になっているではないか!


「もしかしてフーリン、落ち着いてくれた!?」


「大樹ってば、どうして私を羽交い締めにしているの? ……もしかして私が暴走しちゃったのを止めてくれたって事かしら?」


 助かった!


 俺が先ほど飲んだクスリの効力がそろそろ無くなりそうだったから、本音を言うと焦っていたのだ!!


 俺は安堵した瞬間に力の限り握りしめていたフーリンの手を解放して、その場で倒れこんでしまった、この感覚は当分の間は立てそうにないな。


「大丈夫!? 大樹ってばしっかりして!!」


「大丈夫だって、それよりも村長はどうなってる?」


「……悲鳴すら上げる暇も無く村の皆にボッコボコにされているわね。口に水を突っ込まれているから声を上げることが出来ないみたい……。」


 俺はその場に倒れ込んでしまった、そして精魂尽き果ててしまい首を持ち上げることもままならなくなり、フーリンに現状を確認すると、思った以上の惨事になっている様だった。


「村の皆が俺を助けるために立ち上がってくれたんだ……、これは感謝しないといけないね。」


「それだけ村の皆が大樹に感謝しているって事さ! ……元々村長の力づくでの統治に嫌気がさしていたから、今回のきっかけをくれた大樹にね。」


 俺が大の字になって倒れ込みながら呟いていると、俺の視界にガザンが入り込んできて話しかけて来ていた。


 この少年とはじっくりと話をしてみたい、今回の一件で俺はそう感じるようになっていたのだ。


 だけど、もはや力尽きた俺にはそんな余裕も無く、一言だけ残してその場で気を失いのだった。


「ガザン、君とは後でゆっくり話をしてみたいんだ。酒でも飲みながら語り合いたいな。」


「おう、俺も大樹と話がしたいと思っているんだ!! ……だから今は俺たちにここを任せてゆっくりと休んでくれ… …。」


 俺はこの場をガザンに任せておけば安心だと確信して、ゆっくりと目を閉じることにした、そして意識を失っていく最中に村長の情けない悲鳴を耳にするのだった。


 村長は口に詰め物をされていたはずなのに、どうやって悲鳴を上げたのだろうか?


「ひぎゃあああああああああ、ガールズーバーを建てたら儂が太客になっちゃるきい!! ひっ!! フーリンは近づいてくるなああああああああ!!」


「黙りなさい!! このっ、膝枕フェチ野郎があ!!」


「ほぎょおおおおおおおおおお!!」


 ……そろそろ意識を失いたいから静かにしてくれないかな?

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