第2話 八大龍王に導かれた高千穂の記憶

 立て看板の指示通りに「飯盛寺」を目指す勇司。その道中には「飯盛城跡」と表示された石垣があった。


 「へー、地元の山頂にお城があったんだぁ・・・。」


 早朝の山道で聞こえてくる鳥の囀りが心地よく、鬱蒼とした森林の隙間から朝日が穏やかに輝いている。勇司は次第に童心にかえり、山を散策しながら探検している気分になっていた。


 程なくして、車が通れるだろう舗装された道が出現する。その坂道を下っていくと、お寺らしき建物が見える。


 「おっ、あれが飯盛寺かな。」


 見えてきた建物に向かって真っ直ぐ歩いていくと、その右手に登り階段があることに気づく。その脇に建てられた石碑に目を向けると、「八大龍王」と刻まれていた。


 「八大龍王・・・。まさか地元に、八大龍王の神社があったんや!!」


 しばらく勇司は、石碑の前で立ち尽くしていた。ジッと「八大龍王」の文字を見つめながら過去の記憶を辿っていく。それは、約4年半前のことだった。


 あの年の1月、大阪は例年にない暖かさだった。


 「大阪がこの暖かさだったら、熊本はもっと暖かいだろう。今回の旅は、厚着しなくてもええな。じゃあ、行ってくるわ!」


 その日、勇司は初めて熊本県に飛び立つ。個人セッションの依頼があり、3回1セットで行う自宅の片づけセッション1回目を実施するために、関西空港から現地に向かって飛び立ったいった。


 「今回は初めての熊本県やな。くまもん、見れたらいいな。何が美味しいかな。お土産は、何にしようかな・・・。」


 上空で輝く朝日を眺めながら、個人セッションに紐付けて、熊本をどう堪能しようかと想像力を膨らませる。


 「そういえば、宮崎県の高千穂にある八大龍王水神に一度行ってみたら良いですよと、以前お客様に言われたことがあったなぁ・・・。熊本から高千穂まで、車で約2時間の距離。行けたらいいな。」


 勇司は、いつも出張に出た時は、その土地の神社を参拝するようにしている。空間心理カウンセラーという職業柄、人間の手によって千年以上も脈々と受け継がれている、神社の空間を味わうことが大好きだからだ。人が千年以上も紡ぎ続けている建造物は世界的にもとても珍しいことである。


 熊本出張は1泊2日の旅にしていた。仕事の翌日はフリーで時間を作ることにしていた。仕事の後のご褒美として、熊本観光を自分にプレゼントするためだ。


 「まもなく、着陸の準備を開始します。シートベルトの着用をお願いします。」


 自分の世界に浸っているうちに、あっという間に熊本県へと近づいていた。飛行機は徐々に広がる雲の下へと高度を下げていく。そして、雲を潜り抜けた先に見えたのは、なんと雪景色だった。


 「えっ、熊本県って、1月に雪が降ってるの!?ヤバイ!!めっちゃ軽装で来てもうたやん!大阪より絶対に寒いやん!!」


 予想外の状況に驚きながら、空港の滑走路が見えてくる。しかし、次の瞬間。


 「グイイーーーーーーん!!!」


 あと少しで着陸すると思ったギリギリのタイミングで、また飛行機は上空に浮上していった。突然の出来事に機内の人たちは不安の色を隠せずに、泣き喚く子供の声も鳴り響いていく。すると、しばらくして機長からのアナウンスがはいる。


 「空港付近で強風が続いていたため、安全面を考慮して着陸を見送りました。約30分飛行して、改めて着陸の準備に入ります。」


 こうして1月に吹雪で荒れていた熊本県へ初訪問は、一生忘れない印象深い記憶となった。そして、現地に着いてから個人セッションのクライアントと初対面する。その際に話を聞くと、熊本でこれほどの雪が1月に降ることは、例にない珍しいことだったと知った。


 そのクライアントの自宅へ向かい道中の雑談で、勇司は高千穂の八大龍王水神についての話する。


 「それなら、熊本県にある弊立神社を経由して、高千穂に入ったほうがいいかもしれませんね。よかったら、私の車で明日にご案内しますよ。」


 こうして、雪景色の熊本県を経由して、八大龍王水神がある高千穂へと向かうことになった。それまで龍を別段意識していなかった勇司だったが、不思議とここから龍神さまとのご縁が深まり続けていくことになる。


 現地に着くと、まさに八大龍王を感じさせるような、躍動感あふれる御神木が鳥居の前で待ち構えていた。龍神様には、日本酒と卵をお供えすると良い。事前にその情報だけは仕入れていたので、予め準備していたものを備えて、静かにお参りを済ませていく。


 その後に、社務所はないかと探したが、無人のお守り販売所だけは併設されていた。備え付けの貯金箱に、自主的にお金を入れて購入する仕組みだ。そこにはお守り以外に「八大龍王の龍神祝詞」が200円で販売されていた。


 「この龍神祝詞、せっかくだからお土産て買って帰ろう。」


 勇司はA3サイズに印刷された龍神祝詞を購入し、そこに書かれている文字を眺めていた。すると・・・


 「これ、お土産で買って暗記する人は、絶対におらんやろうな。暗記して、またこの龍神祝詞を唱えに来たら、龍神さまが面白がってくれるかもな!」


 ふつふつと湧いて来た、直感的な遊び心。その心の声に従った勇司は、熊本の旅を終えた翌日の朝から、毎日1回龍神祝詞を復唱することで暗記する実践を開始した。

 

 ストイックになりすぎず、ゆるい感覚でスタートしながらも、着々と身につけていくのが勇司の学習スタイルだ。毎朝1回龍神祝詞を復唱する。それを続けて1ヶ月が経ったが、まだ暗記し切れない状態を感じて、2ヶ月目からは毎朝3回唱えることにする。


 すると、そこから2週間ほどで、完璧に暗記することができた。その後は一生忘れない記憶として龍神祝詞が定着する。それと同時に勇司に不思議な体験と、龍に導かれるご縁が加速していくことになる。


 地元山頂で八大龍王神社を見つけた勇司は、その当時のことを回想していた。


 「あの頃、高千穂に行った時の八大龍王さまが、まさか地元にも繋がっていたなんて。これは驚きだな。これから毎日、ここで龍神祝詞を唱えに来よう。」


 本殿で龍神祝詞を唱えると、その左脇に小さな社があることに気づく。かなり老朽化しているのが遠目からも分かった。


 その社に近づくと、木彫りで龍が彫られていたが、目の部分の装飾が取れていたりと、修復された形跡もない様子だ。勇司はその社の前でも、目を閉じてお参りをした。すると心の中で、予想だにしなかった言葉が湧き上がってくることになる。


 「ぼくが、この社を必ず修復します。」


 なぜかお参りをした時に、勇司の心の中からその言葉が出てきた。しかも、明確な宣言だ。自分の内側から出てきた想いもよらない言葉に、少し驚きを隠せない状態ではあったが、目を開けて改めて老朽化した社を目の前にした時に、勇司の中で決意のような気持ちが湧き上がっていった。


 「別に、俺がこの社を修復しなければいけない理由はないけど、なぜか心の声が出てきたなぁ。これも、ご縁かもな。今まで龍神さまが様々な素敵なご縁と素晴らしい発展をもたらしてくれていたし、いくらお金がかかるのかも分からないけど、廃れてしまうのはもったいない。必ずぼくが修復しよう。」


 改めてそう心に誓い、八大龍王神社を後にする。その後はすぐに下山して、初日の登山は終了した。

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