002.ステータスとスキル

 俺の名前は森山大樹(もりやまだいき)、陸上短距離走の日本代表でエースだ。


 いや、だったと言った方が正しい表現だと思う。


 俺はひょんなことから、いや理由すら分からないのだが、どこかの異世界に転移してしまったらしい。


 そして、つい先ほど通りかかった先で女の子が兎っぽいモンスターに襲われているところに遭遇してしまった。


 俺はその女の子を助けるために、そのモンスターに決死の覚悟で突撃したわけだが。


 すると、そのモンスターは俺が突撃するや否や爆発して粉々になってしまった、これはどう考えても可笑しいだろう。


 いくらファンタジーっぽい世界だからと言っても可笑しいものは可笑しいのだ。何よりもそれが原因で一人の女の子が驚いて気絶してしまったのだから、俺の感性は可笑しくないはずだ。


 ……まあ良い、とにかく今はこの子が起きるのを待つしかない。


 この子が俺にとって生命線、と言っても言い過ぎではないはずだ。


 何しろ俺はこの世界では何も持ち合わせていないのだから、であればこの子に食料と水を分けて貰うしかないじゃないか。


 それにしてもこの子って近くで見ると耳が異常に尖っているな…、ファンタジー風に言えばエルフと言ったところだろうか。


 それに格好も軽装で弓矢しか装備していないみたいだ、よくもまあこんな装備でうさぎっぽいモンスターと接近戦をしていたものだと素直に感心してしまう。


 そう言えば、遠目から怪我をしている様に見えたが大丈夫だろうか、これは起こす前に怪我の確認だけでもしておいた方が良さそうだな。


「うん、出血の類だったら服の上からでも分かるだろう。……なるほど、出血に見えたのは背中に兎っぽいモンスターから返り血を浴びていたのか。後は腕の部分に軽い傷を負っているだけか、これなら俺でもどうにか処置が出来そうだな。」


 俺はそこら辺に生えている草を引っこ抜いてから葉っぱの部分を丸めて針の様な形状に加工した、つまり、これを使って針治療をして出血を止めるのだ。


 なんで陸上選手にそんなことが出来るかって?


 勿論レースの直前に針治療をするためにこの方法を自分で開発したのさ、だってレース会場の中に針なんて持ち込めないでしょう?


 だから良くこうやって植物の葉を針に加工して靴の中とかに忍ばせたよな……、とそんなことを考えている場合ではない。


 まずはこの子の治療だ、これは俺の自己流針治療なのだが、針が血行に影響を与えているのなら止めることも出来るのではないか、と思い付いて試しにやってみたら出来てしまったのだ。


 しかも痛みも和らぐし簡単で経済的と良いこと尽くめだった。


「止血はこれで良いな。おい、起きてくれ! おおーい、大丈夫か!?」


「う……、うう。」


 おっ! やはり気を失っているだけの様だ!


 でも脳震盪とか起こしていたらマズいな、ここは基本に立ち返って肩を叩いてみよう。


「もしもーし、意識はありますかーーー?」


 俺はテレビなどでよく見る意識の有無を確認する方法で女の子に声を掛けた、すると女の子が薄らと目を開けだしたのだ。


「おお! 良かった、気が付いたんだな!」


「ここは……、私はたしかボーンラビットに襲われていたはずだけど。……そうだ! ボーンラビットがいきなり破裂して……!」


「混乱しているところ悪いけど、俺の話を聞いてくれないか?」


「……あなたは……どちら様?」


 良かった! 女の子が意識を取り戻した、しかも言語も伝わるみたいだな!


「初めまして、俺は森山大樹と言います。20歳です。」


「これはご丁寧に、私はフーリン、エルフの16歳です。」


 何と! この子は本当にエルフだったのか!!


 いやー、これはファンタジー色が濃い目になってきましたな。


「あ、どうも。君は兎に襲われていたみたいだけど、怪我とか無いかな?」


「え、はい。怪我は特に……、って! あなたはボーンラビットを破裂させた人!!」


 さっきの兎はボーンラビットと言うのか、今後のためにも覚えておこう。


 しかし、これはもしかしなくても警戒されてしまったかな?


 まあ仕方が無いか? 何しろ見知らぬ人間が突然に戦闘に乱入してきて、その相手を破裂させたんだからな。


「ああ、ごめんね。君が襲われていたみたいだったから、助けたつもりなんだけど…。」


「助けた? ……あの突進で?」


 うーん、やっぱりそうなるのかな。この子の言う通りでただ突撃だから見栄えだって悪いし、その結果が破裂だからな。


 でも俺だってぶつかった瞬間に少し吹っ飛べば良いな、と思っていたから驚いるんだよね。


「かっこ悪い助け方だったかな? でも俺って走るしか能が無いから、それしか方法が思い付かなかったんだ。」


「ぷっ! それでボーンラビットに突進したの!? あははははは! 変な人!」


 俺はこの子の反応に困ってしまい頭を掻いてはみるが、どうにもしっくり来ない、さっきの行動はやっぱり可笑しかったかな?


 でも、おかげでこの子と少しだけ打ち解けられそうな気がしてきたから結果オーライだろう。


「あのー……、出会って早々で悪いんだけど、俺って気付いたら何故かこの草原にいてさ、腹が減っているんだよね。」


「……それって、あなたが転移者ってこと?」


 転移者か、この子が何気なく使った単語で俺は改めて認識した、やはり俺は異世界に転移したのだと。


「それ自体が良く分からないんだ、初対面の人に言う事じゃないんだけど、色々と助けて欲しくてさ。」


「何を言っているの!? こっちの方が助けて貰ったのに、これで何も返さなかったら私って凄く嫌な奴ってことになるのよ? 分かったわ、今度は私が助けてあげる!」


 フーリンは自分の胸を張りながらポンッと拳を当てた、とても分かりやすい了承のポーズだ。


 それにしても最初に見かけた人間、いやエルフがとても良い子で良かった。


 これなら飢え死にとかの心配をせずに済みそうだな……。


「そうねえ、まずは『ステータス』の確認方法とか教えとく? 食べ物とかは村に行けば何とかなるけど、戦闘方法くらいはここで教えておいた方が良いと思うの。さっきの私みたいにモンスターに襲い掛かられたら困るだろうし。」


 お! ステータスだって!? 何だか一気にファンタジー色が加速してきたぞ!!


 空腹を満たしていないのに、いきなり胸が満たされた気分になった。


「それじゃ、フーリンちゃんよろしくお願いします。」


「呼び捨てで良いわよ! あなたの方が年上なんでしょ?」


「分かったよフーリン。」


 何度でも思うがこの子が本当に良い子で良かった、俺の何気ないお礼にも満面の笑みを返してくれる。


「それじゃあ、まずは利き手を出して『ステータス』って言ってみて。そうすると目の前に黒い窓が出て来るから。」


「分かった、『ステータス』!!」


 俺がフーリンに言われたとおりに右手を突き出して言葉を発すると、確かに俺の目の前に黒いパソコン画面のようなものが現れた。


 何と言うか本当にPRGゲームみたいだな。


「出て来たわね。えーっと、大樹の能力値は………素早さMAX!?」


 フーリンが俺のステータス画面を見ながら驚いた表情になった、これはもしかしてあれか!?


俺TUEEEEEEEEって奴か!!?


「俺のステータスってそんなに可笑しいの?」


「可笑しいなんてものじゃないから!! だってレベル5で素早さが最大値だなんて可笑しいもん!! ……でも後は体力と精神力が並みよりも高いくらいで……。えっ!? 知力が9998!? こっちもほとんど最大値じゃない!!」


何だろう……、知力が高いって言われると非常に嬉しいのだけれど、それ以上に他人に自分のステータスそのものを見られるのってとても恥ずかしいな……。


 それにしてもレベルが5と言うのは随分と中途半端だな、もしかしてさっきのボーンラビットを破裂させたからかな?


「因みにフーリンのステータスを見せて持っても良いかな? 参考にしたいんだ。」


「え? あまり気乗りしないなあ……。」


おい! 君は何をサラッと言っているのかな!!


 俺はフーリンにステータスを見せたじゃないか、……とは言うものの俺の場合は見て貰わないと説明をして貰えなかったか。


「もしかして俺って凄く失礼なことを言ったかな? ごめんね、この世界の常識に疎くて知らずのうちに失礼な事を言うかもしれないから、その時は注意してくれると助かるよ。」


「あー、うん。私も見せるのは悪くないんだけど、あなたのステータスと比較されたくないから。村に着いてからじっくりと見せてあげる。それと人によっては生まれつき持ってるギフトとか、特殊な条件をクリアして手に入れたスキルを持ってたりするから隠している人もいるし聞くときは気を付けてね。」


 ふむ、この辺りはとてもファンタジーと言うか凄くゲーム要素を感じるな。


 だけど色々と落ち着いてきた俺としてはこれを終わらせて食事にありつきたい気分になって来たな……。


「分かった、フーリンのステータスは今度でいいや。それよりも俺のステータスのスキルって欄に変な言葉が載っているんだけど、これって何かわかる?」


「どれ? そもそもレベル5ってことはさっきのボーンラビットとのあれが初戦闘ってことだから、何かスキルを獲得しているとは思えないけど?」


 そう言うものなのかな?


 しかしフーリンは距離感が近いと言うか躊躇いも無く人のステータスを覗き込んでくるな……。


 さっきは人に迂闊に他人のスキルを聞かない方が良いって言っていたのに……、でも今の俺は何も知らないからフーリンくらいの対応が手っ取り早くて助かるわけだけど。


「どうかな? 『バーサーカー』ってスキル名からすると恐ろしいんだけど……、それとこの『リフレクション』って何?」


「リフレクションはアイテム生成のスキルね……、確か最上位のスキルのはずよ? これを持っている人って例外なくお金持ちになるの。因みにエルフ族には非適合のスキルだから私たちに聞かれても詳しいことは分からないわ。」


 ふむ、種族全体を通じて取得できないスキルもあると言う事か、……それにしても最上位スキルって……一種のチートか?


 アイテム生成か、そうなるとドーピング用のクスリとかも作れるのかな?


「で、こっちの『バーサーカー』って何?」


「これは狂戦士化スキルね、……こっちはギフトだったかな? さっき説明した生まれつき備わっている能力のことよ。」


 ……狂戦士化と言う言葉だけで恐ろしいスキルなのだろうと思えてくるな、だけどドーピングと言うのも一種の狂戦士化だからな、俺に合っているスキルだと言えば間違いなさそうだけど……。


「話を聞く限りだと余り良いギフトって感じがしないんだけど、……実際はどうなの?」


「まさか! バーサーカーって言ったら軍神の神通力を受けた超戦士でしょ!!? ……何をどう考えたら『余り良いギフトって感じがしない』なんて感想が出てくるの? このスキルが発動したら大樹の全ステータスが100倍になるわよ?」


 そういうものなのか? 日本にいるとバーサーカーは狂戦士でヤバい奴ってイメージが有るからなあ。


 でもこれ以上ツッコむと話がややこしくなるし、発言を控えておくとしようかな。


 と言うか、フーリンは何気に恐ろしいことを言ったんじゃないのか?


 全ステータスが100倍ってチートの枠すらも超えている気がするんだけど……、まあ良いか?


 つまり俺はこの異世界に転移しても生き抜く術はドーピングって事ね、これはこれで何だか神様に俺の生きざまを認められた感じがして嬉しいな。


「うん、何となくだけど俺のステータスが常識的ではないと理解できたよ。……差し当たっての問題は空腹かな?」


「そうね、私もお腹が減っているしそろそろ村に行きましょうか? ……実は私もここには狩りをしに来たから何か成果を上げたいところなんだけど……、ボーンラビットが破裂しちゃったからなあ……。」


 なるほど、この子の装備が弓矢だけだったから、何となく予想はしていたけどやはり狩りが目的だったのか。


 だけど何でまたこの子は弓矢を持っているのにモンスターと接近戦をしていたのだろうか?


 ……それに俺はボーンラビットとの一回だけの戦闘でレベル5にまで上がったわけだけど、それから考えるとボーンラビットのレベルは7から8程度だと考えるのが妥当ではないか?


 さっきも俺にステータスを見せたがらなかったし、もしかしてフーリンってそこまで強くないのかな?


「フーリンは弓矢を装備しているのに、どうして接近戦でボーンラビットと戦っていたの?」


「それがねえ、接近戦用の武器を持って来てたんだけど……ほら。この通りなの……。」


 フーリンはため息交じりに俺に腰から短刀を抜いて俺に見せて来たのだが、俺はそれを見て唖然としてしまった……。


 ……どうしてフーリンはこんなものを武器として選んだのだろうか、と真剣に悩んでしまった。


 この子はアホなのか?


「これって竹光って奴だよね……、どうしてこんなものを持って来ちゃったの?」


 そうなのだ、フーリンが持っている短刀は刀剣の部分が竹なのだ。


「ちょっとお……、私だってこんなのでモンスターと一戦を交えようだなんて思わないから! これはたぶん村の男衆の仕業ね。」


「どういうこと?」


「……いるのよ、村で私に惚れているアホが。そいつが普段から女は戦闘をするものじゃないって、中世的なことを私に言うのよね……。」


「……そいつってバカか若しくはバカなんじゃないの?」


 俺は内心で冷や汗を掻いてしまった、何しろそいつのせいでフーリンは命の危機に晒されたわけで……。


 偶然に俺が通りかからなかったら、そいつはどうやって責任を取るつもりだったのだろうか?


「……とんっでもないアホなのよ!! 村に帰ったらぶっ殺してやるんだから……。」


 これは流石にどんな仕返しをされても言い訳出来ないと思うぞ。


 まだ見ぬエルフの男性よ、おそらく俺もあなた会ったら初対面でも怒鳴っちゃからね?


「……俺もそいつのことを殴っても良い?」


「許すわ!! 大樹には特別にタダで殴らせてあげるわ、あなたにはその権利があるもの! ……今回もとっ捕まえて縄で縛って有料のサンドバッグに仕立てて上げるんだから……、……村のストレスを抱えた人たちに好評なの。」


 フーリンは悪い顔をして俺にサンドバックの初回無料チケットを渡してくれた、……どうやらこういうことが日常茶飯事らしい。


「俺もいきなり異世界に転移してきて少しだけストレスが溜まっているからありがたいよ。」


「それは何よりね、じゃあさっそく村に行きましょうか。狩りの得物どうしようかな……?」


「途中で良い得物を見つけたら一緒に狩ろうよ、二人でやれば効率も良いだろう?」


 俺はフーリンが不憫に思えてきたので、村に連れて行ってくれる恩返しになればと思って提案をしてみたが、どうやらこれが思いのほかに好評だった。


 フーリンが俺に向かって満面の笑みを浮かべて来たのだ。


「何から何まで助かるわあ……、大樹に会えて本当に良かった!」


「それはお互いさまって事で、早速で悪いけどフーリンも村まで案内をお願いします。」


 俺が改めて頭を下げてお願いをするとフーリンは「任せなさい!」と言ってその場から歩を進め始めた。


 何の因果は知らないけれど突然異世界に転移してしまった俺にとっての第一村人は素晴らしい出会いとなった様である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る