二章②
「お部屋は二階にご用意させていただいています」
こつこつと鳴るのはヒールで、なんだかそのこと自体も、
「ご実家よりお送りいただいた品はすべて収めておりますので、一度ご
「……荷物……」
(……もっと、動きやすい服を探して着替えよう)
顔をしかめ、ため息をついた。あと、手に入れたいものと言えば、パドマの書類だ。
エドワードの病気についてなんらかの異変に気付いているのなら、カルテのようなものがあるかもしれない。
(それを見つけて、
エドワードの生存率が、ぐっと上がる。
「こちらが、殿下の
チョコレートの板を張り付けたような扉をさし示して執事は言い、その
「こちらが、お使いいただくお部屋でございます」
かちゃり、と金属音を立てて扉が開かれる。
「………すごい………」
思わず声が
かなりの広さだ。
扉と向かい合う形に、大きく取られた窓からは
こつり、と一歩室内に
北側は
南は、と見ると、こちらは全面
着替えを探すのも忘れ、アイシャは本棚に
「何かございましたら、お声がけくださいませ」
お
(……全部読みたい……)
古書の
「……いや、そんなことよりも、あれよ。カルテ」
パドマが勉強熱心で、しかもかなりの読書家だということは、わかった。彼女の知識の源流を
室内を見回し、木目を生かした
人目がないのをいいことに、さっさとヒールを
上から順番に引き出しを開けた。
一段目は
紙束をそっと
(……本棚の、どこかかな……)
自分だったら、絶対デスクに置くんだけどなぁ、と息をつき、それから何気なく木箱を見やる。
ふわり、と鼻先を甘い
箱の中に収められていたものに、思わず顔がほころんだ。
旅先で拾ったのか、あるいはなんらかの思い出のあるものなのか。
宮中
(女の子らしいなぁ。かわいい)
そういえば、自分もパドマぐらいの
「そんなことより……、カルテを」
ふう、とひとつ息を
引き出しに戻そうとして、ふと
両手で持ち、目の高さで眺める。再び、
「……底が、浅い……?」
木箱の高さに対して、底があまりに浅い気がする。アイシャは机の上に中身を
「……やっぱり……」
木箱は、二重底になっていたらしい。
天鵞絨の張られた板がめくれると、そこには封書の束が入っていた。
「……カルテ、には見えないけど……」
他人の手紙を
『パドマ。君に会えない日が続くが、
「うぎゃっ」
思わず声を上げ、
(こ……。これ、
頭に
(……えー……? いや、そりゃないでしょ……)
なんだか
さっきのあの自分に対する態度からは、考えられない文面だ。愛している、という相手を
「ごめんねー……。パドマ」
なんとなく謝り、違和感に押されるように、次々に封書を開ける。
『昨日会ったばかりなのに、もう恋しい。この手に君を
八通ほどある中の六通には甘い言葉がつらつらと並んでいる。
二重底に押し込まれ、
もしこれが、エドワードからの手紙であったら、もっと堂々と置いてあるのではないだろうか。いや、そもそも、あの男がパドマに対してこのような甘い言葉を吐くとは信じられない。
(……ひょっとして、パドマ……。エドワード以外から、もらったの……?)
封筒に便箋を戻しながら、ううむ、と
(……まぁ、政略結婚なんだろうし……)
エドワードがパドマを
だけど。
『エドワード王太子を守れるのは、ぼくたちキャベンディッシュ家しかない』
馬車の中でトマスが口にした言葉がよみがえる。
王太子を守るため。
そんな大義のために、彼女は
(こっちは……。なんだか、業務
残りの二通は、短冊に切った便箋に、短い文字が書かれているだけ。
『例の件、よしなに』『順調そうで何より』
順調そうで、と書かれた便箋には、なんだか
(何かしら)
指でつまみ上げた
同時に、周囲が
(……え?)
無造作に自分の髪を
(……どういう……)
アイシャに、戻ったのだろうか。自分自身に。
「……パドマ……?」
いったい、どっちが上で、どっちが下なのか。まるで宇宙空間のようだ、と
「パドマ……っ」
水中をあがくように、アイシャは駆けた。
「どうなってるの!? ねえ! 私、あなたになっちゃってるんだけど! あなたは今どこにいるのよ! ここ、何!? どこよっ!」
手を
「私と交代してよ!」
必死に地面らしきものを
今、目の前で膝を抱え、宙に浮かぶ〝パドマ〟は、完全に
「パドマ!」
胸に空気を
(どうなってんの……?)
時折、ふわりと
若いが、トマスだ。まだ幼いパドマを抱え、楽しそうに笑っている。
次に闇に浮かんだ静止画は、どうやら
あの桜貝、見覚えがある。木箱に大事に収められていたものだ。では、周囲に浮かんでは消えるこのいくつもの画は、彼女の過去の
(ここ……。パドマの頭の中……、というか心の中? なんでここに閉じこもってんの)
耳元で、やけに大きくドアノックの音が
はっ、と息を?んでまばたきをする。
急に、色が、景色が、音が戻ってきた。
(……戻ってきた……?)
「お食事の時間となりました。ご用意を」
「……はい」
扉の向こうから
(パドマが、いる)
扉の前から遠ざかる足音を聞きながら、アイシャは
(この、中に。心の、中にいる)
どこかに行ってしまったわけではない。この
そしてどうしたわけか、アイシャの意識が、彼女の身体に入ってしまっているのだ。
(……精神に強い
だけど、アイシャのように他人の
(そもそも、なんで私は
アイシャは両手で頭を抱える。どうして、こんなことに。
(そういえば……)
テロリストに
『
あれは、ひょっとして、〝パドマ〟か。
〝パドマ〟が、自分を呼んだのだろうか。この時代に引き寄せたのだろうか。
(だとしたら、なんのために……?)
答えの出ない問いを
「ご準備は、できましたでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい……」
アイシャはようやく、のろのろと扉へと近づいた。
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