第25話 救世主

 午後六時六分、私は吉祥寺駅でラッシュの人ごみに揉まれながら改札を抜け、買い物客で混み合うロンロン市場を抜けて中道通に入り、毎朝自転車を停めている月決め駐輪場に向かう。

 駐輪場からママチャリに乗って、中道通を真っ直ぐ三鷹方面に向かう。成蹊通を超えると、沙穂を預けている保育園が見えて来る。パーティ会場から直行したにも関わらず、時間は延長ぎりぎりの七時二〇分だ。

 保育園の中は私と同じくギリギリのお迎えのママ達や、延長保育の子供たちで意外と賑わっている。

 私は沙穂を保育園に通わせるまでは、保育園に預けられる子供たちは少し可哀想だと思っていた。ところが、実際に保育園にいる子供達を見て、この小社会の中で自分たちのルールを作って毎日を楽しんでいる姿に心から感動した。

 今日の沙穂はなかなか帰りたがらない。ちょうど沙穂の担任の下田亜紀が子供たちのために、絵本を読んでいるところだった。優しい声音に怖い声、時に激しく時に静かな亜紀の語り口を聞きながら、私は上手いものだと感心した。

 子供たちも集中して聞き入っている。今子供たちの頭の中では、怖いオオカミや優しい狩人のおじさんが次々と現れては消え、イマジネーションを刺激しているんだろう。

 そういえば理央にはあまり本を読んであげた記憶がないなと思い、むしろ毎日こんな楽しい語りを聞ける沙穂は幸せだなと考えた。

 亜紀が一冊読み終えると、沙穂が帰ることに同意してくれたので、自転車でまた吉祥寺駅の方に向かう。自転車の後ろでは沙穂が大きな声で歌を歌っている。沙穂は生まれたときから歌が好きな子だ。


 家に帰ると理央がお腹が空いて死にそうだと訴えて来る。理央ももう六年生になって、米の研ぎ方を覚え、ご飯は炊いてくれるので助かる。

 手早くおかずのマーボー豆腐とサラダを作って夕飯を食べる。私が今、最も大切にしている時間が始まる。

 リーン、家の電話が鳴る。理央が電話に出る。

「お父さん、榊先生だよ」

 理央が受話器を押さえて、私を呼ぶ。

「もしもし、星野です。先生、男子の件はありがとうございました。その後美鈴さんのお母さんの件で何か進展がございましたか?」

「はい、その後美鈴さんのお母さんと話をして、美鈴さんも誤解だったと認めたことを伝えました」

 今日は仕事もうまくいき上機嫌の私と対照的に、電話を通して聞こえる榊の声は沈んでいるように感じた。

「何かあったのですか?」

 溌剌とした口調が消えていることを気にかけ、私は労わるような口調で問いかけると、榊から深刻な状況の説明が行われた。

 美鈴の母は榊が理央を庇い、美鈴に対し不本意な同意を強要したと主張し、それを副校長に訴えた。訴えを聞いた副校長は学年主任と校内カウンセラーの先生に相談し、三名で榊の行動が軽率であったと、注意をしたのだ。

「それではこの件は解決することなく終わってしまい、事情を良く知らない父兄には、今後も理央が悪者として伝わり続けるということですか?」

 私は最も懸念していることを、榊を責めるような口調にならないように気を使って訊いた。

「私もその点が気になり、副校長にこのままではダメだと食い下がりました」

「申し訳ありません。お手数をおかけします。それで副校長はどうするのですか?」

 どうも今日の榊は歯切れが悪い。

「はい、任せてくださいと言った手前、たいへん言い難いのですが、学校が仲介して当事者同士で話し合う機会を設けるということになりました」

 会社でハラスメントの訴えがあっても、当事者同士を話し合わせることはまずしない。なぜなら、直接話し合ってしまっては感情がぶつかり合って決して解決に向かって進まないからだ。

 父兄同士を話し合わせるとは学校も良く分からないことをする。それでも榊が事態を収拾するために、相当苦労してこの条件を引き出したことは間違いない。そう思うとここ数日間の榊の苦労に頭が下がる思いだった。

「私はかまいません。それで榊先生は校内で立場が悪くなるようなことはありませんか?」

 つい心配して聞いてしまった私に対し、榊はきっぱりと言い切った。

「私のことは心配しないでください。もしこれがうやむやに終わるようなら、私自身教師として自信が無くなってしまいます」

 榊の言葉を聞き、仕事に情熱のある若者はいいと、私は感動した。

「それよりも、この話し合いですが、副校長の佐川、校内カウンセラーの野島、それに私と副担任の川上の学校関係者に加えて、以前私が注意した男子の父兄の望月さんと高田さんも参加されます」

――三対一か

 ママの連合軍と対することに、少しばかり気後れする感じがしたが、そうも言ってられない。

「分かりました。それで話し合いはいつになりますか?」

 理央のためだと自分を叱咤しながら日時を確認した。

「原島さんたちは基本的に家にいるのでいつでもいいと言われています。ただ教師の方が平日は時間を取り難いので、こちらの都合でたいへん申し訳ないですが、明後日の土曜日の午前一〇時でもよろしいですか?」

「土曜日一〇時ですね。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」

 すまなそうに礼を述べて、榊が電話を切った。


 電話を置いて食卓に戻ると、理央が心配そうな顔をして俯きながら食べている。自分が無意識に暗い顔をしているのだと気づき、笑顔を作った。

「榊先生は頑張ってくれてるな」

 その言葉に理央は顔を上げて電話の内容を訊いて来た。

「美鈴の話だよね。どうなったの?」

「理央は心配しなくていいよ。今週の土曜日に先生たちが立ち会ってくれて、美鈴ちゃんのお母さんと話すことになったから」

「そうなんだ。私は行かなくていいの?」

「親だけで話すから大丈夫だよ。ところで、同じクラスの男の子で望月君と高田君っているだろう。その二人が前に、理央に対してお前のせいだと言ってきた子かい?」

「そう。もう言わないけど。望月さんと高田さんがどうしたの?」

「いや、今度の話し合いにその二人のお母さんも来るそうなんだ」

 それを聞いて、理央は「ああっ」と何か気づいたような声を上げた。

「どうした、何かあるのか?」

「うん、よく一緒にいるから。仲いいんだよね親同士が。お父さん大丈夫かなぁ。三人がかりで責められたりしない?」

 理央に合わせて沙穂も「せめらるるしな~い」と言った。その言い方が可愛いので、私と理央は顔を合わせて噴き出した。受けたと思ったのか、また沙穂が「せめらるるしな~い」と繰り返す。

「沙穂ちゃん、パパは大丈夫だよ。理央も心配しなくていいよ」

 私は沙穂にはやさしく、理央には力強く答えた。

「本当に大丈夫? 先生は誰が出るの?」

「榊先生と川上先生、それに副校長先生とカウンセラーの先生も出てくださるそうだ」

 参加者を聞いて、理央が叫んだ。

「えー文句婆が出るの!」

「誰だよ文句婆って?」

「副校長先生だよ。いつも文句ばっかり言ってるから、みんなそう呼んでるんだ」

 副校長は女性だったのか。沙穂に手を取られて、小学校にほとんど行かないので、そんなことも知らなかった。

「先生のことを文句婆なんて言ったら駄目だろう」

「でもみんな言ってるよ。それによく知らない癖に文句言うから、みんな怒ってるんだよ」

 どうやらそういう人らしい。また私は気が重くなった。

「その話は止めよう。ところでどうだ、バスケットの調子は?」

 話を変えようと、理央の好きな話題を振ってみた。

「最近ね、ノア君のお父さんが教えに来てくれるんだよ」

 ノア君……思い出した。川上先生を救ったあの子か。

「そうか、ノア君のお父さんはバスケットが上手なのか?」

「すごく上手いよ! アメリカでも大学までやってたんだって」

「凄いな、本場仕込みか。ノア君のお父さんは日本語はしゃべれるの?」

「ペラペラだよ。でも英語でも少し話したりする。大学で英語を教えてるんだって」

 理央の話を聞いてると、日本も本当にグローバルになって来たように感じる。きっとこの子たちが社会の第一線に立つ時は、日本の主要ビジネスは全部英語で会話するようになると確信した。

 理沙は理央が三才のときに週一の英会話塾に入塾させた。それは今でも続いている。沙穂は来年五才になる。沙穂も入学させなきゃいけないなと感じた。


 昨夜よく眠れなかったせいか、鼻の調子が悪い。そろそろスギ花粉が猛威を振るいだす季節だが、普段は花粉の症状はあまり出ない。ただ、心身両面でが疲れると激しい症状が出ることがある。今日はその状態の前兆を感じる。

 家から小学校まで、晴れてることもあって歩くことにした。一月の風は冷たいが、冬の陽の暖かさを感じると希望が差し込む気がする。

 小学校に着くと、榊が出迎えてくれた。まだ一〇時迄二〇分近くある。榊は今日の会場となる四年一組の教室で、会場設営をしている途中だった。教室には副担任の川上も来ていた。話しやすいように机を寄せてコの字型のレイアウトに変えている。私も手伝って設営を終えると五分前になった。私は廊下側の席に陣取った。

 定刻になると、まず副校長の佐川と校内カウンセラーの野島が現れた。佐川は小柄で痩せていたが、顔が大きくて存在感のある女性だった。年のころは五十過ぎというところか。

 一方野島はかなり恰幅のいい大柄な女性だった。年は四十代後半か……いずれにしても二人とも私よりは年上に見えた。

 二人は私に簡単に挨拶を済ませ、榊と共に黒板側の席に座った。佐川がチラッと教室の掛けてある時計を見て、美鈴の母たちが遅れていることに苛立ちの表情を見せた。榊はいたたまれないような風で、美鈴の母たちを迎えるためと言って教室を出て行った。

 美鈴の母たちは、十分遅れて榊の案内で教室に現れた。遅れたことを謝りもせず、「おはようございます」とだけ告げて、空いてる窓側の席に陣取った。

 美鈴の母はあまり手の入ってないショートボブで、冬の日差しが入って暖かいにも関わらず、ダウンジャケットを脱ぎもせず私を睨みつけていた。

 望月の母は主婦らしくないブラウンに染めたロングヘアで、ウェーブがかかった柔らかい髪が、裕福そうな感じを醸し出していた。こちらはグレーのウールコートを脱いで、紺地に白の水玉のワンピース姿になって、澄ました顔で隣の高田の母と小声で話していた。

 高田の母は肩より少しだけ長いミディアムヘアで、こちらもブラウンに染めていた。望月の母と同じようにベージュのコートを脱いで、黄色のセータ姿で座っていた。

「お忙しい中ご足労いただきありがとうございます。今日は星野理央さんと原島美鈴さんの問題について、両者が和解できるように話し合いたいと考えています。その前に榊先生が若さで暴走してしまい、皆さまに不快な思いをさせてしまったことを謝罪いたします」

 いきなり佐川が榊をスケープゴートにして、自分たちの中立性を主張してきた。佐川の意地悪い言葉に、榊は唇を噛みながら耐えていた。気の毒に思って私が庇おうとすると、間髪入れずに美鈴の母が発言した。

「私は特に先生方に謝罪してもらおうとは思いません。星野さんが理央さんの美鈴に対するいじめを、もうしないと約束していただければすぐに帰ります」

 肩を震わしながら一方的に理央を悪者にする美鈴の母に、私は少し精神的な疲れを感じた。前に電話で話した感じだと、美鈴の母は理央と美鈴のやり取りを一度も直接見てないはずだ。それをこんな風に悪意を持って言い切れるのは、何か別な原因であると確信した。

「原島さんは、なぜそんなにはっきりと理央が悪いと断定されるのですか?」

 私は相手の精神状態が分からないだけに、まずはありきたりな質問で探りに出ることにした。しかし意外にもそれに答えたのは望月だった。

「理央さんは言葉が乱暴ですから。私も一度見たことがあります。うちの子に対して理央さんが『もうやめろ』と怒鳴っているのを」

 望月が発言して高田を見ると、打ち合わせでもしているかのように高田が言った。

「私も一緒に見ました。すごく強くて乱暴な言葉で、うちの子も怖がってました」

――おいおい、あなた達の子供は男の子だろう。いくらなんでも女の子に怒鳴られて怖いはないだろう。

 私は内心あきれながらも、理央のために言い返そうとして、「それは直接的に」と言いかけた時、遮るように美鈴の母が言った。

「言葉だけじゃありません、理央さんは悪意があります」

 また根拠がない主張だと思った。

「ちょっと待ってください。私は最初になぜそう思うかと聞いたじゃないですか」

 間髪入れずに佐川が言った。

「悪意のあるなしは、この場では分かりません。ただ理央さんの言葉はきついと、報告を受けています」

「私も何度か理央さんの言い方はきついと他の生徒から聞いています」

 佐川の発言を肯定するように野島が言った。

「誰がそう言ったんですか?」

 榊がそんな話は聞いてないとばかりに、野島に聞き返した。

「あなたは経験が浅いのだから口を挟まないでください」

 榊の発言を佐川がシャッタアウトする。

 まったく無茶苦茶な話し合いだ。

 こういう秩序のない会議に慣れていない私は、少しだけ徒労感を覚えた。

 議長役である佐川に原因があるのは明らかだった。

 どうしようか迷った時、突然教室の扉が開いた。

「すいません。このディスカッションに私も参加させてください」

 そう言って一九〇センチを超える大男の外国人が入って来た。

「あなたは、モーリーさん。なぜここに……」

 さっきまで権威の塊のように堂々としていた佐川が若干の怯みを見せた。

「私は理央の所属するバスケットボールチームで時々コーチをしています。理央から今日の話を聞いて、キョウミヲオボエテ、来ました。ドウセキしてもいいですよね。OK?」

 佐川からモーリーと呼ばれた男は、承諾の返事がないにも関わらず、ズカズカと入って来て、私の隣の席に腰かけた。小学生用の椅子は大柄なモーリーには少し窮屈そうに見えた。

「何なんですか、あなたは。関係ない人はこの場に入らないでください」

 モーリーの参加を拒否しない佐川に代わって、望月がヒステリックに拒絶の意志を示した。

「私はあなたたちと同じクラスのノアの父です。それに武蔵野市の教育長から、この地域のジャックネンソウのグローバルカキョウイクのソーダンを受けています。ゲンバを知るにはちょうどいいと思ってやってきました。いいですよね、サガワサン」

 佐川は声に出さず、しかし拒否もできない様子で、渋々頷いた。

「それにしても、このディスカッション酷いです。カンジョだけがあって、論理性が失われている。サガワサン、あなたはもっとしっかりファシリテートしないとだめだ。アメリカでは子供でもできます」

 モーリーの大らかだが辛辣な言葉に、佐川はむっとしながらも渋々頷いた。それを見て発言を封じられていた榊が言った。

「原島さん、最初の星野さんの質問に答えてください。私は美鈴さんから、原島さんが具体的にいじめと指摘した三つの話については、誤解だったと聞きました」

 今度は質問をした榊を睨みながら美鈴の母が答えた。

「私は美鈴が榊先生に無理やりそう言わされたと思ってます。現に美鈴は朝になると学校に行けないと言っています」

「それは別の原因があるんじゃないですか?」

 榊は物おじせずに聞いた。

「うちの家庭内に原因があると言いたいんですか!」

 美鈴の母は更にヒステリックになっている。

「そうは言ってないです。ただ、美鈴さんが登校できないのは、理央さんが原因だと言えないと言ってるんです。私と一緒に美鈴さんが学校に来れるように原因を探しませんか」

「嫌です。理央さん以外に原因は思い当たりません」

 美鈴の母は頑なだった。

「これだけ言ってるんだから、やっぱり理央さんが原因じゃないですか。実際理央さんの言葉は乱暴だし。ねぇ野島先生」

 モーリーの登場に圧倒されていた望月は、早く決着をつけようと野島の同意を求めた。

「ええ……」

 佐川が怯んだせいで、野島の歯切れも悪い。その時ずっと黙っていた川上が口を開いた。

「私はノア君に、尊敬と感謝が人と人が接するのに一番大事なことだと教えられました。今それを思い出しました。だからここで自分が黙っててはいけないと思います」

 先ほどまで貝のように口を閉ざしていた川上の発言に全員の注目が集まった。

「望月さんと高田さんが、理央さんに注意された場面を私は見てました。その時二人は同じクラスの美佳さんに、天然パーマをモジャモジャと言ってしつこくからかっていて、見るに見かねて理央さんが止めたんです。それも最初はそんなに強く言ってなかったんですけど、あまりにしつこいから強く言ってめさせたんです」

 普段は黙っている川上が意を決して話した。望月と高田は罰が悪そうに黙って下を向いた。

「何か私の知らないところでいろいろと誤解があるようですね。理央さんが美鈴さんの不登校の原因だと言うのは無理があると思います。原島さん、誤解を解いてもらえますか」

 理央を悪者として責めるのは形成不利と思ったのか、佐川がいきなりまとめに入った。

 卑怯な人間だなと怒りを覚えながらも、美鈴の母が考えを変えてくれるかと期待を持って、私は何も言わずその言葉を待った。

「私は納得できません。美鈴が学校に来れないのは理央さんのせいなんです」

 美鈴の母は頑なだった。望月と高田が黙ってしまっても、なおも自説を曲げない。私はその姿を見て、美鈴の母は相当追い詰められていると感じた。

「原島さん、嫌でなかったら理央が毎朝学校に行く前に声をかけましょうか。もちろん行ける状態ではなかったら先に行きますけど、とりあえず毎日声をかけることは意味があるんじゃないかと思います」

「えっ」

 思っても見ない申し出に美鈴の母は反応できずにいると。

「ノアも行かせます。みんなが学校に来て欲しいと思うことが分かれば、きっと気持ちが楽になりますよ。そうだ望月さんと高田さんもそうしませんか」

 モーリーは力強く解決に向かって全員をリードしたが・・・・・・

「あの、うちの子はちょっと行かせられないかと思います」

「うちもいつもぎりぎりですし」

 意外なことに原島の味方である二人はこの提案を拒否して気まずい雰囲気が流れた。その雰囲気を振り払うかのように榊が提案した。

「原島さん、今は納得できなくても構いません。あなたがこの答えを出すのは置いときましょう。それよりも美鈴さんが登校できるように、私と川上先生に少し時間をくれませんか。私はクラスの他の子にも声をかけて、これから毎日美鈴さんを迎えに行きます」

 手を差し伸べるような榊の言葉に、さすがに美鈴の母もそれ以上何も言わず、承諾の印として首を縦に振った。

 話し合いが終わって、さっさと教室を後にする副校長たちの後姿を見ながら、私は榊と川上に頭を下げた。二人は晴れ晴れとした表情で教室を出て言った。そしてモーリーだけが教室に残った。

「今日はありがとうございました。モーリーさんがいなければどうなっていたか、考えるだけで恐ろしいです」

 モーリーは私の謝辞に首を振って言った。

「私は理央を知っています。責任感があって素晴らしいチャイルドです。それにマミーの話も聞きました。そんな中で娘を育てているあなたを私は尊敬し、理央とノアが知り合ったことに感謝してます」

 私はそんなモーリーの言葉を聞きながら、アメリカ人の信念に対する忠実さに驚いていた。日本人だったら、絶対に参加しようなどと思わない。尊敬と感謝、彼らの行動原則には一本筋がある。常に天から神が見ていると考える彼らにとって、人の目を気にする日本人は行動力で一歩遅れを取るかもしれない。今日の結果とは別に、グローバル化の波にさらされる自社を思いながら、言いようのない不安感が襲ってきた。

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