006.暴走
「フーリン、この世界って人の体が萎(しぼ)むのって普通のことだったする?」
「ごめん、大樹。あなたの言っていることの意味が分からないわ。」
俺は目の前で村長の体がどんどん萎んでいくこの状況に頭を混乱させているた、そしてこのことをフーリンへ確認をしてみたが、どうやらフーリンも状況を理解出来ていないらしい。
「うおおおお、……これはどうしたんじゃあ!? 儂の体からプロテイン成分が吸い取られていく感覚がするぞい!! じゃけんこの巻き付いてくる草を振り解きとうて暴れとるのに……、力が入らんぞい!!」
「プロテイン成分って何を言って……、プロテインもある意味ドーピングと言っても良いのか? あれって傷ついた筋肉に無理やりタンパク質を摂取して修復を促すんだったな。」
「大樹! 村の皆が魔力を使い始めてるんだけど、投げつけてるものが帯びてる光って魔力だわ!!」
「フーリン、魔力っていきなり使えるようになるの!?」
「そんなわけ無いじゃない! って、地響きまで鳴り出してる!? ……もしかしてこの土地に魔力の核が埋まっているのかしら?」
フーリンが何かに気付いたような、そんな表情をしているけど、どうしたのだろうか?
それに『魔力の核』と言う単語も非常に気になるところだ、俺の世界で核だなんて言ったら恐ろしいものを想像してしまうわけで。
それにフーリンが言っていたが『村人たちが魔力を使い始めた』と言う発言も気になって仕方がないのだ。
「うひょおおおおおおお、儂の筋肉が……、筋繊維が吸い取られていくううううううう……。」
今度は村長が変なことを口走り始めたぞ!?
この状況はどこから整理していけば良いのか全く見当が付かないじゃないか!
……とりあえず一番ヤバそうな単語から片付けていくか?
「フーリン! 『魔力の核』って何!?」
「えっ!? えっとね、魔力の核と言うのは膨大な魔力が含まれている天然の巨大な魔石の事……、大樹ってもしかしなくても魔石を知らないよね?」
「知らん!!」
また新しい単語が出てきやがった! 頭がこんがらがるなんてものじゃないぞ!!
「魔力って人体と天然物に備わっているものの二種類あるんだけど、人体にある魔力は人によって蓄積量が変わるし自在に扱うには訓練も必要なの! でも天然物に蓄積されているものは蓄積量が安定しているし、その量も人に蓄積されているものの比じゃないの!!」
「つまりその魔力が蓄積された石がこの付近にあるって事?」
「多分そう! 人工で作った魔石もあるけど天然のものとは蓄積量が比較にならないくらい少ないし、何より天然物がこの付近にあれば村の皆が魔力を使い始めたことにも説明が付くのよ!!」
「……想像で言うけど、その天然の魔石が村の皆に影響を与えているって話になるのかな?」
「……その通りなんだけど、それでも可笑しいわ。」
フーリンがこの状況で何かを考え込み始めている、正直な話、俺だって考えを整理したいけど頭が混乱してるからまともに考えることが出来ないんだ!
それを考えるとこの子は恐ろしい精神力の持ち主だっと思ってしまう、これはある意味で脱帽だ。
四つも年下の女の子がこんな状況下で冷静に事態を整理しているなんて、俺は探偵漫画でしか見たことが無いぞ!?
「フーリン、何かおかしいの!?」
「あ、うん。この状況から考えると魔力の核が暴走していると思うの。でもね、それには条件があって暴走のカギになる媒体と詠唱が必要なのよ。」
「……媒体と詠唱?」
「媒体は動物の肉、詠唱はもう暴走しているから言うけど『ダナイテ』と言う呪文よ? 動物の肉なんて昨日の宴会で全部食べたから村のどこにも無いのよ! 詠唱だって誰も言って無いはずだわ!!」
フーリンのおかげで少しはこの状況を理解することが出来た、だけどフーリンの言う通りでその魔力の核が暴走するようなファクターはここには揃っていない。
……逆に言えばその状況を俺たちが見落としていると言う事か?
全く関係のない話だけど、それにしてもフーリンの知識量は目を見張るものが有るんじゃないのか?
この年でこれだけのことをすらすらと言えるんだから俺も見習わないとな、あのプロテイン馬鹿の筋肉村長もこういうところに目を付けろって説教してやりたい気分だ。
……プロテイン?
あれってタンパク質だよな、さっきの村長も口走っていたプロテインが吸い取られていくって表現ももしかして……。
「フーリン、一つ聞いて良い?」
「大樹なら何個でも言って良いわよ。」
うーん、フーリンのこういう返しが好きなんだよなあ、何て言うか心を開いた人間にはとことん甘いって言うか。
もしかしてツンデレ気質なのかな? エルフでツンデレって……おお!萌えるぜ!!
って、俺の馬鹿!! 今はそんなことを考えている場合か!?
「さっき村長が税金でプロテインを買っているって話だったけど、……あれって在庫とかあるの?」
「あるわよ? 鍛冶場とその隣にあるテントにパンパンに押し込んであるわ。」
おおい!!
フーリンが指を差したテントの体積がこの村の中で言ったら尋常では無い広さなんだけど!?
あのテントは目算でも都内にあるコンビニを二階建てにしたような体積じゃないか!!
あそこにプロテインを押し込んでいるって、それは流石に買い込みすぎだろ!
……そんなことしたら村人全員に恨みを買っても言い訳出来ないだろうに、これは村長がこの村で如何に悪政を敷いていたかが手に取るように分かってしまう。
「アホや……、……この村長はアホやで?」
「うん、村中が知ってる。」
村長よ、16歳の少女にまでアホ扱いされているんだからプロテインを吸い取られている場合ではないぞ?
そんな状況でお前は良くムンクの叫びみたいな表情になっていられるな……、いてっ!
俺は急に後頭部に痛みを覚えて、石が当たった部分を無意識に摩りだした。
すると、そんな俺に気付いたフーリンが心配そうに俺を見ている、この状況で俺のことを心配してくれるのは君だけだよ……。
「全く、大樹の頭に大きなこぶが出来ているわ。こんなことになったものアホの村長が年金の支給なんて言い出すから……、大樹大丈夫?」
いやあ、フーリンはとことん俺に優しいな、お兄さんはそろそろ嬉し泣いちゃうよ?
だけどフーリンの言う通りであの場面で村長が交渉を決裂させなければ、……交渉……決裂?
俺は頭の中で何かが引っかかる感覚に落ち入っていた、別にこぶが痛いわけではないのだ。
これは俺自身が記憶にある何かに引っかかりを感じているのだろうか……、ここはフーリンを見習って冷静に考えるんだ。
あの時、俺が何か言ったような気がするんだよな……、確か村の皆に村長をジャッジして貰って、それで皆が一斉に石を投げだしたんだよな?
それ俺が『交渉決裂だな。』って言ったんだよ、そう、言ったんだよな?
「あっ!!」
「大樹、急にどうしたの!? こぶが痛いの?」
「……違うんだ、……俺が言ったんだよ。」
「……何を?」
俺は思い出してしまった、あの場面で俺はフーリンがさっき教えてくれた詠唱の単語を言っていたんだ!
「俺が『……交渉決裂だな。いてっ!』って言ったんだよ!!」
「こうしょうけつれつ『だないて』っ、…………ああああああああ!!」
あれかああああああああああ!!
まさかあんな言葉で村人全員が暴走状態になるのか!?あり得ないだろ!!
どうやら俺はとんでもない万馬券を買ってしまったらしい、これには俺だけでは無く常に冷静だったフーリンまでもが慌てだしている。
「だ、だだだだ大樹! 私、大樹のこと好きよ!? だからこの事は墓場まで持っていくからね!? 大丈夫だよ、心配ないからね!!」
「おおおおおお、落ち着くんだ! これって俺が悪いの!? プロテインを溜め込んでたのは村長だよ!? 俺は村の皆にジャッジを頼んだだけだし……! ええええええええ!?」
本来であればこの状況を治める手立てや方法を考えるべきなのだろうが、俺とフーリンは保身のことしか考えられなくなっていた。
しかし俺たちは二人でその場をぐるぐると走り回るしかやることが思い付かなっていた、これは流石に俺がフーリンの恩人扱いを受けていても怒られるだろう…。
「くそっ! このまま考えていても何も解決しないじゃないか!! フーリン、短刀を貸してくれる?」
「良いけど村長を攻撃するの?」
「ああ、ここで悶々としててもキリが無いから!!」
俺はフーリンから受け取った短刀で村長を攻撃することにした、とは言っても村長自信を攻撃するのは気が引けるから、巻き付いている植物に対してだ。
だが村長に巻き付いている植物は思いのほかに硬く、俺の攻撃では傷一つ付けられなかったのだ。
「……っ! 逆に俺の腕が衝撃で痺れちゃったじゃないか、どうしたら植物がこんなに硬くなるんだよ!」
植物に短刀での攻撃が当たったものの、その感触は明らかに異常なものだった、何が異常かと言えば攻撃が当たった際の衝撃音だ。
どういう訳か植物から金属を叩いたかのような乾いた音がしたのだ、これは例え俺にこの世界の常識がないとして絶対に可笑しいと思う。
当の俺は痺れた手に火傷を負った時のように自分の吐息を吹きかけてみるけど、全く痺れは収まらない。
「大樹! その植物にも魔力が流れ込んでいるみたいだから物理攻撃は通らないわよ!?」
「物理攻撃が聞かない植物なんて聞いたこと無いんですけど!?」
フーリンは逐一俺に状況とその原因を教えてくれるけど、それにそうやって対応すれば良いかは教えてくれないのだ。
答えは聞くまでも無いのかな?
おそらくフーリンも分からないのだろう、ここに来て物理攻撃も聞かないのであればこれは絶望的なのではないか?
……それにしてもフーリンはどうしてこの状況で暴走していないんだ?
ぐるぐるとフーリンを追い掛け回していたら、俺はふと思ったのだ。
村人全員が暴走しているこの状況で至って冷静に分析をしていたフーリンこそがこの場で一番異常な存在だと言う事に。
今にしたってフーリンは慌ててこそいるが、暴走のぼの字もしていないのだ。
「ねえ、フーリン? どうしてフーリンは暴走していないのかな?」
「え? だって私は元から魔法が使えるし。」
……何やらこの子はサラッととんでもないことを言っているように思えるのは俺だけか?
「……魔法って簡単に使えるものなの?」
「あー!! 大樹、私のことを馬鹿にしたでしょ!? 私だって精神力のステータスは300で大樹よりも高いんだからね! 火炎系と水流系の攻撃魔法だって使えるんだよ?」
「別に馬鹿にしてないって……。純粋に凄いなと思うよ、そもそも俺は魔法の存在を知ったのだってついさっきだよ?」
しかしなるほど、フーリンだけは元から魔法が使える程に精神力が高いから暴走しないと言う事か、……俺もそれが原因で暴走してないのかな?
つまりこの状況に耐えるには一定のステータスが無いと駄目と言う事か……。
それにしてもフーリンは魔法が使えるのか、しかもそれが攻撃魔法だと言うのだから純粋に憧れてしまうな。
この騒動が落ち着いたら俺にも教えてくれないかな?
……待てよ、攻撃魔法が使えるだと?
この状況で何を検証しているのかと自分でも可笑しいとは思うけど、それでもフーリンに聞かなくてはならない、と本能が俺自身に告げているのだ。
これだけは今ここではっきりとさせないと俺がすっきりしないから……。
「フーリンさ、聞きたいことの追加が有るんだけど良いかな?」
「良いよー。」
フーリンが走り回るために動かしていた足を止めて返事をしてくれた、だから君は俺に甘すぎないか?
「ボーンラビットと戦ってた時に短刀を竹光にすり替えられていても、魔法を使えば良かったんじゃないの?」
「……………………あ。」
このフーリンの反応はどうやらビンゴだったらしいな、そして俺は敢えて言おう。
フーリンもアホやで!!
「……それはこっちに置ておくとして、エルフって魔法の適性ってどうなの?」
「大樹から聞いたのにヒドい!! 絶対に今、『フーリンもアホだ!』とか考えたでしょ!?」
フーリンが俺にポカポカと叩きながら抗議をしてきた、これは見ている分にはとても可愛い光景だ。
……と言うよりも力が強くてドンドンと効果音を付けた方が正しいだろうな。
俺も余計な事を聞いてしまったものだ、これなら質問は後回しにしておけば良かったとは思うけど気になって仕方がなかったんだよ!!
「フーリンも落ちついて! 先ずはこの状況をどうにかしないと!」
「ううううっ、大樹も後で覚えてなさいよ……。」
どうやらフーリンも分かってくれた様だけど、ジト目で睨んできているから本気で覚悟しておかねば……。
だけどこの状況はどうすれば収拾が着くのだろうか、フーリンの話だと村の皆は魔力の核の暴走に操られていて村長はその暴走の媒体になっているわけだから……、魔石を暴走を止めるしかないかな?
「フーリン! 核の暴走を止めるにはどうすれば良いの?」
「簡単よ、核を壊せば良いだけ。……でも魔力の核って大体が地表から100m以上は掘らないと出てこないのよね。しかも大きいと言っても掌サイズだから闇雲に掘っても見つからないわよ?」
つまりは手詰まりと言う事では無いだろか……、この状況は能動的な解決が困難だと宣告されている様なものだろうに。
って! そんなことを考えていたら村長の体が見る影もなく小さくなっているぞ!
あの筋骨隆々だった体がヨボヨボの爺みたいになってしまっているじゃないか!
等と考えている内に、いつの間にか村長に巻き付いていた植物が俺の足にまで絡みついていた!
しかしいつの間に!?
「だああ! 俺の筋肉まで吸い取る気なのか!?」
俺の足に植物が絡みついたと同時に俺の体までもが村の皆と同様に発光し始めた、これって俺も暴走してしまうのだろうか!
「大樹、今助けるからね!」
フーリンが俺に向かって、いや正確には俺に絡みついている植物に目掛けて短刀を振り下ろしてきたのだ。
俺はフーリンの攻撃で大きな衝撃を感じた、そしてその衝撃の甲斐もあって絡みついていた植物を全て取り除くことに成功した!
この植物には物理攻撃は効かないと言っていたのに、何故かフーリンの攻撃は効いたらしい。
その衝撃で宙に浮いてしまった俺をフーリンは見事に受け止めてくれた、俺はそんなフーリンの顔を覗き込むと『げっ!』とでも言いたげな表情をしていた。
俺はフーリンの表情を見て彼女の視線の先には何かが有ると思い、同じ方向に視線を向けてみると思いも寄らない光景を目の辺りにするのだった。
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