007.フーリンの秘密
「村長がとうとうミイラみたいになってしまった!」
「大樹、エルードさんもミイラになってるんだけど!?」
フーリンの声に反応して俺はエルードさんの方を見てみると、村長と同様に干からびたミイラの様になっていたのだ。
先ほど村の皆に羽交い締めにされていたと思ったら、いつの間には植物に絡みつかれていたらしい、この植物ってどういう原理でプロテインを吸っているんだよ!
もしかして、いやもしかしなくても俺も二人みたいになってしまうところだったのか!?
あの二人の末路はステロイドを日々過剰摂取し続けた男がたどる末路と同じなのでは無いだろうか……、どうしてドーピングのリスクを計算してきた俺まで同じ目に遭うんだよ!!
「いやだあああああああ!! フーリン、何とならないの!?」
「…ねえ、大樹ってどうしていきなり植物に狙われ出したの? さっきまでは見向きもされなかったのに…?」
「分からないよ! 吸い取るプロテインが無くなってきたからじゃない!? そんなこと言ったらフーリンだって吸われてないじゃないか!!」
「仕方がないじゃない! 私だって性別は女なんだから、筋肉が少ないんだろうし……って、あれ?」
フーリンがこの植物と対峙してから何度か怪訝そうな表情を浮かべているが、またしても何かが気になっている様だ。
本当にこの子は冷静なんだから……、俺なんて一度筋肉を吸われているからそれどころでは無いと言うのに。
これはいよいよ逃げる算段をしていた方が良いのでは無いだろうか、フーリンには悪いけど金・女・筋肉に狂った村長たちを助ける義理なんて無いからな!
……一泊の恩はあるけどこの状況は話が違うよな、でもフーリンだけは何とか助けたいところだけど、どうしたものか。
「フーリン! そろそろ逃げる事も考えておかないと……、ってフーリン!? どうしたの?」
「見て、村の皆がいつの間にか倒れているの! でも植物は一切絡みついてないし、どういうこと!?」
俺がフーリンと同じ方向を向くと確かに村の皆が倒れこんでいる、しかもこれまた大口を開きながらと言う間抜けな表情を晒しているから村長たち以上にミイラ感があるな……。
「植物に絡みつかれたのは村長にエルードさん、それに俺だけ? ……もしかして植物が絡みつくのってドーピングをした奴だけってことなのか? でもエルードさんってプロテイン飲んでるの?」
「ああ、そうかも。エルードさんも村長に隠れてこそこそとプロテインを飲んでいたし。」
エルードさんって最初に会った時は偏屈な職人気質と言う印象だったけど、フーリンから聞く限りだとどんどん小物に成り下がっていくな……。
だけどこの推測が正しいのならばフーリンを含めた村の皆はミイラになる心配は無いと言う事だ、そうなると当面の心配は……。
「核の暴走に影響を受けた皆はどうなるの?」
「どうにもならないわ。個人の才能に左右されるけど、私みたいに魔法が使えるようになるだけだから。」
「ええ? と言う事はこの騒動って村長とエルードさんを助けるだけのものなのか……、俺だけ逃げても良い?」
この騒動をまとめると偶然にもこの一帯のどこかに魔力の核があって、偶々その暴走に必要な媒体と詠唱が揃った、だけど、その暴走自体が人に悪い影響を与えない、と言うことか?
であれば俺もフーリンも何もしなくて良いのではと考えてしまう。
助ける対象が可愛い女の子とか村人から尊敬の念を一身に集める立派な村長だったらまだしも、実態がただのプロテイン馬鹿だとやる気が出ないだろう……。
あ、村長とエルードさんがピクピクと動いているけど限界なのかな?
「そう言えばそうね……、逃げちゃう? 大樹が逃げるんだったら私も付いていくけど……、でも村の税金って村長がどこかに隠しているから、このまま死なれたらマズいわね。」
出たよ!! 悪い奴にありがちな隠し財産……、しかもそれが村の税金だと言うから尚のこと質が悪い。
この村長は見た目だけでは無く中身までもがヤクザだったらしい、……いやマフィアか?
だけど弱り切った今の村長からなら無条件で金の隠し場所を聞き出せるのでは無いだろうか、如何にクズ野郎でも一応は村長なわけだし村のことを第一優先に考えているはずだろう?
「おい! 村長、聴こえているか!? この村の税金の隠し場所を教えてくれ!! この村のことを大事に思っているなら、村人にそれを伝えるべきなんじゃないのか!?」
村長の状態を見る限りだとプロテインや筋肉と言った吸われるべきものを全て吸い尽くされた状態と言った様子だし、すでに植物も体に離れているので俺の声は聴こえていると思うんだよね。
後は村長に声を出せるだけの体力が残っていれば良いのだけど、こればかりは話してみないと分からないのだ。
おっ!? 村長が体を小刻みに動かし始めた……、これはギリギリ間に合ったのか!?
「うううっ……。おまんら……、金だけ持って逃げる気じゃろう?」
「誰がそんなことするか!! 逃げるって言うのは俺だけで、村の今後を考えたら誰かに金の在り処を伝えないと駄目だって話だろうが!!」
……確かに少しは考えてましたけど?
「儂が死ぬことを前提に話を進めと言う事じゃろうが……、どうしよっかなあ?」
こいつ……、吹けもしないくせに口笛を吹くような仕草をしてすっとぼけてやがる!!
村長の奴、自分がもう助からないと思って好き放題にやる気だな!!
あわよくば村の皆や俺を巻き込んでしまおうと考えているのだろう、さっきのエルードさんと言いこの村長も本当に小物だな!
およ?
フーリンがいつの間にか俯いているけど、俺と同じように村長が小物だと感じて落ち込んでしまったのかな?
確かにあの発言を聞いてしまえば、そうなるよね?
あんな奴が今まで村で一番偉かったと言うのだから普通の感覚だったらガッカリしても不思議ではないだろうに、フーリンも不憫な子だと思うよ。
「大樹、……大樹のドーピング剤を貰っても良い? 体に害は無いんでしょう?」
「ええ!? また作れるから渡しても良いんだけど何に使うの?」
……俺の背中に悪寒が走ってしまった、それはフーリンから何か不吉なものを感じ取ったからだ。
何と言うか今のフーリンの声からは先ほどまで俺と話していた時の様な温かみを感じられない。
……どう表現すれば良いのだろうか、まるで感情を持たずに働く機械とでも表現するべきか。
いや、機械以上に冷たいものを感じてしまうのだ……、もしかしなくてもフーリンさんは怒ってらっしゃいますよね?
「大樹!! ドーピング剤を全部! ありったけ頂戴!!」
「はあああああああい!!」
うおおおおお!! 俺がフーリンにありったけのクスリを渡したら豪快に全ての錠剤を口の中に放り込んだぞ!?
しかもラムネを食べるかの如く、ボリボリと噛み砕いてから一気に飲み込んでしまったではないか……。
村長が余計な事を言ったからだろうな、……俺はもうどうなっても知らないからね?
俺がことの顛末に匙を投げるとフーリンはクスリを飲み込んでから静かに村長に近づいていった、そしてその過程で俺は気づいてしまったのだ、フーリンの背中から禍々しいオーラが虎の顔になって浮き上がっていることに。
事が済むまで目を瞑っておくか?
「何じゃい!! ……フーリン、おまんも同罪じゃあ!! じゃが、おまんが儂に膝枕をして泣きながら頼めば……話を聞かんでもないぞお?」
村長もこれ以上余計な事を言わない方が良いぞ!?
フーリンの後頭部に巨大な血管が浮かび上がってますからね!!
「ふーん…………、私に膝枕をして欲しいんだ?」
「……因みにそのクスリって効果が出るのに少しだけ時間が掛かるから、フーリン聴こえてる?」
「聴こえてるわ……、大樹の声なら無条件で聞き取れるから大丈夫。」
とか言いながらフーリンが拳を握りしめているじゃないか!!
ぎゃああああああ!! フーリンが腕を振りかぶったああああ!!
あれは確かこの村に着いた時にガザンとか言う少年の顔を変形させたフルスイングパンチと同じ構えだ!!
「………ムリレ(死になさい)。」
「なんじゃあ? ……フーリン、そないな笑顔を見せよって、そそるのう。さては儂に膝枕をする気になったんか!? ええじゃろう! ……じゃが膝枕が固かったらどうしようかの?」
だから村長もこれ以上余計ないことを言うんじゃありません、そそるってゴミの発言じゃないか!!
どうしてそんなにまで模範的なクズエルフになれるのかな?
俺の角度からは見えないけど村長の言うフーリンの笑顔って、それは恐らく怒りを通り越したから笑顔になっているだけなんじゃないのか?。
はい、フーリンが地面に倒れている村長に向かって拳を放ちました!
だけど拳速が速すぎて視認できませんがな!!
「ごぶふうううううおおおおおおおおおお!!」
ぎゃあああああああ!! フーリンのフルスイングパンチが村長の顔面を捉えてしまった!!
しかもパンチの威力が高すぎて地面が地震でも発生したかの如く、揺れに揺れているんですけど!?
それにフーリンもどうしてイタリア語で『死ね』とか言っちゃうかな!?
この世界でもイタリア語が通じるってことお!?
「まだまだあ!! ……何発でも打ち込んだからああああああああああああ!!」
「……フーリンが何処か遠くに行ってしまったような感覚だよ……。」
「大樹い、大丈夫だからね? このゴミを片付けたらもとの私に戻るからね。」
どうやらフーリンの怒りは村長に対してのものらしく、俺にはいつもの優しい口調で話しかけくれた。
でもね、それが逆に怖いんですけど。
それにしてもフーリンは村長を殴りつけながら俺に話しかけてくるけど本当に器用だよな……、それに村長と俺に向ける感情の起伏が激しすぎる気もする。
まるで二重人格者であるかのような、そんな違和感を俺はフーリンに抱き始めていた。
「ほげええええええええええっぽひざまくらああああああああ!!」
「膝枕の代わりにラッシュを上げてるでしょおおおおおおおお!!」
フーリンも容赦がないな!
すでにミイラ化している奴に数えきれないほどのフルスイングパンチを打ち込むとは!
それに村長もあれだけのパンチを浴びておいて、意識が飛ばないってどんなスタミナをしているんだって話だ!!
やっべえ!!
フーリンが村長へパンチを打ち込むたびに地面の揺れがどんどん大きくなっていくから、立つことすら困難になって来た、……これっていつまで続くの!?
それにフーリンの飲んだクスリは遅効性だから、『これから』威力が大きくなるはずなんだよね、そうなったら地面がパックリ割れるんじゃないのか?
…そろそろ効果が出てくる頃かな?
ん? 何やら後ろの方で話し声が聴こえるけど、どうしたんだ?
俺が人の声が聞こえる後方に振り返ると、この村のみんなが意識を取り戻していたのだ。
それぞれが現状を把握出来ていないために混乱をしている様子を見せている、……それは何と言ってもフーリンが村長をボッコボコにしている最中だからな。
それは混乱するだろうよ……、と考えていたら一人のエルフが俺に走り寄って来た。
彼は確か俺が村に到着した時にフーリンに顔面整形をされた……名前はガザン君だったよね?
「この状況ってどうなってるんだよ!? あんたって昨日、フーリンと一緒に村に来ていた人間だろ? 状況を説明してくれ!!」
「状況の説明も何も目の前で起こっていることが全てとしか言えないな、……そう言えば君って昨日の宴会にいなかったよね?」
「いるわけ無いだろう!! 昨日縄で木に括りつけられてそのまま放置されてたんだぞ!? ……やっとの思いで抜け出してきたんだからな!!」
……マジで? フーリンも本当に容赦ない子だな……、俺にはあんなに優しいのに…。
しかしそれだけこのガザン少年が嫌いだということだろうか……、まあ『竹光すり替え事件』を考えたら仕方がない事だとは思うけど。
だけど今はそんなことを考えている状況でも無いな、いつの間にか俺はガザン少年以外の村人たちに囲まれて状況の説明を求められているのだから。
だけど俺にこの状況を上手く説明できるのか?
フーリンだったら……、やっぱりダメだ。あの子は戻ってこないか……?
「えっとね……、端的に言うと村長の買い込んでいたプロテインが媒体になって魔力の核って言うのが暴走したらしいんだけど……。」
うん、嘘は言っていないぞ! ……ただ俺が詠唱をしてしまったことを隠しているだけだ。
そして俺が状況の説明をするとガザン少年以外の村人たちが一同に怒りの表情を見せ始めた。
……俺の説明だと村長に全て責任があると言ったようなものだからな、だが俺だって陸上界ではドーピングを隠し続けていたのだ。
騙しきってみせるぞ!!
って、さっきよりも地面の揺れが大きくなって来たああああ!!
これはフーリンにクスリの効果が出始めたんじゃないのか!?
「ぎょええええ!! フーリンが拳に魔力を込め始めた!!」
「ガザン君だったよね? 拳に魔力を込めるとパンチの威力が増すの?」
「増すなんてものじゃないから!! それにあんな器用なことを出来るのは村ではフーリンだけだからね!!」
ガザン少年はムンクの叫びを通り越して、軟体動物の如く体をくねらせながら叫び始めた。
……しかしそうか、実のところフーリンの攻撃が物理攻撃が効かないはずの植物にどうして効くのか分からなかったけど……、これは後で確認する必要があるぞ?
「ラストスパアアアアアアアアアアアアアアト!!」
「ウンギョゲマクラアアアアアアアアアアアア!!」
だから村長はどうしてそこまで膝枕に固執するんだよ!!
しかしどうやらフーリンも攻撃は最終段階に来たらしい、そしてそれに同調したのかの様に地面の揺れが最高潮に達した。
これは立っていられないレベルだぞ?
体感で言えば震度8以上の揺れとでも言えば良いだろうか、とても一人のエルフが起こしている状態だとは到底思えない!
この状況になって先ほどまで俺を取り囲んでいた村人たちが一斉に静まり返った。
もはや誰もがこれは手の施しようが無いと確信してしまったのだろうな。
「……だから俺はフーリンが村の外に出ることに反対したんだ。」
ガザン少年が何やら独り言を呟いていた様だが、これがフーリンの言っていた中世的と言う事なのだろうか?
ん? ……とうとう地面が割れだしたあ!?
フーリンの後方で地面にヒビが入っていた、そして俺がその様子に驚いてそのヒビを凝視していると、そこから光が飛び出してくるではないか!!
「おい、旅の人間! あの光は魔力の核だ!」
俺が地面から飛び出してきた光に唖然としていると、隣にいるガザン少年が話しかけて来た。
だか少年の態度は決して慌てているものでは無い、大声ではあるが寧ろ落ち着いている様な印象を受けた。
そして次の瞬間、ガザン少年が魔力の核だと言って指で指し示した場所からフーリンの言葉通り掌サイズの光る石が飛び出て来たのだ。
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