エルフ編
004.村の実態
俺はこの世界に転移して最初に出会ったエルフのフーリンに衣食住のうち、一晩だけ食住の助けを求めた。
するとフーリンは俺の頼みを快く受け入れてくれ彼女の村に案内してくれたのだ、そして俺は今まさに『食』の真っただ中にいるわけだが……。
「「「乾杯!!」」」
俺は意外にもすんなりと村人たちに受け入れても貰うことが出来た、しかもフーリンをボーンラビットから助けたこともあり、村人は俺の為に宴会まで開いてくれたのだ。
正直に言って非常に嬉しい!
何しろ俺はこの世界でフーリンに出会うまで一人として知り合い何ていなかったのだから、この状況は泣けてくるくらいだ。
乾杯の都度に飛び交うコップの音、そして目の前に置かれた美味そうな料理の皿。
何よりも、さっきフーリンと捕まえてきたばかりの鹿を宴会の会場で丸焼きにしているのだ、これには流石に俺も涎のフーリガンを制止することが出来ないでいる!
「ふほほほほほ……、私が捕まえてきた鹿から良い匂いがするうううううう。」
俺の隣に座るフーリンが鼻の穴をヒクヒクとさせながら豪快に涎を垂らしている、……この子って本当に女の子だよね?
などと言うよりも、……ここは本当にエルフの村なのか?
「がっはっはっはっは! そしたらよお、襲ってやった行商人たちが一目散に馬車を捨てて逃げやがったんだ!!」
「そいつは痛快だな! だが俺だって負けてないぞ? こっちなんてこの正宗で人間の貴族様をちょっと脅してやったら……『これを差し上げますから命だけは…。』なんて言って土下座してきやがったんだぜ!?」
……。
「あらあ、旅のお人。フーリンちゃんをモンスターから助けてくれたんですって? 私って強い人、好きよお?」
「ちょっとお、抜け駆けは許さないんだから!! 久しぶりの男の客人なんだから平等に分け合うべきでしょ!!」
………。
「ふぁいき、ほのふぃはにはもほふひふふぁひふぁふぁふぃほひへふお(大樹、この鹿噛むと肉汁が滴り落ちるよお)。」
俺の横でフーリンが焼きあがった鹿の肉を豪快に頬張りながら俺に何かを訴えかけているけど、今はそんな状況ではない。
…………何度でも言おう、ここって本当にエルフの村なのか!?
それ以前にここの村人がエルフであることすら怪しいですけど!?
エルフのイメージって何て言うか……神秘的って言うの?
言葉の語尾とか「でございます。」とか「なかろう。」みたいな少し堅っ苦しい口調でさ、……食事も森になっている果実とかを齧るような?
掌に小鳥とかが留まりに来て、その小鳥が飛び立つのを見ながら「…ふっ。」とか言って笑顔を向ける……、そう! 自然を愛して自然と共に生きる種族じゃないんですかね!?
こいつらを見ていると野党かゴブリンだと言われた方がしっくりくるわ!!
「……来る村を間違えたか?」
俺が両手で頭を抱えながら下を向いていると誰かの足が俺の視界に入ってきた、そしてその足の正体を確かめるべく視線を上に向けると先ほどフーリンから紹介して貰ったこの村の村長が立っていたのだ。
なんでエルフの村長が筋骨隆々なんだよ……、普通は髭を生やした好好爺が定番だろうが!!
杖とか持てよ、……どうしたらエルフの村の村長が巨大な鉞を選んじゃうかなあ!?
日本だったら総理大臣にユーチュバーが選ばれるほどの大事件ですよ!?
「ぐわっはっはっはっはっは!! 大樹殿、飲んでるか!? 今日は存分に楽しんで貰うけんのう!!」
……この村長(むらおさ)が俺のエルフ像から一番かけ離れた人物なんだよな……、顔に残る無数の刀傷と背中に彫られている龍の入れ墨ってさあ……。
どういう経緯があると刀傷で右目が見えないと言う設定になるんだよ……、あんたは宮城県の英雄的武将ですか!?
それかあんたは新宿に事務所を構えるヤクザの組長か何かか!?
「え、ええ。楽しんでますよ? お酒も料理も凄く美味しくて。その上、一晩泊めて貰えることになって本当にありがとうございます。」
俺は頭の中で交錯するこの人たちへの悪いイメージを振り払って、村長に感謝の意を伝えた。
例えこれが極悪人であっても見ず知らずの男にここまで良くしてくれたのだ、にも関わらず素直にお礼を言えなかったら人として最低だと俺は思う。
「ぐわっはっはっはっはっは!! 大樹殿にはフーリンを助けて貰った恩義があるけんのう!! ………どうじゃ、この儂と兄弟の盃でも交わさんか?」
……この村長はどうしてこうまでヤクザ口調かなあ?
それに兄弟の盃って、……頼むから俺の抱いているエルフ像をこれ以上壊さないでくれ……。
「……そう言えばフーリンの持っている短刀ってこの村で作ったものなんですか?」
俺はこの宴会の準備中にもフーリンと話をしていたのだが、その時に俺の隣に自慢げに教えて貰ったのだ。
これは俺が『兄弟の盃』とやらの決行を阻止すべく無理やり会話の話題を変えたんだよ、……いや、変えないと俺の心が折れちゃいそうだから……。
「なんじゃあ!? 大樹殿はこの『ドス』が気になっておるんか? ……こいつはそこいらの街では絶対に手に入らん逸品……名刀と言うやつでこの村の特産品なんじゃ!!」
この話題には俺も流石に食いついてしまうな、何故かと言えば俺の現在の装備が陸上用のスポーツウェアとシューズだけだからだ。
客観的に考えると簡単なものでも良いから武器を手に入れたい、と思っているのだ。
まあ、ここの村の服は要らないけどね、……さっきから耳にする周囲の会話から判断すると、こいつらと同じ服装をしているだけで職質とかされそうだから、……とは口が裂けても言えない。
……もう触れないまま流しちゃいたいけど、『ドス』って絶対にふざけてるよね?
「名刀で名産品か……、と言う事は値段設定も高めと言う事ですね? 因みに如何ほどするものなんですか?」
「ふぁいきひはははだべばべぶぼ(大樹にならタダで上げるよ)?」
何だって?
何かを教えてくれているのだろうが、フーリンも口に食べ物を入れながら会話をしないでくれるかな?
「ぐわっはっはっはっはっは!! フーリンも大樹殿をえらく気に入った様じゃけん勘弁しちゃりい!! ……そうじゃの、本来なら大きな街の武器問屋へは安くとも1,000ルードで卸しておるんじゃが、大樹殿になら感謝の印としてタダで差し上げてもよかか?」
ルードとはこの世界の通貨のことだろうか?
異世界に転移して来たばかりの俺にとっては予備知識のない状態では反応に困ってしまう。
「ごくんっ!! ……はあ。村長、大樹は転移者なんですよ? この国の通貨が分からないと思いますけど。」
「おお!! そうじゃったの、儂としたことがそのことをすっかり忘れておったわい!!」
「大樹、50ルードで格安の宿屋に泊まれるわ。何となくは理解出来たかしら?」
村長との会話に困っていた俺にフーリンが助け船を出してくれた、それにしても今の様な説明は非常に助かる。
となると1ルードが100円くらいの価値になると言う事か……、えっ!?
「ちょっと! 村長、それは流石に過ぎた感謝ですよ!? そんな高価なお礼なんて頂けませんから!!」
「なんじゃあ、大樹殿はフーリンの命がそれ以下の価値だとでも……?」
「うっ……、でも! それとこれとは話が……ごっふ!!」
村長が返答に困って慌てている俺の肩を豪快に笑いながら叩いてきた、……だからエルフっぽくないってば。……それに痛いし。
「冗談じゃよ、ぐわっはっはっはっはっは!! ……だがの、儂らはそれだけお主に感謝しておると言うこうじゃけえ!! 遠慮なんぞせんと、黙って受けちゃり!!」
この村長の訛りって色々と混じってないか!? ……分かりづらいんだよ。
だが、ここは村長の言う事は一理あると思う、確かに人からの好意は遠慮すると返って失礼に取られることもあるのだろう。
「分かりました、では有難く頂きます。」
「ぐわっはっはっはっはっは!! これは気分がええのう、よーし。野郎ども!! 今日の宴会は無礼講じゃあ、好きなだけ飲んで騒いじゃりい!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」」
村長は俺の言葉に気分を良くしたらしく、この宴会の場にいるエルフ全員に向かって無礼講の号令を出した、まあ、俺としては喜んでくれるのであればなんでも良いのだけど。
それでも、周囲からの返しが「うおお!」は無いだろう、……だから俺のエルフ像がどんどん崩壊していくんだよ。
「大樹、今日は本当にありがとう! ほら、この鹿だって半分はあなたが仕留めたようなものなんだからどんどん食べてね!!」
フーリンが最高の笑顔で俺に話しかけてくれている、この笑顔だけでも俺の取った行動は間違っていなかったと胸を張れると言うものだ。
そして俺が吹っ切れてからはフーリンに言われるがままに宴会に参加していくのだった。
………
「おはよう、大樹! 昨日はよく眠れた?」
「フーリン、おはよう。……うーん、これは二日酔いになってるな。」
俺が早朝になって宴会が開かれたテントから外に出ると、ちょうどそこにちょうどフーリンがいたので朝の挨拶を交わした。
……それにしても昨日は本当に地獄絵図だったな、まさかエルフ一族の裸踊りを目のあたりにするとは。
しかも一族の女性からも代わる代わるお酌をされ続けて、気が付けば自分の許容量を超えて酒を飲んでいたのだ、……だからここは新宿にあるガールズバーじゃないだろう!?
……そもそも、あの酒ってアルコール度数が相当に高い気がするんだけど。
「昨日、村長が村の鍛冶場を見学させてあげるって言ってたでしょ? 迎えに来たんだから。」
そう言えば昨日、村長がそんなことを言っていた気がするな、……頭がガンガンする。
それにしてもフーリンもそのためにわざわざ早起きをしてくれたのだろうか、であれば悪いことをしたかな、後でしっかり反省しておこう。
「ごめんね、二日酔いで昨日の記憶が全くなんだ。でもありがとう。」
「そんなことは気にしなくて良いからついて来てよ!! 鍛冶場は隣の建物なの。」
フーリンが指を差した方向にはこの村には異質ともいえる外観の建物が建っていた。
この村の住居は基本的に俺のいた世界で言うところの遊牧民族が住むような造りになっているのだ、つまりは建設も撤去も素早くできる仕組みと言う事だ。
だがフーリンが村の鍛冶場と言ったこの建物はレンガを組んで立てられており、天井には煙が立ち昇る煙突が設置されていたのだ。
「へええ……、昨日は全く気が付かなかったよ。これは凄いな……。」
「驚くのはまだ早いから、とにかく入りましょう!!」
俺はフーリンに手を握られたまま鍛冶場の中へと入っていった、……そして見てはならない光景を目のあたりにしてしまったのだ。
「ふんっ! ふんっ! ふうううううんっ!!」
……鍛冶場の中で上半身裸の筋骨隆々なエルフが刀を鍛えていたのだ。
しかも建物の中は鋼を柔らかくするための耐火レンガが稼働しているためとても暑い、さらにその中で職人らしきエルフが耐火レンガの中から鋼を取り出してはハンマーで叩いている。
だからこういう仕事はエルフじゃなくてドワーフ辺りが得意としていることなんじゃないかな!?
俺は朝一でこの村の実態を知ってしまい、この世界の心理に近づいているのではないかと感じてしまった。
「ぐわっはっはっはっはっは!! 大樹殿、昨日はよく眠れたかな!? んん? 何じゃ、若者は朝から見せつけてくれるのう!!」
どうやら村長は既に鍛冶場の中にいたらしい、……朝っぱらから声がデカいよ。
それにしても俺とフーリンが手を握っているからってボケ担当のお笑い芸人みたいなリアクションをしやがって……、筋骨隆々でなければこの村長をドラム缶の中でコンクリートに固めてどこかの海に沈めていただろうな。
「おはようございます、昨日はありがとうございました。それに今日は朝からこんな良いものを見せて貰って。」
「もう、村長ってば! 大樹に失礼でしょ!!?」
「ぐわっはっはっはっはっは!! 何じゃ、フーリンは嫌では無いのか!? それに大樹殿も否定をせんとは、これは目出度いのう!」
この村長の『ぐわっはっはっはっはっは!!』と言う笑い方はデフォルトなのか?
それにしても村長の言葉で照れたフーリンにケツをビンタされてしまった、フーリンって意外と力があるから本気で痛いんだよな…。
「おお!! フーリンが叩いた大樹殿のケツが真っ赤ではないか、フーリンは鍛冶師の才能があるとは、これまた目出度いのう! ぐわっはっはっはっはっは!!」
……いい加減その笑い方を止めて欲しいな、村長の唾が凄い量で飛んでくるし遅効性のイライラが込み上げてきてるんだよ!!
てめえの筋肉に熱々の鋼を押し付けてやんぞ!!
「……それよりもこの職人さんは凄い技術ですね、もしかしてこの技術って俺のスキルで習得できるのかな?」
俺は何気ない感想を口にしただけだったが、ここにいるエルフたちがそれぞれに別々の怪訝そうな表情で俺の方を凝視しだした。
しかもさっきまで集中しながら鋼を鍛えていた鍛冶師のエルフまでもがだ、村長の煩い声にも一切反応を示さなかったのにどうしたと言うのだ?
もしかしなくても、俺はやってしまいましたかね?
「……確かに大樹のスキルだったら一瞬で習得できるかも。現実味が有り過ぎて怖いなんてものじゃないわ。」
「フーリンよ、それはどういうことかの?」
「……フーリン、俺はこの村の恩人さんが舐めたことを言っていると思って作業の手を止めたんだが、俺にも納得できるように説明してくれ。じゃないとお前の恩人さんをぶん殴っちまうぞ?」
マジっすか!? その筋肉で俺を殴ると言うの!?
こんなおっさんに殴られたら俺は絶対に一発であの世逝きだろうが!!
ここは是が非でもフーリンに説明を頼むしか無いだろう、それでも納得してくれるか判断出来ないから身構えてしまうな…。
「ああ、大樹はリフレクションのスキルを持っているからエルードさんの仕事を一通り見たら覚えちゃうんじゃないの?」
「「リフレクション……だと!?」」
何やら雲行きが怪しくなってきた様だ、フーリンが俺の持っているスキルの話をしたら村長とエルードと呼ばれた鍛冶師のエルフが驚いたような表情で俺に顔を近づけて来たのだ。
……二人ともその筋肉と暑っ苦しい顔を俺に近づけないでくれないか?
「ねえ、大樹。この場でリフレクションの検証をしてみたらどう? エルードさんの鍛冶スキルって相当レベルが高いから丁度いいんじゃないの?」
「そっか、確かに素人目にもレベル高そうだと思っていたからスキルが失敗しても落ち込まなくて済むかな? それにここなら安全に試せるね。」
フーリンが俺に素晴らしい提案をしてきてくれた、確かに俺はこの世界でスキルをまだ使っていないから試せるのなら安全な状況でやっておきたいところだ。
それに鍛冶スキルとなると持っていても損は無いし、そもそも匠のそれであれば貴重な能力では無いだろうか?
「ほほお、恩人さんはこのエルードに挑戦しようって言うんだな? 刀剣鍛えて33年! この俺に敵うと思うなよ!?」
「ぐわっはっはっはっはっは!! 男同士の決闘か!! エルードよ、やっちゃり!!」
だからそういう暑苦しいのは良いんだよ……、それに二人分の唾をぶっかけられる俺の身にもなってくれないかな!?
だけど話は良い方向へ進んでくれたみたいでフーリンには感謝しないといけないな。
折角だからここは真剣に鍛冶のスキルを覚えてみようと思う。
「フーリン、ありがとう。君のおかげで色々と試せそうだ。」
俺がフーリンにお礼を言うとこの子はブイサインを出してきた、何と言うか本当にノリの良い子だな。
「よっしゃあ! この独身エルード、恩人さんに勝った暁にはフーリンを嫁さんに貰うぞお!?」
「大樹!! 絶対っに負けないでね!! 32歳も年上のおっさん何かと結婚なんてしたくないんだから!! 犯罪も良いところよ!!」
……エルードさんって独身なんだ、だけどこの暑苦しさと口臭の臭さだったら納得できてしまう。
それにフーリンのこの嫌がりようは何とも反応に困るところだけど。
「とりあえずよろしくお願いしまーっす。」
俺は丁寧に先生となるエルードさんに頭を下げてみた、するとエルードさんも気を良くしたのか笑顔でポージングを返してきた。
……この人の力こぶって俺の太腿の倍くらい太いんじゃないのか?
この状況に俺は一抹の不安を覚えながらスキルの検証に取り掛かるのだった。
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