二章④
「大変でございますっ」
勢いよく食堂の
「サラ様が
「なぜ、サラが今ここに……?」
「マリア様がおっしゃるには、
途端に、エドワードはわずかに口を開いたものの、そのまま動きを止める。
「……サラ様って……?」
すぐ
「殿下の
アイシャはうなずくと、口元をナプキンでぬぐい、立ち上がる。
「転んで、意識がないのね? 場所はどこ」
どうしたものか、とおろおろする庭師に言葉を放つ。
「お庭ですっ」
「案内して」
言うなり、スカート部分を左手でたくし上げる。ぎょっと庭師は目をむいたが、さりげなく顔をそむけ、「こちらです」と走り出した。
その後を追い、
「サラ様って、何歳?」
ガツガツとヒールを鳴らして走りながら、
「いくつだったか……。四歳だったか……?」
答えながらも、どこか上の空だ。あの、さっきまでのとげとげしい
「どうやって転んだの? あなた、見てた?」
どうやら正面
「馬車から降りられ……。手に花を
途切れ途切れになるのは、
「馬車の方に首を
「手はつかなかったのね? ごつん、と転んだ? 血は?」
「……手は、ついているように見えませんでした。血も出ていません」
注意深く庭師は答え、そして右に折れる。
広いロビーが見えてきた。簡単な来客であればここで済ませられるように、
(頭を……、打ったのかな)
小さな子にはありがちだ。身体に対して頭が大きいので、転倒するとどうしても頭をごつり、とぶつける。意識がない、ということは
開け放ったままの扉を抜けた
「
エドワードが足を速めて、アイシャを追い抜く。
彼が向かう先を、たどる。
ちょうど、シャクヤクの
そこには、座り込んでいる成人女性と、その女性の
「エド!!」
ドレスを地面に広げ、泣いていた女性が
「サラが!」
エドワードが、女児の側に片膝をつき、見下ろしている。アイシャも息を切らしながら彼の側に立ち、呼吸をなだめながら、女性に声をかけた。
「この位置で、転びましたか?」
一気に走りすぎて、
「走っていて……。ここで……。今、仰向けにしたのだけど……。息が……」
一方で、
(おでこにも、頭にも……。
頭を打ったわけではないのか、と思った矢先、指が固いものに
「サラ……。サラ」
エドワードが微動だにしない従姉妹の白い
膝立ちになり、様子を見ていたアイシャの前で、「ひうううう」と、サラが
「……よかった……。息を……」
マリアは口元を覆い、再び泣き始める。エドワードも目元に
「
サラに
「
エドワードの腕をつかんで動きを
サラの
「いや……。息をしているではないか」
エドワードが
「ううん。肺が、ほら。
上半身を起こし、サラの胸を指さしてみせる。
死線期呼吸とは、心停止直後に起こる、しゃくりあげるような音のことだ。呼吸音のように聞こえるが、実際には肺が動いていないので、
「心臓の
言うなり、
「転んで、胸を強く石にぶつけたんだと思う。見て、
むきだしになった胸の中央部には、確かに打ち身の跡のようなものがあった。
胸部に強い衝撃を受け、
アイシャはサラの手首を取り、脈を
「手伝ってください。こちらに来て」
だが、
「お子さんの息が止まっているの!」
とっさに
「まだ、心臓が止まって間もないっ。心肺
膝立ちになり、圧迫を続けながら声をぶつける。アイシャの身体であればこれぐらいの運動量、なんともないのだろうが、このパドマの姿はつらい。宮中
「ど、どうすれば……」
「今、圧迫することで、止まっている心臓の代わりに、身体に血流を送っています。お母さんは、お子さんの顎を上げて、喉と地面を平行にして。……そうです。それで、私が合図をしたら、お子さんの鼻をつまんで、口移しで胸に息を
見やると、大きくひとつうなずく。
「お願いします!」
言うやいなや、胸骨圧迫をやめる。同時に、マリアは水に
「うまい!」
アイシャは額の汗を
「もう一度!」
アイシャの
「結構です。
もう一度胸骨圧迫を行おうと、膝立ちのままサラにいざる。
げほり、と。
目の前でサラが身体を丸めて、
「サラ!!」
マリアは口元を手で
(よかった……。ひとまず、これで安心ね……)
アイシャも顔をほころばせる。
「部屋を用意しろ」
ばさり、と布が空気をはらむ音がしたかと思うと、地面に寝そべったまま泣いているサラの身体に、エドワードが自分の
「痛くないか? つらいところはもうないか?」
頭を
その表情や
こんな顔ができたのか、と思うほど、気づかわし気で、そして、
「お、おにいちゃまに。お花を……」
泣きじゃくりながら、差し出すのは、
「ありがとう。持ってきてくれたのだな」
エドワードは口元に
「お前から、その花を見にくるように言われていたのに……。行けなくて悪かった。あとで、ゆっくり話をしよう」
泣き続けるサラに根気よくエドワードが話しかける。その姿は、さっきまで自分に見せていた無表情で敵意あふれる態度とは全く違った。
「準備が整いました」
執事がエドワードに耳打ちをする。無言で立ち上がると、従僕のひとりがサラを抱き上げ、侍女と共に屋敷に向かう。
「瑠璃唐草が見ごろだから、どうしてもあなたに見せるのだ、と聞かなくて……」
よろけながら地面から立ち上がるマリアは、エドワードに力なく言う。その腕を支えてやり、彼は
「申し訳ありません。
「いえ。わたくしがいけなかったの。陛下があのような状態にあって、あなたは
声はかすれているが、
「助けていただいて、なんとお礼を申し上げればよろしいのか……。あなたがいてくれて、本当に感謝します。……キャベンディッシュ宮中伯のお
アイシャはうなずき、顔を伝う汗を
「女性なのに
そう言われて、きょとんとする。一瞬意味がわからなかったが、すぐに、この当時、女性の医師がいなかったことを思いだした。
「あとで、またサラちゃんの様子を見に行きます。今はどうぞ、お母様がお
つじつまの合わないことを言って
ほ、と息をついた時。
地面が
どうやら、馬車に積んでいた荷物を運ぼうとして、
その姿に、かぶさるように。
ぶわり、と白いテント幕が
二重写しを見ているように、庭の景色の上から広がるのは、頭を両腕で
どん、と地面を
不意に
ざくざくと
「……っ!」
アイシャは目を固くつむり、
(……フラッシュバックだ……)
大きな音に反応し、テロリストに
「おい」
ぐい、と肩を
「………ご、ごめんなさい……」
荒い息をついたまま、汗だくの顔でエドワードを見上げる。地面にぎゅっと
「……こっちこそ、すまん」
不審そうに自分を見下ろしてはいるが、急に声をかけて驚かせたと思っているようだ。わずかに
「お前に、
王太子妃パドマの転生医療 「戦場の天使」は救国の夢を見る さくら青嵐/角川ビーンズ文庫 @beans
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