第4話 ヒント!?
翌朝出社すると既に遥香はパソコンを開いて、新たに発見された社史資料の整理を行っていた。黒のパンツスーツに黒のパンプス、インナーのシャツだけがホワイトで細身の体にとても似合う。この職場には似合わない、いかにも仕事のできるいい女、今はもう慣れたが最初はあまりのアンマッチに落ち着かなかったものだ。
「長池さん、うちの技術開発とか技術者養成に関するトピックを探してくれないか?」
「調べてみます」
遥香は決して無駄に理由を聞いたりしない。指示されたときに瞬時にやるべきことを整理してすぐに行動を開始する。結果を出すまでに交わされる会話は機械のようだ。それでも、心が冷たいわけではない。
たまに私が理央や沙穂の扱いに困って身近な女性の一人である遥香に相談すると、かなり真剣に答えてくれる。ただ「大変ですねぇ~」というような彼女の感情から発せられる言葉は一切ない。
私と遥香はそれから二時間あまり、これまで収集した社史関連資料から、技術開発に縁のある記事を熱心に探した。私が成果が出ずにこの作業に飽き始めた頃、遥香がプリントアウトした資料を差し出してきた。
「今まで収集した記事から、技術者養成および技術開発での注目記事を、二十ほど収集しました。もし不足でしたら更にキーワードを拡げて検索しますので言ってください」
「ありがとう」
遥香に礼を言って読み進めると、そこには技術屋が読めば、思わず熱くなると思われるような記事が印刷されていた。写真付きのものもある。
現社長の高階は前社長に比べ技術には理解がある。待つことができるし、何よりも技術に対するリスペクトがある。それだけに技術開発に関わるエピソードは多かった。
しかし、私にはそれが大川社長のTECGへの見方を変える決め手になるとは思えなかった。エピソードの質が不足しているのではなく、探す方向性が間違っているのかもしれない。
「あまりヒットしてないようですね」
提出した資料に対する私の冴えない表情を読んで、遥香が次のアクションに対するディスカッションを求めてきた。
「ああ、実は当社(うち)の技術開発姿勢に対して不信感を持っている人がいて、過去エピソードでそれを払底しようと思ったのだが」
「もし、当社の技術開発に対するどなたかの嫌悪を変えようとするのであれば、まず原因を知るために、当社のいいところを探すよりも、当社の技術開発に関する失敗事例を探す方が効果的だと思いますが」
まったく遥香は理想的な部下だった。余計なことは言わず。目的に向かって必要なことだけを述べ、しかもそれが適格だ。こんなできる人材をこんな部署に置いとくことに罪悪感すら覚える。
「ここからは重要機密だと思って聞いて欲しい。大川電機の大川社長のトピックと、当社と関係した記事がないか調べてくれ」
「分かりました。それならば申し訳ありませんが、後半日時間をください」
そう言って遥香はまた黙ってパソコンに向かった。私はそうした遥香の姿を頼もしく思いながら、もう一度梅川から大川社長のことを聞いてみようと思い、席を立って秘書室に向かった。
梅川はデスクで熱心に書類を読み耽っている。おそらく大川電機がらみの資料だろう。梅川自身がこんなに自分を追い込んでいる姿は久しぶりに見た。今度の営業譲渡に賭ける彼の熱い思いをひしひしと感じる。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、昨日の件でもう少し詳しくお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
その声で私の来訪に気付いた梅川は資料を置いて、「どうぞ」と専用個室に招いてくれた。あっさり資料を読むことを止めたのは、きっと梅川なりに行き詰っているのだろう。
質素ではあるがしっかりした質感のソファに腰かけると、梅川の方から切り出した。
「どうかね。何か打開策になるようなものは見つかったかな?」
「そうですね。高階社長には、技術に対するいいエピソードはたくさんあります。ニュー原子力プロジェクトの十時間ヒアリングによるベンチャープロジェクト制の導入とか、開発秘話として使えそうな事案は豊富にあります」
「先代高倉社長にはなかった?」
「高階社長に比べれば少ないですね。でもないことはないです」
「浮かない顔だな」
やはり梅川も気づいている。単なるいい話を百並べても大川社長は動かない。
「うちに対して不信感を持っている人がこんなうちに都合のいい話を並べられても、心が動くとは思えないです。しかし社史を調べても当然ですが、うちの失敗事例や都合の悪い話はほとんど出て来ません」
梅川は私の言葉に無表情で頷いた。
「それは分かっている。いい話なら私や高階さんは、いくつでも話すことができる。おそらく表の社史にはそんな記録しかないだろう。だが君ならその裏側にも気づくんじゃないかと思ったんだ」
いよいよ本音が出て来た。
「買い被りですよ。でもそんな泣き言を言ってられない状況だと言うことは理解できます」
梅川は微かに笑った。
「そうだ、だから無理は承知でもうひと頑張りしてくれないか」
その言葉を最後に二人とも黙り込んだ。大川社長がTECGを嫌う理由が分かれば、まだ手の打ちようがあるが、それに関してはまったく話してくれないらしい。おそらく梅川は自身でもそれを相当調べているはずだ。
私の調査したところでは、大川社長は事業的にも個人的にもTECGとの関りがまったくない。大川電機自体がTECGとの取引がない上、大川一族も誰一人としてTECGあるいは高倉電機と関係ある者はいない。
「まったく暗中模索だな」
「それは試してみることがある時に使う言葉です。今の状態は五里霧中です」
少し冗談のつもりで突っ込んでみたが、梅川はニコリともしない。
「ともかく私は君を信じている。きっと何かヒントを見つけてくれると」
「はっ?」
私の訳が分からないと言う顔を見て、梅川から笑みが漏れた。
「感覚的な話はビジネスでは危険だな。だがこんな状況でも、君なら何か見つけてくれる予感がするんだ」
「それこそ買い被りです……」
「そんなことはない!」
梅川はここぞとばかりに力を込めて言った。
「きっと、君は打開策を見つけ出すと信じている」
そう来るか――梅川の根拠のない期待に、私は若干反発を覚えたが、梅川には恩を感じていることもあり、そうできればいいなとも思う。
「期待に応えられるか分かりませんが、もう少し頑張ってみます」
具体的には何の進展もなかったが、彼の信頼に応え、次こそ結果を出そうと思いながら秘書室を後にした。
社史編纂室に戻ると、時計の針は一七時を五分ばかり過ぎていた。おそらく遥香からもうすぐ何らかの回答がある。
予想通り一〇分ばかりして、遥香から資料が手渡された。
「大川社長の性格的な傾向が現われている情報をまとめてみました」
ざっと目を通すと、情報の中にはインターネットだけではなく、多分遥香の情報ネットワークの中にある人達から、電話でヒアリングしたような情報が多数散見された。これ程の逸材がなんでここにいるのか、疑問に思いながらも「ありがとう」と礼を言って、帰り支度を始めた。今日は沙穂の保育園の保護者懇談会だ。遅れることはできない。
「楽しみですね」
「えっ、何が?」
珍しく遥香がビジネス以外の反応を示した。
「星野さんが私の仕事をどんな風に結果に結びつけるのか、いつも想像しただけでゾクゾクします」
遥香が笑っている。滅多に見ない表情に私は少し肌寒さを感じた。そして、遥香が梅川と同類であることを確信した。
「君達の期待が不気味すぎるよ……」
もちろん遥香はそんな私の言葉にはなんも反応せず次の仕事に入っている。私の言葉はただの独り言として宙に消えた。
会社を出て中央線に乗る。吉祥寺に着くと全力で自転車をこいで保育園に向かう。そこで沙穂を拾って、また自宅まで全力で自転車をこぐ。
理央は練習がない日なのでもう自宅にいる。ピザを頼んで現金を渡し、また保育園に向かって自転車をこぐ。
父兄の集まりは八割程度か。亜紀が笑顔で迎えてくれた。今日はセサミストリートのTシャツが良く似合っている。亜紀先生ももう二五才か、こんな家庭的でかわいい女性がまだ独身でいることが不思議な気がした。
懇談会は楽しかった。いつも保育園に預けて寂しいんじゃないかと後ろめたく思っていたが、亜紀や他の父兄から楽しく過ごしている様子を聞いて、そんな気持ちがすっーと溶けていく。
そしてここの子供たちは亜紀先生を始めとした先生方の優しさに包まれながら、幸せな時間を過ごしているのだと思って安堵する。
「こんばんわ、遅れて申し訳ありません」
二十分過ぎたあたりで、沙穂と仲の良い依里ちゃんのパパが現れた。去年のバザーでは一緒に焼きそばを焼いた数少ない知り合いだ。依里ちゃんパパのためにスペースを空けると、「ありがとうございます」と言って隣に座った。
懇談会は和やかな雰囲気で終了した。私にとって保育園の懇談会は、会社の会議よりも何倍も居心地が良かった。何よりも普段は分からない沙穂の日常を感じることができる。
「星野さんも懇親会行きませんか?」
加奈ちゃんのパパが誘ってきた。依里ちゃんパパも行くらしい。先月のバザーの打ち上げをして以来、パパ同士の飲み会が始まったとは聞いていた。
保育園だけに父母共に働いていることから、ママの中にもお酒の席が好きな人はたくさんいて、最近はそういう人が集まって飲み会グループが形成されたと聞いている。
親子三人の生活が始まってから、子育てに追われて飲み会を断り続けてきただけに、今日は無性に行きたくなった。ただ、家に残した子供たちのことが気になる。思い切って電話をかけてみた。ツーコールで理央が出た。
「もしもし、どうしたの?」
「ああ、懇談会は終わったけど、もし家が大丈夫なら、今日は他のお父さんたちと飲み会に行ってこようかと思うんだが……」
「分かった。ピザ食べたらあっという間に沙穂眠っちゃったから、行ってきていいよ」
あっさりOKが出た。理央はどんどん成長して私の手を必要としなくなっている。頼もしくもあり、寂しくもあった。
それとは別に沙穂がもう寝たと聞いて、歯を磨かずに寝ちゃった気がして、やはり帰って歯を磨かせた方がいいかなと一瞬迷った。
それでもなぜか、今日はどうしても行きたいと思って、「じゃあ、頼む」と言って電話を切った。吉祥寺の治安の良さが心配する気持ちを薄れさせる。
飲み会の会場は三鷹の白木屋だった。他の学年の父母たちも来ている。どうやら保育園父母たちはここのお得意様らしい。
参加したのはリーダー格の加奈ちゃんパパ、依里ちゃんパパ、隆介君パパ、大貴君パパ、紅一点の太郎君ママに自分を入れて六人だった。なぜか二十人は入れる座敷に通され貸し切り状態になった。都内にはない解放感で心が浮足立つ。
唯一気心が知れた依里ちゃんパパと加奈ちゃんパパの間に座ると、早速生ビールが運ばれて来る。
「生で大丈夫でしたか?」
加奈ちゃんパパは、他のメンバーは飲めると分かっていたので、予約した時に頼んでおいたようだ。新入りの自分に気を使ってわざわざ聞いて来たが、元々いける口なので、「大丈夫!」と答え笑顔を見せる。
「それでは、子供たちの成長と初参加の沙穂ちゃんパパを歓迎して、乾杯!」
加奈ちゃんパパの音頭で懇親会がスタートした。子供たちが同じクラスという以外は、何のしがらみもない関係なので気兼ねなく飲める。学生の時以上の気楽さが私の気持ちを溶かしていく。
早速、新入りの私に対して改めて自己紹介が始まった。左隣の加奈ちゃんパパからだ。
加奈ちゃんパパは吉祥寺に代々続くシャツ屋の跡取りで、中道通りに店があるらしい。オーダーシャツ作る時はどうぞと冗談のような営業が入った。太った身体にぴったりとフィットしたシャツが、仕立ての良さを感じさせる。
隆介君のパパは新聞記者で転勤が多いらしい。奥さんは地元の人で、東京勤務の時はマスオさんになりますと笑っていた。骨太な体格と意志の強さそうな顎が、精力的な取材を行う記者のイメージと合致する。
大貴君のパパは変わり種で、夫婦で漫画を描いている。最近奥さんが少女漫画雑誌で連載をもらって忙しいので、もっぱら旦那が子育て担当になったと言っている。やせ形の体系に丸い眼鏡がかかった面長の顔が、私の中の漫画家のイメージと重なって妙におかしい。
太郎君のママは市内の総合病院の看護師だ。「うちの病院は具合が悪くても来ない方がいいわよ」と、もう酔ったのか毒を吐いている。旦那さんは年下の美容師で入院してきたときに知り合ったそうだ。看護師さんらしいテキパキとした口調と、コミュニケーション慣れした機転の速さが特徴だ。
最後に依里ちゃんパパの自己紹介が始まった。
「坂本依里の父です。沙穂ちゃんパパほど大手ではないですが、大川電機と言う会社で電子部品の設計をやっています」
大川電機、それも技術者! いきなり私の心臓が早鐘を打ち始める。なんという偶然だろう、最も会いたい人間にこんな所で会えるとは、この問題を解決するように天が導いてくれたとしか思えなかった。
仕事モードが頭の中に広がり始めたが、いやいやここはプライベートな場だ。ここでそんな話をしてはいけないと自分を戒める。
自己紹介が終わると、三週間後の運動会の話で盛り上がった。普段なら私にも興味深い話なのだが、どうしても依里ちゃんパパのことが気になってなかなか身が入らない。当の依里ちゃんパパは身を乗り出して話に加わっている。
とてもじゃないが仕事の話ができる状況ではなかった。
「遅くなりました」
セサミストリートのTシャツのままで亜紀が現れ、一挙に会場が華やかになった。
「下田先生遅かったじゃない」
太郎君ママがてきぱきとスペースを作って、自分の隣に座らせる。どうやら亜紀を呼んだのは太郎君ママのようだ。
「下田先生が合流するのは久しぶりですね」
加奈ちゃんパパが正面から身を乗り出してきた。クラス役員をしているからか、亜紀とは親しいようだ。大貴君パパもノリノリで体を乗り出している。亜紀を中心にこの二人と太郎君ママを加えた四人のコミュニティができあがり、残された私たちは三人で話し始める。
しばらく子供の話をしていたが、隆介君パパの携帯が鳴ったので、話をするために立ち上がり二人になった。このチャンスに堪えきれずに仕事の話を始めてしまった。
「坂本さんは大川電機に勤められてるんですよね」
「ええ、そうです。TECGさんに比べるとしがない部品屋ですが」
そう言いながらも、決して媚びてない誇りのようなものを、依里ちゃんパパには感じた。
「とんでもない。大川電機さんの技術に対する姿勢には、同じ業界として見習わなければならないと感じています」
「そんなことないですよ。高階社長になってから、TECGさんの技術志向は社内でも話題ですよ。こういう会社で働きたいと言う若い技術者もたくさんいる」
裏表のなさそうな依里ちゃんパパの言葉は信じていいようだ。それならなぜ大川社長はあれ程TECGを毛嫌いするのか。
「いやあでも、大川社長はあまり当社のことは好きじゃないみたいですよ」
「えっ」
探りを入れるつもりで何気なく発した言葉に、驚くほど依里ちゃんパパは反応した。
「どうして知ってるんですか?」
「いや、前にうちの人間が大川社長と話す機会があって、その時にそのようなことを聞いたみたいなので」
自分でもびっくりするほどすらすらと嘘が出た。いや嘘ではないか。高階社長もうちの人間には間違いない。
「そうですね。社長はあまりTECGさんにいい感情はないようです」
依里ちゃんパパは私にすまないと思ったのか、申し訳なさそうにする。
「まあ、そんな雲の上の人のことは我々には無関係だ」
「そうですね。私たちとは違う世界の話ですよね」
その違う世界の人が干渉してくるからめんどくさいのだが、と思いながらも、依里ちゃんパパの気持ちが楽になったところで、一番聞きたいことをさりげなく切り出した。
「でも、なんで大川社長は、そんな悪感情を持ってるんですかねぇ」
「さあ、私にもよく分からないのですが……何でも大川社長の大学の同級生だった人がTECGさんに入って、技術者だったらしいんですが、あまりいい目に会わなかったと聞いています」
これは貴重な情報だった。小躍りしたくなるような思いを抑えてさりげなさを繕った。
「そうなんですか。まあ、たくさんの社員がいますから、才能有っても運のない人はいますよね」
そう言って、自分も運がないのかなとふと思った。仕事とは別の意味で……
「沙穂ちゃんはお姉さんが見てるんですか?」
顔を上げると亜紀が向かいに来ていた。向こうのグループを見ると三人で何やら盛り上がってる。きっとせっかくの機会なので、父兄と万遍なくコミュニケーションを取るために、移って来たのだろう。
「はい、姉妹と言っても八つも違いますから、小さいお母さん的なところもあるんですよ」
「羨ましいです。私は一人っ子なんでそういう関係に憧れます」
優しい両親が一人娘を大事に育てる様子が目に浮かぶ。
「先生、うちの隆介は先生のことが大好きだって言ってますよ。大きくなったらお嫁さんになって欲しいって」
「まあ、こんなおばさんに、光栄です」
依里ちゃんパパと、「そんなことないですよ」と声を合わせて言いながら、隆介の奴なかなか女を見る目があるじゃないかと、元気に走り回る姿を思い出した。
「沙穂ちゃんと依里ちゃんって、とっても仲が良くて、どちらもお姉さんがいるせいか少しおませさんなんですよ」
亜紀が少し含みのある笑いをして私を見つめる。その視線に少し息苦しくなって、
「どんな風にですか?」と聞いた。
「ふふっ、秘密です」
周りがドッと湧いた。
「秘密ですか。気になるなぁ」と依里ちゃんパパが楽しそうでちょっぴり悔しそうだ。その様子を見て、私も亜紀を囲んだ会話を楽しむことにした。もう会社の話はいい。これ以上何もなさそうだし、何よりもこの時間を楽しみたい。
「何々、楽しそうね。私も混ぜてよ」
太郎君ママが寄って来た。向こうでは加奈ちゃんパパが、大貴君パパを相手に保育園の運営について熱く語っている。加奈ちゃんパパは父母会の幹部と親しいせいか、保育園の情報通でもある。大貴君パパは年が一つ下ということもあって、加奈ちゃんパパを密かに尊敬しているようだ。
「それにしても、先生のような優しそうな美人がまだ独身なんて不思議よね。さっきの話ではお付き合いしている人もいないっていうし」
太郎君ママは明るくて話し上手で、周りの人が聞きたいことをズバズバ口に出す。私の認識では、看護師さんは日ごろ無口に成りがちな患者さんと付き合うせいか、こんな風に社交的な人が多い気がする。
「私なんて園を離れるとつまらないですよ。ヤキモチ焼きだし寂しがりだし、前に付き合った人からも、お前ホントにつまらない女だってフラれましたから」
途端におやじたちから、
「またまた、謙遜してもいいことないですよ」と、お約束の突っ込みが入る。
「亜紀先生は私が見る限り、園で一番美人さんよ!」と、太郎君ママがまた盛り上げる。
「それならいいんですけど、現実には私は一生子供達が恋人なのかと思います」
「ほら、星野さん、こんな美人が悲しそうなのに、早く立候補しなきゃ、あなた独身でしょう!」
思いもかけない太郎君ママの突っ込みが入った。
「えっ」
私の照れてる様子に周りがどっと盛り上がるが、私は恥ずかしさでいっぱいだった。
「独身のエリートパパと担任の先生、刺激的だなぁ」
隆介君パパが半分羨ましそうに突っ込んで来る。
「駄目でしょう。風紀違反よ」
自分で水を向けて締めてかかる。太郎君ママにかかっては、おじさん三人は遊ばれてるようなものだ。亜紀は照れながらも笑っている。
――楽しいな。
私は長らく味わってない解放感に包まれた。
夜も十時を回って、この会もお開きになった。
「また誘ってくださいね」と挨拶する亜紀をみんなで見送ってから私も家路に着く。
加奈ちゃんパパと大貴君パパは二人でもう一軒行くようだ。
家に帰ると理央は沙穂と一緒にベッドで寝ていた。おそらく寝付かせながら力尽きたのだろう。
「眠っているとホントに天使だな」と、独り言を呟いて、風邪をひかないように毛布をかけてやる。食卓についてコーヒーを飲みながら、今日の成果を思い出していた。
大川社長が入社したのと同じ年に、同じ大学からTECGに入社した技術者を探せば、きっと手掛かりがつかめる。難航していた課題の解決の糸口が見つかった気がして明るい気持ちになった。すると、今日一緒に飲んだ亜紀の顔を思い出す。懇親会で感じた幸せな気分が蘇った。
――俺は何を考えているんだ。相手は一回りも下の、しかも沙穂の先生だぞ。
そう思っても頭から亜紀の顔がなかなか離れない。ふと遥香の冷たい美貌を思い浮かべた。美人という点では亜紀を上回るが、科学者のように私を観察する眼を思い出すと、さっきまでの浮ついた心がすっと落ち着く。
「ありがとう、長池君」
寝る支度を終えて、沙穂の横で静かに眠りについた。
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