003.エルフの村へ

「大樹が鹿を見つけてくれたから大手を振るって村に帰れるわ!!」


 フーリンが一人で鹿を担いで元気に歩いている、……しかもガニ股で。


 この世界の女の子と言うのはこんなにも逞しいものなのか、とつい考えてしまう。


「良かったね。俺もこれでフーリンの村に行ってタダ飯食らいだって言われなく済むよ。」


「何を言ってるの! 大樹が鹿を追い込んでくれたから仕留められたのよ!もう大恩人なんだからね!!」


 こうしてフーリンと会話をしていると、この子の明るさが身に染みて伝わってくる、これはこの世界に一人で放り出された俺にとってはありがたいことだ。


 だけど、これからどうしようかな……、流石にずっとこの子の村にお世話になるわけにもいかないし、どこか大きな街にでも行って仕事を探すのが無難なんだろうか?

 

「あっ! 見えて来たわ、あのテントが立ち並んでいるところが私の村、『エルデ村』よ! 大樹は食事と村長との挨拶とどっちを先にしたい?」


「……いい大人が先に食事とか言えないでしょ?」


「あっはっはっはっ! お腹が減っているんだったら食事をしながら挨拶をすれば良いのよ!」


 どうやら鹿を仕留められたことが相当に嬉しかったみたいだな、この子は有頂天になっているのだろう。


 それにしても、あれがこの世界に来て初めて訪れる村か、それがエルフの村って言うのがまた何ともファンタジー感を倍増させるんだよなあ。


 そもそもさっきの会話は新婚さんがするテンプレなのでは無いだろうか?


 ……ん?あっちから誰かが手を振りながら近寄ってくるけど……、ああ。フーリンの知り合いかな。


 そうだよね、俺の知り合いなんてこの世界にいるはずが無いんだから……。少しだけ悲しくなっちゃったな。


 ……それにしても近づいてくるのは男だろうか、見た感じはフーリンと同年代みたいだけど、もしかしてフーリンの彼氏かな?


 あの子の話だと村にはフーリンに惚れている男もいるってことだから、意外と隅に置けないよね。


 ……って! フーリンってば急に大声を上げながら鬼の形相になって走り出したけど何があったんだ!?


「うおりゃああああああああああ!! 私の装備に何してくれとるんじゃあああああああ!!」


「ぼぐえええええええええええええええ!!」


 のおおおおおおおおおおお!!


 フーリンが近づいてきた男をフルスイングで殴りかかったぞ!!


 しかも男も走って近づいて来ていたから、さらに威力が増したんじゃないのか!?


 さっきまであんなに良い子だったフーリンが……、一体どうしたのだろうか?


 何と言えば良いのか理由を聞くことすら怖いな、等と考えている内にフーリンが俺の方に戻ってくるじゃないか……。


 しかもさっきまで担いでいた鹿よりも雑な持ち方で殴り飛ばした男を引きずっているのが何とも……。


「ふんっだ! こいつが竹光の犯人よ、大樹!!」


 フーリンが俺の近くまで来てから引きずっていた男を放り投げた、うわあ、フーリンのフルスイングパンチで顔が変形していているから原型を確認できないんですけど……。


「竹光の犯人って……、例の中世的な彼?」


「そうよ! ガザンのおかげで今日は死にそうになったんだから、これくらいは当たり前!! これからそこの木に括りつけて来るからここで待っててね。」


 と言いながらフーリンは再びガニ股になってガザンと呼んでいた男を引きずり出した、……俺もフーリンを怒らせない様に気を付けないとな。


「おおい……、もう気は晴れた?」


 と俺はフーリンに声を掛けてみるがどうやらまだ晴れていないらしいな、男を木に括りつけながら殴っているよ。


 器用過ぎて恐ろしいな。


「お待たせ!! 気なんて晴れるわけ無いじゃない!! こっちは死ぬところだったんだからね!!」


 フーリンがプリプリと怒った様子で俺のところに戻って来た、しかもまたもやガニ股で歩いている。


「ねえ、フーリンってガニ股が癖になっているのかな?」


「……もしかして大樹ももっと女らしくしろって言うの? そう言う事は村の連中に言われ続けてるから、お腹いっぱいなんだけど?」


 何やらフーリンが俺にも不快そうな表情を向けて来たけど、気に障ることを言ってしまったのだろうか?


「いや、そうじゃないよ。俺はこの世界に来る前は陸上と言って走ることを争う競技をしていたからアドバイスと言うかね。ガニ股だと早く走れなくなるよ?」


「そうなの!? ……うーん、じゃあ今後は気を付けようかな。ありがとう、大樹!!」


「お互い様だよ。もし走ることに興味があるのならまたアドバイスするから何時でも言ってね? 実はボーンラビットと戦っていた時も、フーリンの足の筋肉のバランスが可笑しいと思っていたんだ。」


「そんなことまで分かるの!? 大樹って凄いのね!!」


 フーリンに褒められてしまった、だがガニ股と内股は足の筋肉への負荷が均一では無いからどうしても気になってしまうのだ。


 俺もドーピングに手を染めるまではがむしゃらに走っていたな……、まあ勝つためにはクスリの使用も厭わないけどね!!


 とは言ってみたものの、陸上をしていた時も興奮剤系のドーピングには一切手を染めなかったんだけど、まさか異世界に来てそっち系に足をツッコむとは思わなかったな。


 ギフトのバーサーカーってそう言う事だろうに、逆に言えば元の世界では怖くて使えなかったけど今回は何のリスクも無く使えるわけだからワクワクしていると言えば嘘になるんですけどね?


 まあ、興奮剤系の時点でそれ自体がリスクなんだけどね。


 クスリにリスクはつきものです、なんちゃってええええええ!!


 おっと、ドーピングをする前に興奮するとはな、全く、ドーピングと言うのは話題だけで心を躍らせてくれるぜ!


「大樹? 急に考え込んじゃってどうしたの?」


「おおっと、ごめんよ。」


 いかんいかん、物思いに耽り過ぎてフーリンを無視していたらしい、今は何はともあれ食事だ!!


 それじゃあフーリンの村へ行くとしましょうか。


「おっしゃああ!! フーリンの村で腹いっぱいに食べるぞお!!」


「私は大樹以上に食べるぞおお!!」


 フーリンは俺の隣で同じポーズをしながら同じセリフを口にしてきた、この様子なら俺はこの子とさらに仲良くなれそうだな。


 俺は少しだけ内股歩きになったフーリンと隣り合いながら村へと歩いていくのだった。


「フーリン、因みに内股歩きも良くないからね。普通に歩いたほうが良いかな。」


「おっと! 極端なことはしない方が良いってことね。大樹、ありがとう!」


 ……それにしてもフーリンはあのガザンとか言う少年をあのままにしておくのだろうか。


 あんなタラコ唇の状態で猿轡まで巻いて……、その上で木に括り付けるとか。


 それに彼を括りつけたあの角度、フーリンは彼が村人の敢えて見つからない様に縛ったんじゃないのか?


「……ゲームに出てくるエルフってあんなに恐ろしかったかな? もっと神秘的なイメージを持っていたんだけど。」


 そしてその後、ガザン少年は木に括り付けられたままフーリンの宣言通りに有料サンドバッグとして活躍するのだった。


 しかもそのサンドバッグに村人全員が長蛇の列で並ぶのだった、……ガザン少年は嫌われているのかな?

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